2016年11月09日

フェデリカ(五話)

五 話



 コンスタンティアがシャワーから戻るときちょうど、生成りの着物を与えられたバティが大きなトレイに食事を載せてやってきて、ドアの前でかちあった。
 バティは金色の髪も整えて、化粧まではしていなかったが見違えるようになっている。ロランドと交換したのが朝方だった。フェデリカに召し出されてから何があったのかが想像できた。
「コンスタンティア様、お食事をお持ちしました。この鶏肉と野菜のスープは私がこしらえたものなんですよ、お口に合いますかどうですか・・」
 バティの面色からは恐怖が失せて血色もいい。
「そうか、料理ができるんだな」
「はい少し。私、誠心誠意お仕えいたしますのでよろしくお願いいたします」
「それはあたしに言うことじゃないだろう」
 そのときバティは艶のある煌めくような微笑みを見せるのだった。
「いいえコンスタンティア様、二日の間はともかくも、以降私はコンスタンティア様に委ねるとフェデリカ様はおっしゃいました」
 コンスタンティアは眉を上げて首を傾げるとバティの尻をちょっと叩いて部屋へと迎え入れた。


 衛兵の四天王の部屋はどれもが似たような造りになっていて、セミダブルのベッドがあって、一人用の小さく丸いテーブルと椅子、小さな化粧台、服をかけてカーテンを引くオープンクローゼットが作り付けられている。広さはさほどでもないが一人なら充分な空間だった。
 しかしいまはロランドがいる。ベッドから少し間を空けた石の床に毛布とシーツを重ねて敷いて、後ろ手錠から伸びるロープをベッドの脚にくくりつける。ドッグとなった男どもは、こうして夜な夜な呼ばれては女の気分次第でどうにでもなる夜を過ごす。四天王の居室はまだしも個室で、この同じ建物の中にあったのが、そのほか二百名の女兵士らは階級によって二人部屋、三人部屋、六人部屋に分けられて、その中に何人かのドッグが呼ばれるということだ。
 群衆となった女は怖い。
「テーブルへ」
「はい」と言ってトレイごと食事を置きながら、バティは、昨日一緒に引き立てられて居並んだロランドを見下ろした。美しかった金髪を失って眉さえない。肉の塊のようにされた全裸の男へ、バティはちょっと微笑みかけた。しかし余計なことは言わない。
 
「おまえ今宵は?」
「それがあの・・フェデリカ様が来いとおっしゃられ」
「ほう・・そうか。それはよかった」
 ずいぶん気に入られたものだと思う。コンスタンティアはフェデリカのやさしさも怖さも知り尽くしている。
「最前あの・・お風呂までもご一緒させていただいて」
 コンスタンティアが目を丸くする。
「ますますよかった」
「はい。ですがそれも、『コンスタンティアに尽くせ』とフェデリカ様はおっしゃられ、『おまえの運命を決めるのは私ではない』と・・『おまえはコンスタンティアのものだ』と・・」
 コンスタンティアはうなずいて、去れと言った。


 テーブルに置かれた夕食はドッグのものとはもちろん分けられ、ロランドには陶器の大きなボウルにパンと肉野菜を混ぜて炒めたようなものが入っていて、ミルクカップにミルクが湯気を上げていた。コンスタンティアのものは大きなパンとバティがつくった煮込み料理、別の皿にハンバーグのような肉団子がついていて、赤ワインが添えられる。
 コンスタンティアはベッドの脚にくくりつけたロープを手錠の側で解いてやり、
テーブルのそばで正座をさせた。


