2017年11月17日

きりもみ(三話)

kirimomi520

 三話 智江利の罠


  遠くにあった性の園がいきなり身近に感じられるものとなる。智江利のそうした言葉は彼女のブログで読んでいた美希ではあったが、狭いクルマの助手席にいてそれを言われると、いきなり生々しいものとして感じられ、洋子への憎悪が燃え立って、その火の粉が智江利にまで燃え移ってしまったように智江利のことまで斜め視線で見たくなる。
  性を愉しめないのはつまらない女。カタイのよ。気取ってないで裸になったらどうなのさ。そう言われている気がしてならない。
  一人の男性を想うだけではいけないの? 貞淑なんて古くさい?
  だからあの頃、洋子にムカつき、接するたびに堆積していく負の感情が憎しみへと置き換わっていったのだった。妻は離婚で女に戻れ、女に戻れば選ぶ下着も変化する。女というひとくくりでそう思われるのが我慢ならない。

  私は違うと私は叫び、なのに行き場のない感情に悩まされる。智江利の書くものに共感できる。こんなふうになれたらどれほどいいかと思う自分が確かにいる。アクセルまでいかなくてもブレーキを放してしまいたい。得体の知れない性欲が溶けた鉄のようにいまにも流れ出してしまいそう。
  そんなことになればあふれ出す愛液をとめられない。だから怖い。

  智江利はブログに性感情を書いている。ほかにもっと露骨なところもあるのだったが、美希はその五行に共感した。

  脱げ。はい。
  這え。はい。
  動くな。はい。
  私にとってのSMは私から迷いを一切奪ってくれる。
  からだを縛られ、心を解かれる。

  突き刺さる言葉。きっぱりとしたアソコの疼きに寒気がしたのを覚えている。

 「さあ着いた、ほら、あそこ」
 「へええ」と思わず目を細め、こういうところで暮らせるなら女は変われるかもしれないと考えて、「夢みたいね」と美希は言った。
  横須賀は起伏に富んだ地形。智江利の家は古くからあるにしては小さくて、それもそのはず、背後の二方がかなりな急傾斜で家がなく自然のままの林。前側の二方にグリーンベルトのように自然林がそのまま残るロケーション。入り込んでしまえば、さながら樹海に迷い込んだよう。
  家そのものは黒い瓦と板壁の昔ながらのものだったが、家の前には少しの空き地があって、赤煉瓦を積んだ陶器を焼く窯が造られてあり、そのへんだけに現代の匂いがする。
 「すごいところでしょ。だからなのよ、裸で外に出られるわけ」
  なるほど。裸で出ると聞いて町中でよくもと思ったのだったが、こういう景色の中でならおかしな行為とも思えない。グリーンベルトのような樹林はつまり生け垣で、その外にはもちろん家が並んでいても、隔絶された世界には違いない。

  赤煉瓦で造られた焼き窯に歩み寄ると智江利が言った。
 「気をつけて、熱いよまだ」
 「あ、うん」
  近づくと煉瓦の肌から熱気がもわもわ漂いだす。
 「焼いたんだ?」
 「そよ。冷えるまではそのまま」
 「何を作ったの?」
 「いろいろ。お皿とか生け花の花器とか」
 「花器ね、なるほど。そういうものって売れるでしょ?」
 「まあそうだけど売れたって実入りは少ない。粘土もだし炭もだし釉薬(ゆうやく・うわぐすり)なんかも結構するから。無名だもん、あたし」
 「マスターのとこみたいに、どっかに置いてもらって?」
 「展示はマスターのところだけ。あとはネット」
 「そっかネットね」
 「オークションにも出したりするし、好きな人は見てるから。さあ入って。嬉しいな、ここに人を呼ぶなんてどれくらいぶりかしら」

  ガラスの入った格子戸をくぐって一歩入り、美希は目を丸くした。こんな家って、それこそどれぐらいぶりだろう。嬉しい気分にさせる家。
  いまどき、入るとそこは土間。土間の右手に古い台所。なのにそこには冷蔵庫。電子レンジも置いてありガステーブルももちろんある、妙な取り合わせ。台所の奥には一見して現役らしい手押しポンプ。石板で造られた深い流しも健在だ。
 「この家ってどれぐらい経つ?」
 「ほぼ九十年らしいよ。ヒイ爺さんのカミさんが孕んで建てたんだって。そのとき産まれたのがジイさんなんだけど、そのジイさんが三十のときに母さんが産まれ、その母さんが三十であたしを産んで、あたしはいま三十二。
あ、九十二年?」
  小首を傾げて言うとぼけた言い回しに引き込まれてしまう。細かな年数なんて訊いてない。三十路でそれなら娘のころはさぞ可愛い子だったんだろうと想像した。美人タイプではない可愛い智江利。光の加減で赤くなる不思議な色に染めた肩までのボブヘヤーもおかっぱ頭のようであり、なおのこと可愛さを引き立てる。

