2017年01月13日

氷川冷子(三話)


三 話


 私一人の夕食を済ませ、お風呂から出たとき、時刻は十時を
過ぎていた。何時間ぐらい放置しているんだろうと時計を見て、
そう言えば今日は時計を見ていないと思ったわ。氷川との時間
が嫌で嫌で、日々、いつ戻るかいつ戻るかと時計ばかりを気に
していた。習性とは恐ろしいもので、この家に移り住んでからも
それは変わらなかった。
 お風呂上がりでパンティだけを穿き、バスローブを着た姿で
奴隷部屋を覗いてみようとした。そしたらロックを操作する気配
だけでドアの裏側を引っ掻くような音がする。ドアは引いて開け
るようになっていた。中が狭すぎて内向きに開けられない。それ
ほど狭い空間なのね。
 ドアを開けると豆電球はついたまま。外の明かりが眩しいのか、
全身スキンカラーの気味の悪い肉奴隷は、ドアの際に体を丸め
てうずくまっていて、私を見るなり、弱く、けれど幾度も幾度も首
を振って私を見上げる。助けて助けてと言っているようでした。

 ふとバケツを覗くと、便ではなくて吐いたものが入っている。全
身汗びっしょりで、わずか数時間で感情をなくしてしまったよう
に表情がないんです。
「ほんとにダメなのね? 狭いところは怖い?」
 あうあうとタカは言葉も忘れていたわ。もしかすると幼い頃に恐
ろしい折檻を受けたのではと思ってしまう。顔も真っ青で生気が
失せているんです。

 それでタカ、怖々と私の足先に顔を寄せ、足指にキスをして、
また怒られないかと弱い上目で見上げるわ。
「出たいなら足を綺麗に舐めなさい」
 返事もできないようだった。懸命にうなずいて足の指を口に含
み、ぺろぺろ懸命に舐めるんです。
「これからもし怒らせたら一日でも二日でも閉じ込めておくから
ね。そうならないよう一生懸命できるわね?」
「はい・・ぅぅぅ、もう嫌ぁぁ、出たいぃ・・ぅぅぅぅ」
 涙をぽろぽろ。
「いいわ、おいで。お風呂、お湯残してあるから行ってらっしゃ
い。そのときにバケツもちゃんと綺麗にして」
「はいルイーザ様、ありがとうございます」

 だけどタカは立てなかった。精神的に追い詰められて、体に
力が入らない。犬のように這うのがやっと。バスルームまで這わ
せ、バケツは私が持って行ってやる。
 そしてバスルーム。ここは元々が別荘ですからお風呂は広く、
家族で入れる造りです。タイルも明るい水色柄。薄暗い牢獄か
ら解放された者のように、タイルにへたり込み、ぼーっと周りを見
ていたわ。
「動けないの? ・・もう、しょうがないわね」
 バスローブを外で脱ぎ、イエローカラーのパンティだけの姿で
ふたたび浴室に戻った私は、手桶でお湯を汲んで体にかけて
やったのです。
 そしたらタカ、ぶるるっと震え、女の子みたいに両手で胸を抱
いて私を見上げる。何をされているかもわかってないみたい。
「気持ちいい?」
「はい・・心から・・」
「え?」
「心から謝ります、ごめんなさいごめんなさい・・もう嫌ぁ、あのお
部屋はもう嫌ぁぁ・・どんなことでもしますから」
 溜息が漏れてしまう。
「ふぅぅ・・わかったわよ、許してあげます。あそこはお仕置きの部
屋にしましょう。調教に耐えられずに泣き言を言ったら放り込む
からね」
「はい、頑張りますから・・ぅぅぅ・・ごめんなさいルイーザ様」

 このとき少し母性が動いた。いったいどんな環境にいたのだろ
うとと思ったわ。子供じゃあるまいし、ちょっと閉じ込められたぐら
いで反応が異常過ぎ。トラウマなんでしょうね。幼い頃の折檻だ
と確信したわ。きっとそのときも誰かにこうして泣いて謝っていた
のでしょう。
 手桶で何度かお湯をかけ、そうしたらやっと手が動くようにな
って、自分の体を撫で回す。
「ちゃんと石鹸で洗いなさい」
「はい」
 とは言ったものの、石鹸さえうまくつかめず、滑って落としてし
まうのです。あの部屋に置いておけば狂ってしまうと思ったわ。
「もう・・」
 タオルに石鹸をこすりつけ、洗ってやるしかありません。タイル
に崩れたままの奴隷を洗い、またお湯をかけてやり、手を引い
て立たせます。少しは力が戻ったようで、立つには立った。だけ
ど子供でもひとまたぎの低い浴槽の縁を超えられない。しかたな
く手を取ったまま私がまたぎ、奴隷をお風呂に入れてやる。