「・・ったく、何であたしがおまえに喰わせなければならんのだ」
「申し訳ありません、お願いします」
「黙れ。わかっている。だいたいおまえは・・」
 と言いながらワインに口をつけると、洗い髪を撫でつけて、ため息をつき、それから言った。コンスタンティアは黒人との混血で短くした髪は特有の縮れ毛、肌は浅黒く、けれども白人の顔立ちが混じったようなエキゾチックな表情を見せている。185センチと背が高く、腿など男よりも太いほど。乳房が豊かなのは部屋着の上からでも隠せるものではなかった。尻も大きい。
 スプーンに山盛りに料理を取るとドッグの口許へと運んでやる。
「美味しい」
「あたりまえだ、生きていられるだけ幸せだと思え」
 食べながらうなずく肉奴隷のような姿を見ていると、今宵はなぜか攻撃色が発色しない。やさしくなれているわけではなく、女王お気に入りのドッグであることと、それよりもコンスタンティアは自分自身の変化に戸惑っていたからだ。
 そのまま声もなく食事が終わり、衛兵の姿ではない食事当番のまかない婦の姿となった配下の者が下げにくる。
「ご苦労」
「いえ。めずらしく残されているようですが?」
 食べきれない。コンスタンティアは足下に座る肉奴隷へと顎をしゃくった。
「こんなのがいて飯がうまいはずがない・・けっ・・ときにバティはどうか? 皆に気に入られているようだが?」
「そうはもう、よく働く女ですし、私たちより年上で逆に面倒をみてくれます」
「うむ・・もういい」
 バティと同じような姿でエプロンをした若い女は、頭を下げて出て行った。


 ベッドへ歩んで座るコンスタンティア。テーブルのそばで正座をしたままのドッグに、前に来るよう目で言った。奴隷の薄い寝床に上がり正座をしようとしたロランド。
「膝で立て」
「はい、コンスタンティア様」
 コンスタンティアは、妙に素直なドッグを見下ろし、あーあと声に出してため息をつきながら言う。
「だいたい見極めるも何もないのだ、最初はドッグ、そこからはじめる」
「そうなのですか?」
「む・・」
「はい?」
「ちっ、口が滑った・・あーあ、妙なこともあるものだ。その気になれん。どうしてそう素直でいられるのか・・拍子抜けしてアホらしくなってくる。おまえはいくつだと言った?」
「じきに二十二になります」
「だからだよ、だから妙だと言うのだ。その歳でこうして捕らえられ、女たちのオモチャにされて生きていく。鞭打たれて泣きわめき、小便を飲まされ尻の穴まで舐めさせられて、笑われながら精液を搾り取られ・・まさに犬畜生のごとく生きていくのだ。タイガーとなれぬ限り男へ戻ることはない。マウスなど去勢されて亀頭を切られ、断末魔の悲鳴を上げて女たちを笑わせる。マウスにとっては女の糞さえ餌となる。目力を失って見るも無惨に生きていく。鞭打たれて働いて疲れ切って眠るのみ。運命と言うならそうなのだろうが、そんなところへ捕らえられて最初から素直な者などいやしない」
 ロランドは言った。
「ですからです」
「何?」
「私はこれ以上不幸になりたくない。むしろ兵として剣を持たなくていいところが幸というもの。つまらない上官にすり寄ることもない。敵兵を殺し、敵の女をぶんどって非道を冒すこともないでしょう。私は花屋の次男坊。いつか花でも育てて生きていければいいのです」


 コンスタンティアはドッグの二つの眸を凝視した。
「情けない野郎だ」
「はい、情けなくても、それが私だと思っています」
 コンスタンティアは、座って後ろへばったり倒れベッドに横たわる。そして虚空を見上げながら言うのだった。
「ここは没落した貴族の城だった。移り住んだのはいまから七年ほど前のこと。あたしはその最初からここにいる。アラキナもセシリアも、ダマラだって、あたしより後に来た女たち。二百ほどいる兵だって、最初のうちは海賊どもが集めてくれて、あたしらで鍛え上げた。男もそうだ。海賊どもが襲った船に乗っていた。殺す前に使えるだろうということさ。傷んでいた城を直し、崩れていた城壁を広げながら直し、女だけのクイーンウッズをつくっていった。その間、女たちの何人かが去って行った。タイガーを見初め、腹に子を宿してな。しかしあたしは男など冗談じゃない。二度と嫌だ。奴隷の血が混じったあたしなど、ここを出たら意味のない者となる・・二度と嫌だ」