 「轆轤(ろくろ)なんかは?」と美希が訊くと、智江利は「奥よ」と顎でしゃくった。
 「そうじゃないと冬が寒くて。一部屋潰して工房にしてあるの。ウチって田の字造りだからさ」
 「たのじづくり?」
 「あら知らない? 田んぼの田の字にお部屋をレイアウトした造りのこと」
 「ああ、わかるそれ。それでそう言うんだ?」
 「昔の家はみんなそうだよ、四角い家を四つに割って十字に仕切る。大きな部屋を造っておいて襖で仕切っておくでしょう。親戚なんかが集まると襖を外すと大きな部屋に様変わりってわけ」
 「うん知ってる、田舎のお婆ちゃん家もそうだから」
  それを田の字造りと言うことを知らなかっただけ。それにしてもこういう家を見るのは懐かしい。
 「美希って田舎は?」
 「母さんは秋田、父さんは東京なんだけどね」

 「いまコーヒーでも淹れるから、そこらに座ってて」
 「うん、ありがと」
  玄関を入ってすぐの板の間には部屋の真ん中に囲炉裏が切られ、夏のいまは板を渡して塞いである。昭和どころか江戸時代に戻った気分。なのに液晶テレビが置いてある。このとき美希は探検気分できょろきょろ部屋を見渡していた。
  そしてすぐ、先ほどの会話を思い出す。家の中を歩き回る裸の智江利を想像した。家に入って自然の緑が断たれると、とたんに生々しい女の暮らしが浮き立ってくる。
  家に入って二方の窓を開け放ち、そよそよといい風が入ってくる。
 「涼しいね、ここ」
  見上げると壁の上に白いエアコン。囲炉裏とエアコンのミスマッチ。しかしエアコンは動いていない。
 「森の力だよ。真夏でも町中と数度は違う。夜なんてエアコンいらないぐらいだし」
  しかも板の間。座布団は敷いていても板に触れるとひんやりして心地いい。マンションの暮らしはどこか人に遠い気がしていた。

  コーヒーが運ばれて囲炉裏を塞ぐ板をテーブル代わりに角を挟んで智江利が座る。そしてそのとき、いくら女同士であっても、腿の根まで上がったミニスカートの奥の黄色いデルタ。レモンイエローのパンティを見せつけられたようで美希はちょっとドキドキしていた。いきなり性の話になりそうだった。
 「見えてるよ」
 「いいじゃん見えても。あたしはね、あたしを想ってくれるんだったら自分を隠しておきたくないの。ポーズなんてしたくない」
  美希はちょっとうなずいてコーヒーカップに手をのばし、言った。
 「私ね」
 「うん?」
 「あのブログで響いたのは、『からだを縛られ、心を解かれる』・・ってところなの」
 「うんうん、わかるんだ?」
 「そんな気がする。そんなことになったら怖いと思う反面、きっとラクなんだろうなって思うのよ」
  智江利は穏やかに笑いながら眉を上げて美希を見つめた。

 「それをあたしは自虐からはじめたの。私が命じて私が奴隷、そんな感じで」
 「素直になれた? うーん何て言うのか、自分自身の命令に?」
 「なれた。あたし決めたのよ、NOは禁句。あたしを想ってくれるんだったら誰に対してだってYESでいようと決めたんだ」
  美希はちょっと意地悪を言ってみる。女はそれほど淫らになれるものだろうか。口だけなんじゃないかしら。かすかな疑心の裏返し。
 「相手が誰でもって、じゃあ私が言っても?」
 「うん、そよ」
 「あらそ。じゃあ脱いで、全部」
  智江利は薄い唇をちょっと噛んではにかむように微笑んで、サッと立って一歩離れた。
  ミニスカに手をかける。前のボタンをはずしファスナーを一気に下げてすとんと足下へ落としてしまう。腰から下の白い脚線、レモンイエローの小さな布の前のところに黒く透ける性の飾り毛。
  美希は呆気にとられ、すぐに立って寄り添って智江利の手を止めた。

 「ごめん。ごめんね」
 「ううん、何でごめん? 嬉しいのにあたし」
  そして智江利は、風が草を分けるように手を開くと、すぽんと美希の胸に寄り添ってくる。
 「抱いて美希、嬉しいの」
  まさかと感じ、クリクリする目を覗くと、涙が溜まって揺れている。
  これが智江利が仕掛けた第二の罠。淫らさへのかすかな蔑みを込めてふざけて言ったつもりでも、それを真に受けられて泣かれては負い目が生まれる。美希という人はまっすぐで母性の強い人。智江利はそのへん見抜いた。
  そして案の定。

