2017年11月17日

きりもみ(三話)

kirimomi520

 三話 智江利の罠


  遠くにあった性の園がいきなり身近に感じられるものとなる。智江利のそうした言葉は彼女のブログで読んでいた美希ではあったが、狭いクルマの助手席にいてそれを言われると、いきなり生々しいものとして感じられ、洋子への憎悪が燃え立って、その火の粉が智江利にまで燃え移ってしまったように智江利のことまで斜め視線で見たくなる。
  性を愉しめないのはつまらない女。カタイのよ。気取ってないで裸になったらどうなのさ。そう言われている気がしてならない。
  一人の男性を想うだけではいけないの? 貞淑なんて古くさい?
  だからあの頃、洋子にムカつき、接するたびに堆積していく負の感情が憎しみへと置き換わっていったのだった。妻は離婚で女に戻れ、女に戻れば選ぶ下着も変化する。女というひとくくりでそう思われるのが我慢ならない。

  私は違うと私は叫び、なのに行き場のない感情に悩まされる。智江利の書くものに共感できる。こんなふうになれたらどれほどいいかと思う自分が確かにいる。アクセルまでいかなくてもブレーキを放してしまいたい。得体の知れない性欲が溶けた鉄のようにいまにも流れ出してしまいそう。
  そんなことになればあふれ出す愛液をとめられない。だから怖い。

  智江利はブログに性感情を書いている。ほかにもっと露骨なところもあるのだったが、美希はその五行に共感した。

  脱げ。はい。
  這え。はい。
  動くな。はい。
  私にとってのSMは私から迷いを一切奪ってくれる。
  からだを縛られ、心を解かれる。

  突き刺さる言葉。きっぱりとしたアソコの疼きに寒気がしたのを覚えている。

 「さあ着いた、ほら、あそこ」
 「へええ」と思わず目を細め、こういうところで暮らせるなら女は変われるかもしれないと考えて、「夢みたいね」と美希は言った。
  横須賀は起伏に富んだ地形。智江利の家は古くからあるにしては小さくて、それもそのはず、背後の二方がかなりな急傾斜で家がなく自然のままの林。前側の二方にグリーンベルトのように自然林がそのまま残るロケーション。入り込んでしまえば、さながら樹海に迷い込んだよう。
  家そのものは黒い瓦と板壁の昔ながらのものだったが、家の前には少しの空き地があって、赤煉瓦を積んだ陶器を焼く窯が造られてあり、そのへんだけに現代の匂いがする。
 「すごいところでしょ。だからなのよ、裸で外に出られるわけ」
  なるほど。裸で出ると聞いて町中でよくもと思ったのだったが、こういう景色の中でならおかしな行為とも思えない。グリーンベルトのような樹林はつまり生け垣で、その外にはもちろん家が並んでいても、隔絶された世界には違いない。

  赤煉瓦で造られた焼き窯に歩み寄ると智江利が言った。
 「気をつけて、熱いよまだ」
 「あ、うん」
  近づくと煉瓦の肌から熱気がもわもわ漂いだす。
 「焼いたんだ?」
 「そよ。冷えるまではそのまま」
 「何を作ったの?」
 「いろいろ。お皿とか生け花の花器とか」
 「花器ね、なるほど。そういうものって売れるでしょ?」
 「まあそうだけど売れたって実入りは少ない。粘土もだし炭もだし釉薬(ゆうやく・うわぐすり)なんかも結構するから。無名だもん、あたし」
 「マスターのとこみたいに、どっかに置いてもらって?」
 「展示はマスターのところだけ。あとはネット」
 「そっかネットね」
 「オークションにも出したりするし、好きな人は見てるから。さあ入って。嬉しいな、ここに人を呼ぶなんてどれくらいぶりかしら」