 言いながらコンスタンティアは、十九歳の若き海賊王の姿を想っていた。
 拒む間もなくあっけらかんと抱かれてしまい、『あなたは素敵だ』・・耳許で言われたときの体の震え・・濡らしてしまった。私は女。どうしたって私は女。心のどこかで女の幸せを求めているのだろうか。
 コンスタンティアは言う。
「・・マウスもつくった・・何人もだ。残酷を楽しんで、そのときあたしはひどく濡れた。男は敵だ、いい気味だと笑っていた。なのに・・ふふふ・・おまえにまで可愛いなどと言われてしまう。どうかしている。今日のあたしはどうかしている」
 ロランドが言った。
「でしたら、そういう気分のときにお呼びくだされば」
 コンスタンティアは鍛えた腹筋で苦もなく体を起こす。部屋着はつまりバティと同じような袖のない生成りのワンピースのようなものだったが、バティの服より丈が長く足首あたりまであるものだ。生地がグラマラスなヌードに張り付いたように見える。
「おまえ何を言ってるのかわかっているのか。責めてくれということなんだぞ」
「希望ですから、それだけが・・」
「希望だと? 諦めではなく希望だと言うのだな? その言葉に嘘があるなら許さぬぞ」
 ロランドは静かに笑ってうなずいた。


 つくづく妙な男だとコンスタンティアは思う。恐怖から逃れようとしてかしづくならわかる。調教の末にできた人格なら理解できる。しかしこいつは、すでに本心から言っていると思えるのだ。
「生意気ぬかすな!」
 パァァン! 大きな右手が頬に炸裂し肉奴隷が吹っ飛んだ。コンスタンティアはハッとした。とっさになぜ叩いてしまったのか、自分の気持ちがわからなくなっている。
 ロランドは後ろ手手錠の不自由な体を蠢かせて起き上がり、涙目でじっとコンスタンティアを見つめたが怒りのような色はみじんもなかった。
「・・足を舐めろ」
「はい」
 足下へとやってきて、地べたにキスするように足指を丁寧に舐めていく。両足をくまなく舐めさせ、体を起こさせるとドッグは激しく勃ててしまっていた。
 この私に対して欲情した・・それに舐められたときのゾクゾクする感覚・・キャプテン・カーロを思い出す。
「そこへ寝ろ、試してやる」
 コンスタンティアは全裸に一枚着ていた部屋着を脱ぎ去った。大らかでダイナミックな褐色の裸身。ロランドの顔をまたいで腰を降ろす・・。


 二日後の朝のこと・・コンスタンティアは衛兵の姿となって全裸のロランドをフェデリカの元へと引き立てた。フェデリカは、コンスタンティアの眸を見ただけですべてを理解したようだった。
「ふふふ、全身くまなく鞭の痕ですか・・可哀想な姿にされて・・」
 コンスタンティアは微笑んで、足下に膝で立つロランドのスキンヘッドを撫でてやり、この二日にあったことだけを報告した。私情を交えず、ただあったことだけを告げる。
「・・まあ最初から便まで・・まるでマウスね」
 コンスタンティアはうなずくと、ふたたびロランドの頭を撫でてやる。
 フェデリカはロランドに微笑みながらコンスタンティアに命じた。
「しばらく牢舎で休ませて手錠を革に替えて出しておやり。それからバティをそなたの部屋で休ませるように。もうひとつ、アラキナをここへ」
「かしこまりました」
 コンスタンティアは一礼してロランドを引き立てて出て行った。


 ほどなくして呼ばれたアラキナがやってくる。もちろん衛兵の姿である。
「まずロランドのことですが、よもやとは思いますが皆でそれとなく監視なさい」
 素直すぎる。万一に備えるためである。ロランドの様子はコンスタンティアから聞かされていて、アラキナは一言でその真意を理解した。
「それから今日、午後になって皆の服が届くでしょう。何人かで名を入れて」
「かしこまりました」
 朝夕、北欧の冷えがやってきている。女たちの服には赤い糸で名を入れて、奴隷の服も配らなければならなかった。