  マズイ。可哀想なことをしてしまった。この人はピュアよ。突き放していいものかと美希は戸惑う。
 「ねえ智江利、ねえってば」
  嘘でしょう? レズ?
 「抱いて美希」
  智江利は泣いているようだったが、その眸色がどんどん据わり、吐息が熱くなってくる。
  しまったと思った美希だったが、そのときまた洋子の声が聞こえてきた。『だからあんたはダメなんだよ! 逃げてばかりで情けない!」

  うるさい黙れ。誰がおまえなんかに負けるもんか。闘争心にも似た感情が燃え立ったのもそのときだった。
  私を変えるなら、いま。美希にとっては振り絞った勇気。
 「抱いて」と言って目を閉じた智江利の頬に涙が伝い、突き放すことができなくなる。美希はそっと触れるキスをする。そしたらそのとたん智江利はパッと笑顔になって、唇をふわりと開いて美希の舌をほしがった。
  口づけが深くなっていき、美希もまた、はじめて感じる妖気のような震えにつつまれ、智江利の細い腰を抱く手が黄色い下着の尻へと降りてそろそろ撫でる。
 「ンふ・・美希ぃ、嬉しい」
  私は男よ、女役になったりしたらたいへんなことになる。
  一線を超えた感情が、美希の手を前に回し、下着の中へと導いていく。智江利は震え、腿を弛めて受け入れた。
 「はぅ! あ! あぁぁ!」

  何よこれ。壊れたみたいに濡らしてる。

 「こうされて嬉しい?」
 「嬉しい、泣いちゃう、あぁぁン感じるぅ」
  羨望が衝き上げた。こうして溶けていけるものなのか。相手は同じ女なの。それでもこれほど濡らせるなんて。
  しがみついて震えながらも智江利の手がスカート越しに美希の尻を撫で回し、後ろがめくられて、パンティ。腰の肌から一気に尻へと滑り込む。
  美希は目を閉じた。来る。拒めない。
  尻の谷の底へと沈む細い指。美希は一度尻を締めて閉ざしたが、智江利が愛らしく想えてならなくて、すっと力を抜いて尻を弛めた。
  後ろから忍び込む指。アナルに触れられ全身がピクと強張って、それでも沈む指先が静かに閉じたラビアに触れた。

  これが第三の罠。智江利の指先に強烈な媚薬のクリームが塗り込められてあったのだった。
  美希の指先が吸い込まれるように智江利の中へと入っていく。熱いし狭い智江利の奥底。おびただしい愛液が指にからまり、ますます深く、抜いてこすって、また深く。
  智江利の指が閉じたラビアをくねくね揉んで、美希もまた潤いだし、智江利の指がリップを割り開く。

 「くぅ、ああ感じる」
 「うん、あたしも、ああ感じる、もっとよ美希、もっとシテ」

  おかしいわ、どうしたの? 目眩のような波が来る。芯が抜けてしまった体がいまにも崩れる。
  智江利の手は性花を嬲り、もう一方の手が背中に潜ってブラを外す。ふっと解かれる締め付け。そして智江利の手はTシャツをたくし上げながら前と回り、Cサイズの乳房をわしづかむようにして揉みながら指先で乳首をとらえて回して揉む。乳首が尖り、体に震えがやってくる。
 「ン、智江利、あぅ!」
  感じる。意識が朦朧とするぐらい。
  違う。それが智江利が仕掛けた第一の罠。コーヒー。ハシリドコロを煎じた汁をごくわずか溶かしてあった。
  ハシリドコロはここらに自生する毒草で、その成分はスコポラミン。目眩と幻覚を生むものだ。

  美希はもはや自制がきかない。それならと智江利への膣突き指を速めると智江利はがたがた震えだし、しがみついて抱き合って、そのまま二人は板床に崩れていった。
  脱がせ合う。美希はスカート、智江利はパンティ。美希のブラは外されていて、智江利の黄色いブラもはずしてやる。Bサイズの白いふくらみ。二人はキスと足先がほぼ揃う。美希164センチ、いくぶん豊か。智江利162センチ、スリム。燃える裸身に冷たい床が心地いい。二人揃って横寝となって抱き合って、智江利は身をずらして6と9に変化して、互いに脚を開き合い、愛液にまみれた互いの性器にむしゃぶりついた。

  すごくいい。これほど感じたことってあったかしら。
  美希は解放されていく喜びよりも、これで今度こそ洋子に並べたと確信した。いいや洋子の上に立てたと思う。洋子にいま彼がいるのかいないのか。しかし洋子は子持ちの母親。私の翼のほうが羽ばたく力に満ちていると思えてくる。
  叫ぶように声を上げる淫らな私。目眩のような性の波がとめどなく愛液を垂れ流し、目に映る景色が歪んでぐるぐる回っている。
  イク・・ああイク・・。
 「智江利ダメ狂っちゃう、あ、あ・・」
  景色が回り、気が遠のき、身をくねらせ腰を暴れさせてもがいている。自覚しながらどうにもならない。
  私はどうしてしまったのか。意識が濁って消えていく美希だった。

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