  ガラスの入った格子戸をくぐって一歩入り、美希は目を丸くした。こんな家って、それこそどれぐらいぶりだろう。嬉しい気分にさせる家。
  いまどき、入るとそこは土間。土間の右手に古い台所。なのにそこには冷蔵庫。電子レンジも置いてありガステーブルももちろんある、妙な取り合わせ。台所の奥には一見して現役らしい手押しポンプ。石板で造られた深い流しも健在だ。
 「この家ってどれぐらい経つ?」
 「ほぼ九十年らしいよ。ヒイ爺さんのカミさんが孕んで建てたんだって。そのとき産まれたのがジイさんなんだけど、そのジイさんが三十のときに母さんが産まれ、その母さんが三十であたしを産んで、あたしはいま三十二。
あ、九十二年?」
  小首を傾げて言うとぼけた言い回しに引き込まれてしまう。細かな年数なんて訊いてない。三十路でそれなら娘のころはさぞ可愛い子だったんだろうと想像した。美人タイプではない可愛い智江利。光の加減で赤くなる不思議な色に染めた肩までのボブヘヤーもおかっぱ頭のようであり、なおのこと可愛さを引き立てる。

 「轆轤(ろくろ)なんかは?」と美希が訊くと、智江利は「奥よ」と顎でしゃくった。
 「そうじゃないと冬が寒くて。一部屋潰して工房にしてあるの。ウチって田の字造りだからさ」
 「たのじづくり?」
 「あら知らない? 田んぼの田の字にお部屋をレイアウトした造りのこと」
 「ああ、わかるそれ。それでそう言うんだ?」
 「昔の家はみんなそうだよ、四角い家を四つに割って十字に仕切る。大きな部屋を造っておいて襖で仕切っておくでしょう。親戚なんかが集まると襖を外すと大きな部屋に様変わりってわけ」
 「うん知ってる、田舎のお婆ちゃん家もそうだから」
  それを田の字造りと言うことを知らなかっただけ。それにしてもこういう家を見るのは懐かしい。
 「美希って田舎は?」
 「母さんは秋田、父さんは東京なんだけどね」

 「いまコーヒーでも淹れるから、そこらに座ってて」
 「うん、ありがと」
  玄関を入ってすぐの板の間には部屋の真ん中に囲炉裏が切られ、夏のいまは板を渡して塞いである。昭和どころか江戸時代に戻った気分。なのに液晶テレビが置いてある。このとき美希は探検気分できょろきょろ部屋を見渡していた。
  そしてすぐ、先ほどの会話を思い出す。家の中を歩き回る裸の智江利を想像した。家に入って自然の緑が断たれると、とたんに生々しい女の暮らしが浮き立ってくる。
  家に入って二方の窓を開け放ち、そよそよといい風が入ってくる。
 「涼しいね、ここ」
  見上げると壁の上に白いエアコン。囲炉裏とエアコンのミスマッチ。しかしエアコンは動いていない。
 「森の力だよ。真夏でも町中と数度は違う。夜なんてエアコンいらないぐらいだし」
  しかも板の間。座布団は敷いていても板に触れるとひんやりして心地いい。マンションの暮らしはどこか人に遠い気がしていた。

  コーヒーが運ばれて囲炉裏を塞ぐ板をテーブル代わりに角を挟んで智江利が座る。そしてそのとき、いくら女同士であっても、腿の根まで上がったミニスカートの奥の黄色いデルタ。レモンイエローのパンティを見せつけられたようで美希はちょっとドキドキしていた。いきなり性の話になりそうだった。
 「見えてるよ」
 「いいじゃん見えても。あたしはね、あたしを想ってくれるんだったら自分を隠しておきたくないの。ポーズなんてしたくない」
  美希はちょっとうなずいてコーヒーカップに手をのばし、言った。
 「私ね」
 「うん?」
 「あのブログで響いたのは、『からだを縛られ、心を解かれる』・・ってところなの」
 「うんうん、わかるんだ?」
 「そんな気がする。そんなことになったら怖いと思う反面、きっとラクなんだろうなって思うのよ」
  智江利は穏やかに笑いながら眉を上げて美希を見つめた。