 そして午後。影が伸びはじめた三時頃になって大きな荷車が二台連なりやってくる。町の服屋が届けに来る。人の好さそうな親父が、馬車を操る中年の男二人と、それぞれまだ若い女たち二人を連れてやってくる。
 セシリア、ダマラが見守り、配下の女兵士数人と服屋の二人の女が手早く運び入れている。
 そしてそのとき、館の中から荷を受け取りに出てきたバティが、服屋が連れてきたまだ若い女の一人を見つけると、そのときそばにいたダマラの背にさっと隠れる。
「うむ? どうした?」
「あの女・・そうだわ、あの女・・私の夫は役人でしたが、一度だけ家に来たことがあるんです。あれはスパイ」
「スパイ?」
「その頃はフランスのスパイだったのですが、どこぞへ寝返って消えたと嘆いていました。夫はそういう部署でしたので責めを負わされますので」
「それに違いないな? 確かだな?」
「間違いありません、そんな女がどうしてここに?」
 そのとき、その女が服を抱えて荷車を離れ、館に歩み寄って入ろうとする。すでに二度三度と館の中へ入っている。


 すぐ横をすり抜けようとした女に対して、ダマラは剣を抜いて道を塞いだ。
「おいおまえ、動くな、おまえには訊きたいことがある」
 女はとっさに抱えていた服をダマラに投げつけ、馬車へ向かって走り出し、馬車を操る男の一人が、どこに隠してあったのか剣を抜いて躍り出る。
 セシリアが剣を抜き、数人いた女兵士が剣を抜き、逃げる女は城壁の口へと走り去る。
 男の剣とセシリアの剣が交錯し、女兵士の二人が挑みかかるが一人が斬られる。男は三十代後半で背も高く、単身乗り込むだけあって強かった。騎士くずれだろうと思われた。
 城壁の口へ少しのところまで走る女。横から黒いものが幻影を引きずって飛んできて女の足下へ突き刺さり、女は足を引っかけてもんどり打って転がった。 コンスタンティアの槍だった。異変に気づき方々から女兵士が群がってくる。
「その女、縛り上げておきな!」
 配下に命じ、コンスタンティアは腰の剣を抜き去って、鬼の形相で、女たちが取り囲む男へ向かって突進した。


「退け!」
 輪を空けさせ、剣を振りかざして男へ挑む。
「あたしが相手だ、かかってきな!」
 コンスタンティアは男と比べて見劣りしない大きな体と、見劣りしない剣を振るう。
「セェェーイ!」
 キィィーン!
「なんの! 女ごときに負けるわしではないわ!」
 剛剣と剛剣が幾度となく交錯した。あのコンスタンティアが押されている。
 セシリアが加わって、それでも男は互角に戦う。セシリアがもんどり打って転がって、次にはコンスタンティアが襲いかかる。
「二人とも待ちなさい! 退くのです!」
 フェデリカの声。コンスタンティアとセシリア、それに多くの兵たちが後ずさり、その代わりに円弧を描くように弓を構えた女兵士六名が押し出した。
「放て!」
 フェデリカの号令で四本の矢が放たれ、うち二本が男の胸板に突き刺さり、次の瞬間・・「覚悟せいやーっ!」・・躍り出たコンスタンティアの剣が男の首を吹っ飛ばす。


 しかし・・男に肩を深く斬られた女兵士の一人がダマラに抱き起こされて腕の中で息絶えた。ダマラの配下。わずか二十歳で散った命・・。


「おい親爺、これはどういうことだ!」
 コンスタンティアは服屋の親爺の胸ぐらをひっつかむ。中年の親爺は何がなんだか理解できずに青ざめていた。
「へ、へい、こいつら、てっきり夫婦者かと。半月ほど前にやってきて雇ってやったばかりでして」
「それに違いないな! おまえの企みではないな!」
「へい誓って。ああなんということだ、申し訳ない・・」
 コンスタンティアに突き放されて親爺はへたり込んでしまう。

フェデリカ(四話)