 壊れかけてる・・そのあまりの弱りように私が怖くなるほどよ。
 そっと座らせようとしたら体が崩れ、支える私までが崩れてしま
った。もつれ合ってザブンです。
「あっ、パンティ! ああんもう! しょうがないわね!」
 下着を着けたまま浴槽に浸かってしまった。透き通ったお湯の
中に履き替えたばかりのレモンイエローが揺らいでいたわ。
 私が座り、体を丸める奴隷を抱き寄せ、支えてやったわ。そう
しないと溺れてしまいそうな気がしたから。
 だけどそれで乳房に甘えさせるような姿になった。
「ぅ・・ぁぅ・・あぅぅ・・」
「え? 何よ?」
 大きくはない乳房に頬を擦り寄せ、私に抱きすがって泣いて
ます。
「怖かったぁ・・ぅぅぅ・・」
「おまえ・・いったい何があったの?」
 タカは首を振って言いません。
「嬉しいです・・抱いていただけて嬉しいです」
「そんなに怖かったんだ?」
「はい、狭いところには魔物がいるから怖いんです」
「あそ。・・まるで子供ね」
 膝に抱いてやり、体を撫でて頭を撫でて、でも毛のない人間
なんて気持ち悪いわ。

 癒されてる・・。
 何でこんな肉奴隷にと思うのですが、これほど穏やかな気持
ちになれたことはなかった気がする。

「ちゃんとしてればときどき抱いてあげるから」
「はい、ちゃんとします」
「きっとよ、もう勃起させちゃダメですからね、あの部屋に閉じ込
めるからね、わかった」
「はいぃ!」

 どのぐらいそうしていたのでしょう。ようやくタカに正気が戻り、
お風呂を出るとき自分で動けるようになっていた。
 お風呂を出て、もう一度パンティを穿き替えて、お部屋に戻っ
て椅子に座る。そこへタカがやってきて、椅子の足許に額をこす
って平伏して忠誠を誓います。
 リビングは裏手の下り斜面にあって、寝室へは建物の表側に
向かって階段を数段上るようになっている。
 ダブルベッド。寝室にはカーペットが敷いてあり、しょうがなくて
奴隷を連れ込み、首輪にした綿ロープにリードをつないでベッ
ドの脚にくくりつけてやったのね。
 このときになってエサをやってなかったことに気づいたけれど、
タカはもうぐったりで、カーペットのフロアに死んだように横たわ
る。奴隷部屋から持ち込んだ毛布にくるまり、私より先に眠って
しまった。

 そして私がうとうとしかけ・・。
「もう嫌だ・・顔も見たくない・・嫌だ・・」
 寝言。やはりそう、よほどのことがあったのでしょう。
 このときはじめて、この子って可愛いと思ったわ。

 翌朝、外はすっきり晴れて気温も高い。起き出した私は奴隷
を這わせ、リードを引いて裏手に連れ出し、おしっこをさせてや
る。毛のない犬・・いいえ犬のような生命体。明るいところで覗き
込むと、小さなペニスの全体が紫色に変色していて、黄色いお
しっこを放っている。
「ウンチは?」
「いいえ、したくありません」
「そう、じゃあ行くわよ」
「はい」
「おちんちん痛いでしょ?」
「はい少し」
「情けないペニスよね、まるで子供。そんなもんなくても一緒よ」
「・・はい、すみません」
「何が?」
「小さくて」
「あはははっ、どうでもいいわ、奴隷のペニスに興味なんてあり
ません」
「・・はい」
 悲しそうにしょげる奴隷が可愛くて、お尻をちょっと蹴って這わ
せます。この子は睾丸も小さいようで、子供の性器を大人にくっ
つけたようなんです。

 お部屋に戻り、ダイニングテーブルの脚にリードをゆわいて食
事を作る。パンを焼いて卵と野菜を炒めたもの。大きなお皿で
テーブルに出し、私は座る。
 このとき私はミニスカート。正座をする奴隷からならデルタまで
見えたでしょう。白いパンティを穿いていた。欲情させて射精な
んて与えない。切なくて泣く顔が見たいから。
 フランスパンにバターを塗ってほおばって、炒めた野菜をフォ
ークですくう。そのとき奴隷のおなかが鳴った。クゥゥ・・ふふふ。
「・・食べたいの? あげてもいいけど、いま食べると寝るまでな
いわよ。日に一食の約束でしょう」
「はい」
 しょんぼりして可哀相。それで次にちょっと多めに口に入れ、よ
く噛んでぐちゃぐちゃになったものを吐き戻して与えます。
「口を開けなさい」
 そばにすり寄り、上を向いて大きな口を開けるのね。虫歯のな
い綺麗な歯をしていたわ。タカは煙草も吸わないよう。歯が真っ
白。
 パンと炒め物を合わせて噛んで、奴隷の口をめがけてぺっぺ
っと吐き戻す。