 「それをあたしは自虐からはじめたの。私が命じて私が奴隷、そんな感じで」
 「素直になれた? うーん何て言うのか、自分自身の命令に?」
 「なれた。あたし決めたのよ、NOは禁句。あたしを想ってくれるんだったら誰に対してだってYESでいようと決めたんだ」
  美希はちょっと意地悪を言ってみる。女はそれほど淫らになれるものだろうか。口だけなんじゃないかしら。かすかな疑心の裏返し。
 「相手が誰でもって、じゃあ私が言っても?」
 「うん、そよ」
 「あらそ。じゃあ脱いで、全部」
  智江利は薄い唇をちょっと噛んではにかむように微笑んで、サッと立って一歩離れた。
  ミニスカに手をかける。前のボタンをはずしファスナーを一気に下げてすとんと足下へ落としてしまう。腰から下の白い脚線、レモンイエローの小さな布の前のところに黒く透ける性の飾り毛。
  美希は呆気にとられ、すぐに立って寄り添って智江利の手を止めた。

 「ごめん。ごめんね」
 「ううん、何でごめん? 嬉しいのにあたし」
  そして智江利は、風が草を分けるように手を開くと、すぽんと美希の胸に寄り添ってくる。
 「抱いて美希、嬉しいの」
  まさかと感じ、クリクリする目を覗くと、涙が溜まって揺れている。
  これが智江利が仕掛けた第二の罠。淫らさへのかすかな蔑みを込めてふざけて言ったつもりでも、それを真に受けられて泣かれては負い目が生まれる。美希という人はまっすぐで母性の強い人。智江利はそのへん見抜いた。
  そして案の定。

  マズイ。可哀想なことをしてしまった。この人はピュアよ。突き放していいものかと美希は戸惑う。
 「ねえ智江利、ねえってば」
  嘘でしょう? レズ?
 「抱いて美希」
  智江利は泣いているようだったが、その眸色がどんどん据わり、吐息が熱くなってくる。
  しまったと思った美希だったが、そのときまた洋子の声が聞こえてきた。『だからあんたはダメなんだよ! 逃げてばかりで情けない!」

  うるさい黙れ。誰がおまえなんかに負けるもんか。闘争心にも似た感情が燃え立ったのもそのときだった。
  私を変えるなら、いま。美希にとっては振り絞った勇気。
 「抱いて」と言って目を閉じた智江利の頬に涙が伝い、突き放すことができなくなる。美希はそっと触れるキスをする。そしたらそのとたん智江利はパッと笑顔になって、唇をふわりと開いて美希の舌をほしがった。
  口づけが深くなっていき、美希もまた、はじめて感じる妖気のような震えにつつまれ、智江利の細い腰を抱く手が黄色い下着の尻へと降りてそろそろ撫でる。
 「ンふ・・美希ぃ、嬉しい」
  私は男よ、女役になったりしたらたいへんなことになる。
  一線を超えた感情が、美希の手を前に回し、下着の中へと導いていく。智江利は震え、腿を弛めて受け入れた。
 「はぅ! あ! あぁぁ!」

  何よこれ。壊れたみたいに濡らしてる。

 「こうされて嬉しい?」
 「嬉しい、泣いちゃう、あぁぁン感じるぅ」
  羨望が衝き上げた。こうして溶けていけるものなのか。相手は同じ女なの。それでもこれほど濡らせるなんて。
  しがみついて震えながらも智江利の手がスカート越しに美希の尻を撫で回し、後ろがめくられて、パンティ。腰の肌から一気に尻へと滑り込む。
  美希は目を閉じた。来る。拒めない。
  尻の谷の底へと沈む細い指。美希は一度尻を締めて閉ざしたが、智江利が愛らしく想えてならなくて、すっと力を抜いて尻を弛めた。
  後ろから忍び込む指。アナルに触れられ全身がピクと強張って、それでも沈む指先が静かに閉じたラビアに触れた。

  これが第三の罠。智江利の指先に強烈な媚薬のクリームが塗り込められてあったのだった。
  美希の指先が吸い込まれるように智江利の中へと入っていく。熱いし狭い智江利の奥底。おびただしい愛液が指にからまり、ますます深く、抜いてこすって、また深く。
  智江利の指が閉じたラビアをくねくね揉んで、美希もまた潤いだし、智江利の指がリップを割り開く。