四 話



 翌朝は昨夜からの雲が雨を降らせた。北海に面したこのあたりは日本の北海道より緯度が高く、夏が去って間もなく風が冷えてくる。全裸の男奴隷に着るものを与える時期も近い。
 ベッドを起き抜けて、昨日とは別の黒いショートドレスに身をつつんだフェデリカ。ロランドともう一人のドッグは、それぞれに太いポールにもたれかかるように床に崩れて眠っていた。それぞれの亀頭からうっすらとだが血が流れ、黒く乾いてしまっている。フェデリカが二人のスキンヘッドを撫でてやる。しかし二人ともに目覚めない。疲れ切っているのだろう。
「・・ふふふ、可愛いものね」
 ささやいて、そのときちょうどピトンがやってきて朝の紅茶を持ってくる。ピトンは崩れた二人をチラと見て、フェデリカと微笑み合った。
「この者をどう思いますか?」
「虎の子でしょうか」
 即座の返事。フェデリカが眉を上げて首を傾げた。ピトンが言う。
「すでに見抜かれておいでのはず。少し試練が足りませんが」


 と、そこへ、衛兵長の姿を整えたセシリアとダマラがやってきて、崩れた二人を揺り起こす。
 フェデリカは、まずセシリアに言った。
「その者をコンスタンティアに委ねます。その際『虎の子』と一言だけ伝えてちょうだいね」
 セシリアはちょっと笑う。未熟なタイガーという意味だ。
「これはめずらしい・・かしこまりました、ではそのように。ふふふ、可哀想なことになる・・」
「それでそのとき『女を私の元へ』と伝えておくれ」
 セシリアはうなずくと、起き抜けでぐったりしているロランドを連れ去った。


 次にダマラ。
「その者を洗っておやり。いい子になった。今日は休ませてやりなさい」
「はい、ではそのように。フェデリカ様はおやさしい。愛しています女王様」
 もう一人の男も起き抜けの面色だったが、それを聞いて涙をためた。
 そんな横顔を覗き込み、ダマラが言った。
「よかったわね」
「はい、嬉しい・・ありがとうございます、フェデリカ様」
 フェデリカはうなずいて、ダマラに『もうよい』と言った。
 ピトン一人がそこに残った。


「少し試練が足りないですか・・まさに。けれどあの子・・」
 フェデリカの想いはもちろん伝わる。ピトンは微笑むだけで何も言わず、静かに出て行く。
 残されたティーカップを取り上げて窓辺に立つフェデリカ。雨ではあったが静かな雨。遠くにかすむ北海の海原が今日は鉛色で暗かった。
 さほど間を置かず、同じ建物の階下にいた全裸の女がセシリアの手で引き立てられてやってきた。バティ。夕べの際限ない快楽が、幾分ぼーっとした面色をつくっていたが、女はちょっと緊張していた。
 窓際の席まで後ろ手手錠で引き立てられるも、フェデリカは手錠はいらないと言い、セシリアにも下がるように言うのだったが・・。
「それでセシリア、コンスタンティアは何と?」
 セシリアはくすくす笑う。
「やっぱりね・・ええー嫌だぁって?」
 セシリアは笑ってうなずき、頭を下げて出て行った。コンスタンティアは男嫌いで通っていた。


 残された全裸の女。
「お座り」
「ぁ・・はい・・ですけどこちらは女王様のテーブルですが・・」
「いいからお座り。そなたの体を一目見ればわかります。コンスタンティアに可愛がられたようですね?」
「はい、それはもう・・私あの・・気を失ってしまって・・」
「ほほほっ、そうでしょうそうでしょう、可愛くてならないんだわ。コンスタンティアは奴隷だった母親とのハーフでね、子供の頃に強姦されて男を憎むようになってしまった。ですけど女。化け物みたいな体でもやさしいところはあるのです。さあお座りなさい」
「はい、では失礼いたします、ありがとうございます女王様」
 