「美味しい?」
「はい! とっても美味しいです、ありがとうございます」
「あらそ。まるで豚ね。おまえは人豚、残飯でも吐いたものでも
平気で食らう」
 にやりと笑って横目をやると、嬉しそうな顔をしている。
「嬉しいの? バッカじゃない、女が吐いたものを食べるなんて」
「はい、ですけど美味しいです」
「あ、そうですか! ・・ま、吐き戻したものを一食とは数えないか
ら、奴隷にとってはそれでもいっか・・ふふふ、最低の男だわ」
「はい・・嬉しいです、ありがとうございます」

 呆れてものが言えません。それからまた吐き戻し、何度もそう
して食べさせてやりました。普段の私の三食分はこしらえた。い
つの間にか皿が綺麗になっている。
 その皿をテーブルから少し離して床に置いて舐めさせます。
犬のようにお尻を上げて、アナルを私に向けている。
「いやらしい姿ね、尻の穴まで汚らしい。タマは小さいペニスは
小さいアナルは汚い。ろくなもんじゃないわよ、おまえって」
「はい」
「ちゃんと舐めた?」
「はい、ごちそうさまでした、たいへん美味しかったです」
「うん・・まあいいわ、今日は家の中を拭き掃除。ちゃんとしない
と鞭ですからね。鞭って言ってもそんなものはここにはないの。
そこらの林で適当な枝を拾ってくるから鞭どころじゃないわ、体
中傷だらけになっちゃうからね」
「はい、一生懸命お掃除します」
「そうなさい、いい子よタカ」
 頭を撫でてやってミニスカから伸びる腿に頬を載せてやりまし
た。髪を剃ったばかりの頭を見下ろして、剃り跡が青く、眉もな
いから、すべすべした異様な肉生物が腿をさする感じがする。

 人間だとは思えないけど、不思議なぬくもりが伝わってくるの
です。
 それで食事の後かたづけに流しに立った私・・そのとき目の
前に先の丸い木のヘラが目に入り、にやりと笑ってしまったわ。
「ちゃんとお掃除できたら、これでお尻を可愛がってあげるから。
嬉しくて泣くまでよ。あはははっ」
 そのときもハッとした。今朝も時計を見ていない・・。
「パンツそれからTシャツぐらいは着ていいわ」
「はい! おやさしいです、ありがとうございます」

 ちぇ・・何言ってるんだか。何でパンティ穿いたままお風呂に入
らなきゃならないの・・ああムカつく! 風邪でもひかれたらたま
らないだけでしょう!

 などと思いつつ、私はなぜか微笑んでお皿を洗っているので
す。あんなに作ったのにぺろりですもの。
 先の丸い木のヘラは、炒め物をするときにいつも使う。料理は
得意よ。氷川に嫁いでそれしか楽しみがなかったからね。氷川
は脂っこいものが大好きで、コテコテの油料理ばかりを作ってや
っていた。早死にさせてやりたかった。なのに七十五まで生きや
がって・・ヘラを洗いながら嫌なことを思い出す。

 掃除が済んだといって肉奴隷がやってきたのは二時間ほどし
た頃でした。そのとき私はお洗濯も済ませ、あの奴隷部屋に入
って、ここをどうしようかと考えていたのです。
「どうしようね・・物置きにしちゃおうか」
 横目で見ると、奴隷はうつむいて唇を噛んでいる。
 何を思っているんだか、私はまたムラムラしてきた。自分でもよ
くわからない感情だった。
「お掃除ちゃんとしたわね!」
「はいルイーザ様」
「調教よ、素っ裸!」
「はいぃ!」

 裸にさせた肉奴隷を這わせ、リードをつないで裏庭へ連れ出
します。天気がいいわ。陽射しがギラギラ。
 庭の真ん中にある木の幹にリードをつなぎ、素っ裸の奴隷を
這わせたまま、私はまたいで背中に座った。私は百五十センチ
もなく四十キロ台前半で体が軽い。座ったぐらいでは腰も落ち
ない。
 あのヘラではなく、取っ手のあるプラの靴べらを持って出た。

 お尻をそろりとなぞってやって、振り上げて打ち下ろす。パン
パンといい音が森に吸われて消えていったわ。
 それほど強く打ってない。真っ白な尻がくねくね揺れていやら
しい。子供みたいな小さなお尻。
「揺らすな! 私を落としたら奴隷部屋よ!」
 などと言いながら、靴べらを持たない左手で赤くなりだしたお
尻を撫でてやってます。
「おまえ・・戻りたくない世界があるんだね?」
「はい」
「そう・・わかった・・」
 この子に下手な情けは無意味だと思います・・。

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