 「くぅ、ああ感じる」
 「うん、あたしも、ああ感じる、もっとよ美希、もっとシテ」

  おかしいわ、どうしたの? 目眩のような波が来る。芯が抜けてしまった体がいまにも崩れる。
  智江利の手は性花を嬲り、もう一方の手が背中に潜ってブラを外す。ふっと解かれる締め付け。そして智江利の手はTシャツをたくし上げながら前と回り、Cサイズの乳房をわしづかむようにして揉みながら指先で乳首をとらえて回して揉む。乳首が尖り、体に震えがやってくる。
 「ン、智江利、あぅ!」
  感じる。意識が朦朧とするぐらい。
  違う。それが智江利が仕掛けた第一の罠。コーヒー。ハシリドコロを煎じた汁をごくわずか溶かしてあった。
  ハシリドコロはここらに自生する毒草で、その成分はスコポラミン。目眩と幻覚を生むものだ。

  美希はもはや自制がきかない。それならと智江利への膣突き指を速めると智江利はがたがた震えだし、しがみついて抱き合って、そのまま二人は板床に崩れていった。
  脱がせ合う。美希はスカート、智江利はパンティ。美希のブラは外されていて、智江利の黄色いブラもはずしてやる。Bサイズの白いふくらみ。二人はキスと足先がほぼ揃う。美希164センチ、いくぶん豊か。智江利162センチ、スリム。燃える裸身に冷たい床が心地いい。二人揃って横寝となって抱き合って、智江利は身をずらして6と9に変化して、互いに脚を開き合い、愛液にまみれた互いの性器にむしゃぶりついた。

  すごくいい。これほど感じたことってあったかしら。
  美希は解放されていく喜びよりも、これで今度こそ洋子に並べたと確信した。いいや洋子の上に立てたと思う。洋子にいま彼がいるのかいないのか。しかし洋子は子持ちの母親。私の翼のほうが羽ばたく力に満ちていると思えてくる。
  叫ぶように声を上げる淫らな私。目眩のような性の波がとめどなく愛液を垂れ流し、目に映る景色が歪んでぐるぐる回っている。
  イク・・ああイク・・。
 「智江利ダメ狂っちゃう、あ、あ・・」
  景色が回り、気が遠のき、身をくねらせ腰を暴れさせてもがいている。自覚しながらどうにもならない。
  私はどうしてしまったのか。意識が濁って消えていく美希だった。

2017年11月15日

きりもみ(二話)

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二話 マニアック


 美希は奈良原書房から五分ほどの距離に住んでいた。駅からなら七分かかる。賃貸のワンルームで独り暮らしにはちょうどいいスペースだったがピアノを置くことを考えると少し狭い。アップライトタイプよりも奥行きのない電子ピアノ。住む部屋に生徒を入れるつもりもなく、あくまで自分の練習のため。部屋そのものも音を通してしまうから大きな音の出ないものでないと苦情が出る。
  一度部屋に戻った美希は、着替えにクローゼットの前に立ち、吊された服を見ながらどうしようと考えた。智江利と二人きりとなると、性的な文章を書く人だけに怖くなる。いいや智江利のことだけじゃなく、これまでもこういうことがあると決まってつまらないスタイルを選んでいた。男のいない飲み会であっても飲み屋なんて女漁りの得意な輩の集まるところ。そんな気がして無意識にガードしてしまうのだった。

  ちょっと考え、思い切りミニを穿く。Tシャツに夏のジャケット。まだまだ暑い日が続き、それで充分だと考えた。それから髪をなおして化粧をチェックしようとし、思い立って下着の替えをコンビニのレジ袋に突っ込んでショルダーバッグの底にねじ込んでおく。
  なぜそこまでするのか、なんとなくという予感のレベルだったのだが、今夜は泊まりになるかもと考えた。横須賀はそう遠くはないけれど、これからだと帰りを考えると向こうに長くはいられない。若い女の陶芸家がどんな暮らしをしてるのか。そしてそれより性的にマニアックなものを書ける女の生き様を見てみたい。智江利となら友だちになれそうだと思うのと、離婚から、ほんの少しの寂しさがつきまとう自分を感じていた。
  そして結局、デートのようなスタイルができあがる。それなりミニにヒールの低いサンダル。近頃ちょっと伸びすぎたサラサラヘヤー。まあこんなもんでしょと思い、出際になってクルマに乗るんだと気づく。シートは沈みスカートが上がってしまう。