 しかしフェデリカは首を横に振って寂しげに苦笑する。
「女王様ですか・・そんな女じゃないんですけどね・・まあいいわ。そなたの名は何と?」
「はい、バティと申し、歳は二十六でございます」
「妻となったのは?」
「はい、一昨年の春」
「料理はできますね?」
「田舎料理であれば少し」
「縫い物は?」
「それも・・それなりでよろしければできるとは思います、主婦でしたので」
 フェデリカはうんうんとうなずくと、雨が濡らす窓の外へと視線をやった。
「今日は雨・・大嫌い・・つまらないつまらない・・そうだわ・・」
 フェデリカは思い立ち、手を叩いてピトンを呼んだ。ピトンはもちろん黒の礼服。すっ飛んでやってくる。
「お呼びで?」 と言いながら、同じテーブルにつく全裸の女に目をやった。バティは恥じらって乳房を抱いてうつむいた。
「ほらごらん、恥ずかしがって。この者に着るものを与えてやって」
「かしこましました、ではすぐに」
 ピトンはバティをちょっと見て『よかったな』と言うようにうなずいて去って行く。


 生成りの綿でこしらえた袖のないワンピースのようなもの。この頃の庶民が着る夏の服。
「しばらくはそれで我慢なさい、じきにそなたの下着や着物を揃えましょう」
 バティはうなずき、うつむいて、涙をためてしまっている。
「夢のようです・・殺されると思ったのに・・夢のようです」
「そなたには・・そうですね、コンスタンティアに仕えながら細々としたことをしてもらい・・たまには私のお風呂にも付き合って」
「お風呂でございますか・・この私が?」
「ずっと独りですからね、女同士語らって入りたい。コンスタンティアもそうですけれど、ほかの皆だって付き合ってくれますが、どうしたって主と家来になってしまう。そなたは違う。奴隷としてきっと尽くしてくれるはず」
「はい! それはもちろん・・嬉しいです」
「嬉しい? ほんとに?」
 泣いてしまったバティ。可愛いものだと思う。
「じゃあこうしましょう、朝食の後すぐにピトンに申しつけてお風呂にさせます。夕べはどうせ汗だくでしょうし・・ふふふ・・そうよね?」
 バティは泣きながらも、ちょっと恥ずかしげな面色をした。


 バティは言う。
「こちらのことを聞かされたとき・・あ、お話してよろしいでしょうか?」
 この女は躾ができているとフェデリカは感じていた。庶民の娘なのだろうが母親がしっかり育てたということだ。料理も裁縫も上手くできるに違いない。穏やかでやさしい女。あのコンスタンティアが許すはずだ。
「かまいませんよ、言ってごらん」
「はい・・ですから、それは怖いところかなって・・」
「私のことも、そう思った?」
「最初に聞いたときは・・おまえなんか性奴隷だと言われていましたので、怖いところなんだろうなって。ですけど女王様もコンスタンティア様もおやさしい方々ばかりで・・」
「そうかしら・・少なくとも私は違う」
「え・・」
「ここにいる男どもにはランクがあって、最下層はマウスと言う。上がドッグで、こちらはまさに男の奴隷犬。下のマウスに至っては生涯を労役だけで生きていく可哀想な者たちです。快楽など皆無。去勢されて亀頭を奪われ、失意の底で蠢くように生きていく。そしてそれを決めるのはこの私。連れて来られて三日のうちに、まるで焼き印でもおすように男の生涯を決めてしまう。私は私を魔女だと思う。したがって黒しか着ない」
 バティは息を詰めて聞いていた。コンスタンティアには聞かされてはいないことだった。


「けれどそなたは同じ女。ここには男の奴隷はいても女のそれは存在しない。コンスタンティアは別として・・ふふふ。そなたはこれからみんなに可愛がられて生きていく。けれどもし背くようなことでもあれば・・」
 バティは首を横に振って言う。
「背くなんて、そんな・・ここを出たら夫殺しの罪人です」
「そうでしょうけど・・それを決めるのも私だってことですよ。辛いのよ、これでも」
 ピトンが、誰に言われたわけでもないのに、大きなトレイに朝食を二人分運んでくる。焼きたての大きなパンと鹿肉のステーキだった。テーブルに差し向かいに並べて置いて去って行く。
「美味しそうね、食べましょう」
「・・ああそんな、女王様とご一緒に・・ああ夢のよう・・」
「そなたには昼食の支度からさっそく加わってもらうわね。これはみなピトンと女たちの誰かがこしらえたもの。お風呂ですっきりしてから加わりなさい」
「はい・・夢のようです・・夢のよう・・」
「ほっほっほ、一度言えばわかります、さあ食べて」
「はい!」
 おそるおそるシルバーナイフとフォークを取り上げて、バティの手が震えていた。


「ったく、どうしてあたしが・・」
「うぷぷ・・くっくっく」
「笑うな・・ええいクソ・・」


 コンスタンティアは不機嫌だった。部屋に連れて来られた全裸のロランドを、自分の寝床のすぐ横にもうひとつ寝床をつくってやって横たえて、萎えたペニスをつまみあげて拭いてやる。シーツに血がつくと面倒だからだ。
 そうやってロランドを休ませて、その目前で裸になって衛兵の姿となる。衛兵の部屋は広くはなく、隠れて着替えるわけにはいかない。
 相手は奴隷。恥ずかしいとは思わなかったが、部屋に男の匂いが漂うだけで腹が立つ。ロランドを前手錠でベッドにくくり、部屋を出たコンスタンティアは衛兵長としての仕事に向かう。
 アラキナもセシリアもダマラもくすくす笑い、それにもまた腹が立つ。
 アラキナがほくそ笑みながら真顔に戻って言う。
「けれど、虎の子とまで言われてはしょうがない」
 コンスタンティアは不機嫌だった。
「そうだよ、まったく・・ああムカつく! あやつがどれほどの男か見極めてやろうじゃないか」
 ダマラがコンスタンティアの肩を叩きながら言う。
「そうムクレるなって。見極めると言ったって体に傷を残すことを嫌われるお方だから」
「わかってるってば! だからよけいにムカつくんだよ! ぎったぎったに刻んでやりたいところだけど・・ああクソっ!」


 コンスタンティアは、その日一日不機嫌だった。
 夕刻前の明るいうちに部屋へと戻る。風呂は部屋にはついていない。一度裸になって一枚着込み、シャワールームへと行くのだが、そのときロランドはもちろん起きて横たわっており、にわかベッドの下に置いたトイレのバケツに小便がしてあった。
「ああ臭っせー! ・・ったく何であたしが・・ああクソっ!」
 ロランドが言った。
「申し訳ありません、どうしてもこらえることができませんでした」
「言うな! わかってる! だいたいおまえは口が多い。思っていても言わないほうがいいことだってあるんだよ!」
「はい、コンスタンティア様、気をつけます」
「・・いいよもう・・妙に素直にされると気色悪い。どれ見せてみろ、チンコの先はどうなった」
 萎えたペニスをつまみ上げて見つめ、捨てるように手を放す。
「腫れはひいた、大丈夫だ」
「はい、ご面倒をおかけしてすみません」
 コンスタンティアは、黙ってロランドを見下ろすと、ちょっと笑った。
「情けない・・男のくせに・・おまえいくつだ?」
「二十一です」
「ちぇっ、大人のくせに女相手に下手に出やがって。シャワーしてくる。それからおまえと飯だ。ここに運ばれて来るだろう。ああクソっ、何であたしが男と一緒に飯を食うんだ! うむむ・・ああクソっ!」


 ロランドがちょっと笑った。体に毛のない全裸の男に笑われると、吐きそうな気分になる。
「あっ、てめえ! 笑いやがったな!」
 男の小さな乳首に爪を立ててツネリつぶす。
「ぅぅ痛い・・コンスタンティア様は可愛いお方です」
「な! 可愛いだと! おーよ、わかった! 帰ってきたらオンオン泣かせてやろうじゃねえかっ! ああクソっ、なんたる言いぐさ!」


 似ている・・あの若き海賊王、キャプテン・カーロに似ているとコンスタンティアは思った。
 『あなたは素敵です』 有無をも言わさず抱かれてしまい、ゾクゾクしたしたことを思い出す。あのときあたしは濡らしてしまった。誰にも言えない秘密であった。