  ううむ、ま、いっか。女同士だ。

  美希は自分でも驚くほど性的な話をしたがっている自分に気づく。智江利の文章が頭の中でグルグルしている。そういう話のできる友だちが周りにいない。酒なんてまっぴらだから話すチャンスもないわけで。
  正体不明の淡い期待を胸に本屋へ戻り、さて出ようとしたときに、智江利のスカートのほうがさらに短く、しかも智江利は素足。引き替えて、解放したつもりでも私はパンストを穿いてしまったと美希は思う。学生の頃のコンパで洋子と並んで歩いたとき、かなりなボディコンシャスを素足で着こなす女を見ていて、とても勝てないと思ってしまった。口惜しい気がしてならなかった。そんな記憶が蘇ってくる。あの頃の私には決まった彼がいてくれて同棲していた。派手にすることないでしょうと言い聞かせていたのだったが、いざ男たちに囲まれて視線が向こうへ行ってしまうと寂しくなる。

  クルマに乗る。智江利のクルマは赤いポロ。少し前のモデルでリアのバンパーにちょっとコスった傷がある。ポロはシートが固めにつくられ思うほど沈まない。しかしそれでもスカートが膝上二十センチ。運転席の智江利はもっと短く、いまにも下着が見えそうだった。白く綺麗な脚線。その点では私の方が若いんだし負けてはいないと考えた。いいや考えたい。私はどうして弱気なのかと嫌になる。会う度ちょっとの温度差がバウムクーヘンみたいな層をつくっていくんだよ。洋子との間に地層のような隔たりができていく。女を生きる時代が違うみたいなギャップ。エッチに対して引っ込み思案な私って性的化石? と思ったものだと、やっぱり洋子の姿が目に浮かぶ。

 「マニアックじゃない? あたしの書くものって?」
 「マスターなんか言ってた?」
 「あたしのブログ教えたよって。だから訊いた」
 「うん、それはそうかも。でも好きよ、素直に書いてるって感じられる」
 「そう?」

  いきなり胸が苦しくなった。智江利の家までのルートを覚えておこうと思って乗ったはずなのに、市街地の景色が白くなってとんでしまった。
 「自虐からはじまった。陶芸もそうなんだけど文章書いたって才能ないし、
ダメな女って自分で思うと腹が立って虐めてみたくなるんだもん」
 「わかるよそれ。私も似たようなものかな。ピアノは弾けるし教えることで生きてるけど、だから何って感じなんだし」
 「離婚したんですってね?」
 「した。やっぱりそれよ、決定的なのは。自分を責めたもん。おまえがダメだから終わっちゃったのよって。器というのか、小さかったかなって思うしさ」
 「そうなんだ?」
 「強い人でね。キレる人って言えばいいのか、論理的で合理的で、こうこうこうだから、こうでいいじゃん、みたいな即決即断」
 「うわぁ、あたしダメだわ、そういう男。能力あるのはいいけどさ、ちょっとぐらい弱くないとあたしの居場所がなくなっちゃう」
 「まさにそこ。居場所がないなって思ったとき彼が遠くに感じてしまった」

  市街地を抜けて横浜横須賀道路。横須賀より逗子で降りたほうが近いという。
 「美希って呼んでいい?」
 「もちろん」
 「うん。あのね美希」
  美希はその声をたどるように目を向けて、そのとき前を見て運転する智江利の綺麗な腿が気になった。割り開かれて犯される姿を想像する。
 「変態なのよ、あたしって。きっとそうだわ。家族を一度に亡くして目の前が白くなった」
 「そうなんですってね、交通事故だったとか」
 「カーブでガシャンよ。相手はダンプ、正面衝突でほとんど即死だったって。それで実家がもぬけの殻になっちゃって、お金なんてもらっても、いきなり独りじゃ無理ってもので」
 「うん」
 「で、なんとかしなくちゃって思っても、そのときあたしはホームセンターに勤めてて」
 「ホームセンター?」
 「そよ。最初はフリーターだったんですけど、忙しくなってきて猫の手も借りたかったみたい。社員にならないか。ま、いっかみたいな感じでやってきて。女なんて、そのうちどうせ捕まっちゃう。嫁ママ婆って行き先は決まってるって思ってた」
  美希は可笑しい。智江利には言葉のセンスがあると思う。

 「でね、あたしいま三十二」
 「私は三十」
 「あっそ? 三十? 若っ」
 「智江利さんだって若いよ」
 「さんはいらない。智江利さんて言われると『はぁい』って応えたくなる。智江利って呼ばれると『はい』って素直に言えるから」
 「うん、じゃあ智江利」
 「はい女王様、ってさ、そんな関係にも憧れたのよ。親が消えて独りになって、あたしって誰のために生きてるのって思ってしまった。あたしのためだけに生きてるのって。誰かのために生きてみたいって」
 「うん」

 「で何だっけ?」
 「は?」

 「あ、そっか。でね」
 「うん。ふふふ可笑しい」
 「可笑しいかな?」
 「いいわよ。で何だっけから」
 「あ、そうそう。で三十路もひたひた忍び寄り、そろそろかなって思うようになったとき、いきなり独りになってしまった。結婚とか、もうどうでもいいやって思ったのよ。娘ってやっぱ親にドレス姿を見せたいじゃない」
 「うん、わかる。それはそれはそうかも」
 「そのへんからなのよ、おかしくなったのは。変態的だったのはずっと前からなんだけど、どんどん自虐的になっていった。そういう文章を書き出したのもその頃からで、隠してきたものを曝け出したい、ほんとのあたしはこうなんだって吐き出さないと苦しくなってく」
 「妄想もふくらむし?」
 「それもある。家の中をスッパで歩くなんてできなかったんだけど、それにしたって親がいなけりゃどうってことない。夜中にスッパで外に出たり、外でエッチなことをしてみたり。そうするとね、もう一人のあたしが言うのよ、ほうら気持ちいい、もっと苦しめ馬鹿女って」

  馬鹿女・・それは智江利のブログにしょっちゅう出てくる常套句。私はもう一人の馬鹿女を責めてやりたい。智江利のブログはそうしてSとMを行き来する内容が多かった。けれどそれが私に近いと美希は感じ、だからのめり込んでいけたのだ。誰にでもある素直な感情を素直に書いている。
 「ブログにあったことって、マジなん?」
 「マジ。行けばわかるけど、ウチってヒイ爺さんのときからで、ほんと山の中なのね。夜なんて猫さえいない。裸で出ていろいろしたし、そうすると壊れたみたいに濡れちゃうの。許して智江利、まだまだよ馬鹿女って、二人のあたしがせめぎ合ってる」
 「それで感じる?」
 「感じる。もうめちゃめちゃ。エッチなオモチャで虐めてやると気が遠くなっていく。智江利のために馬鹿女は生きてるって思えるの」
 「病的だって思わない?」
 「と言うか、人ってそんなもんだと思うのよ。無秩序に生きていたい本音があって、それを社会に合うようつくっていくのが教育。皆が同じ顔してりゃ安心できる。だからみんながつまらなく、そこに気づいた人だけが幸せになってくの」
 「私も気づいてないみたい。幸せじゃなかったし」

 「嘘よそれ」
 「え?」
 「見て見ぬフリ。みんなそう」

  美希の脳裏にまたしても洋子の偶像が浮き立った。それは憎悪。密かな思いであっても、くっきりとした憎悪。お尻の目立つタイトを平気で穿いて、夏にはTバックのラインが透ける。何よ馬鹿者、エロ女。よくそんなカッコができるもんだわ。お尻を振って胸の谷間も平気で見せて、私をヘンな気にさせる。ムカつく。見せつけるように、いい女になりたがる。どうせ私はつまらない女です! 思考順路は決まってそうだし、だから洋子が大っ嫌い。美希は哀しくなっていた。

 「ねえ智江利、訊いていい?」
 「いいよ、何だろね?」
 「オモチャってどんな?」
  それはブログに書いてあることで、ごまかしてもダメ。ほんとのことを言ってくれるか試したい。そう思って美希は訊いた。
 「ディルド、突っ込むバイブ、電マ、浣腸、洗濯ばさみもあるし、小さなローターとか」
  確かにそう書いてあったと美希は思う。
 「それをマジで使ってみたんだ?」
 「使ってみたじゃなくて使ってる。ほとんど毎日。ほとんど毎日イキ狂ってもがいてる。鞭なんて、そこらの枝を折ればそうなんだし、だけどそれは自分じゃできない。やってみたけど痛くてさ」
  あたりまえだよ馬鹿女。そのとき美希はそう思い、同時にちょっとほっとする。そういうことを素直に言い合える友だちになれそうだ。

 「なんだか素直でいられそう、智江利といると。じつを言うとね」
 「うん?」
 「あのブログ、隅っこまで読んでるよ。わぁぁ凄いって思いながら言葉の中に入っていくと、いつの間にかヘンな気に」
 「濡れる?」
 「うん」
 「オナニーとかは?」
 「した」
 「だったら嬉しい、涙が出るほど嬉しいかも。女同士って、じつはほとんどわかり合えない。わかり合えるのは浅いところ。ネットにはそれがない」
 「それがないって?」
 「自分を閉じ込める鉄格子。リアルだと、どうしたって越えられない部分があるでしょ。自分をいい子にしておきたい。私は違う、そうじゃないって思っていたい」
  それは、あの頃、似たようなことを洋子にも言われていた。そんなに自分が可愛いの。過保護だと思わない。そんなんじゃ損するよ。 まともにそう言われてカッとしたのを覚えている。

  智江利は言った。
 「でもそれはしょうがない。もう一人の自分の方が誰だって強いから。だけどそこが問題なんだよ美希。もう一人の自分てどっちなんだよ。アクセルかブレーキか。それが問題なんじゃない」
  あなたは常にブレーキね。それもまた洋子に言われた言葉だった。
  つぶやくように美希は言った。
 「だったらどうすればいいっていうの。妄想ばかりがふくらんじゃって悶々とするだけじゃん」
 「そうよ妄想。でもね美希、妄想こそが脱皮の蠢き。チョウチョがどれだけ苦しんであの姿になると思う。女はほとんどサナギのまま腐ってく。私はダメだと自分を追い詰め、わかってくれないと他人を責めて、どんどんおかしくなっていく。失礼だけど離婚して、それでもサナギのままなのかしら。あたしはそれが嫌だった。だから仕事も辞めて独りになった」
 「だからって自虐なわけ?」
  このとき美希は、ムッとするより、素直な問いとしてそう言った。

 「そういうことってなかった? 虐めるみたいなオナニーとか、拷問みたいなアクメとか?」
 「それができたら幸せだろうなとは思ったよ」
 「うん、一歩前進?」
 「はい?」
 「否定するのがそこらの女よ。だけど嘘に決まってる。デートってことになると勝負パンツを選んでおいて、それって脱がせて犯してってことじゃない。ちょんちょんのミニスカ穿いてさ」
 「それは女心なんじゃないかしら。脱がされれば貪欲なのはわかってて、でもだから最初ぐらいはと考える」
 「うん、あたしだってそれはそう。 あ、」
 「何よ?」
 「ある人がこんなことを言っていた。男の人よ」
 「うん?」
 「女の花がなぜ股ぐらに下向きに閉じているのかわかるかって?」
 「うん?」
  美希は内心穏やかではない。明解な答えを突きつけられそうな気がしたからだ。
  智江利は、運転しながら横目を向けて言う。
 「誇るように上を向いて咲きたくて、ヌラヌラ濡れる牝の本性を見せつけたくて、なのにそれを許す相手を待たなければならないからだ。だから許されなくて苦しむんだと」
 「むずかしいよ、哲学みたい」
 「だったら自分で咲かせてしまえ。本性を許す者だけが近寄ってくるはずだって」

  そんな話になった頃、クルマは高速を降りて緑を縫う道を走っている。智江利の家へのルートなんて、美希はほとんど覚えていない。