2019年02月22日

新作レズ官能 追いつめられて

lez520
三話 寂しいドール


 リアルなドールと実態ある美希を見くらべるように交互に視線を往き来させ、カンナは立ち上がりながら言った。
 「美希と美希の抜け殻。どっちがどっちなのか、しばらくお話ししてればいい。私はアトリエでちょっとあるから向こうへ行ってる」
  そう言うとカンナは空になった自分のマグカップを持って赤い部屋を出て行った。取り残された美希と動かない全裸のドール。美希はちょっとため息をつくと肩の力が抜けていた。赤一色の空間にカンナの存在が加わると本能的な不安を感じる。
 「乗り移れば抜け殻か・・お人形になった私を抜け殻の私が見つめている。だけどアレよね、こうして裸でお部屋に一人きり、抱いてくれる人はいない」
  孤独というより空虚の根源はそこだと、このとき美希は思い知る。
  ドールが置かれるのは赤いソファの斜め前。ソファからは少し距離があり、ドールはソファの前に座っている。見たこともなかった赤一色の異様な空間に心が微妙に波立っている。冷静なのだが平静ではいられない。どうしてそんな気分になるのか。このまま座っていても私は変わらない。立ち上がって前へ。赤という色は攻撃色。奮い立っているのかもしれないと美希は思う。

  フロアを離れ、動いてくれないドールと視線を合わせて歩み寄る。穏やかに微笑むドール。雰囲気がカンナに似ているとも思うのだったが、ドールに向かって美希と呼んだカンナの声が残っていて、もしも本気で美希だと思えるなら私はどうなるんだろうと思ったとき、ありきたりな言い方をすれば、どちらかが『もう一人の私』になると思い至る。
  そういうことだったのか。見事な心理トリックね。カンナが仕掛けた罠の巧妙さに苦笑しながら、美希と呼ばれたドールに微笑んだ。
  そっと手をやって乳白の頬に触れ、首筋から肩、二の腕だったり、後ろへ回って背中だったり、ソフトなマネキンを撫でてみる。感触はソフトであっても人の皮膚感はなく、もちろん人体よりも冷えている。
  くびれた腰からヒップ。お尻は若く締まってぷりっと上がる。乳房のサイズはBほどだろう。乳首に浅い色素があって、乳輪までがリアルに再現された大きめの乳首。
  視線を下げると白いおなか、そしてふさふさとした性の草むら。人毛と見まがうほどの質感があり、けれどその奥へは視線をなげない。私自身の性器を見るのは苦痛だし、どれほどリアルに存在しても永遠に男を受け入れることはない女性自身。なんて寂しいドールなの・・と思ったときに、寂しい美希と寂しいドールが重なった。

  寂しさを表に出さず微笑んで、抱いてというように裸で立って、なのに冷えて冷たい体。美希はそっと抱いてみる。女同士で、それも美希と美希が寄り添う姿。お人形になった私を抱いてやりたい。ふとそんな気分になれた美希。
  そしてそのとき、カンナが仕掛ける作為の巧妙さにあらためて愕然とする。
  可哀想な私。私自身のためなら何でもしてあげたいと思う女心は外向きの愛であり、ああ私は愛されているんだとドールが感じてくれるなら、それは私が愛されていることで・・じつに巧妙。そんな想いになれるとしたら、さぞ救われることだろう。
 「寂しいよね・・いい子なのに・・」
  ささやきかけて、そしたらそのとたん涙腺がゆるむような素直な感情が湧き上がってくるのだった。
 「あなたが好きよ、美希ちゃん」

 『嬉しい。私もよ美希ちゃん』

 「え・・」
  声が聞こえた。私の声を確かに聞いたと美希は感じ、少し強く抱いてやる。
 『あったかいな。嬉しくて泣きそうよ』
 「嬉しいの? 私のこと好き?」
 『うん好き。もっと抱いて』
  美希は一度抱擁を解いて眸を見つめ、それからまた抱き締める。リアルな乳房がほどよくつぶれ、背を撫でて腰へと降りて、若く張りつめる尻を撫で、それからはもうたまらなく、ドールを掻き抱き、ドールとなった自分自身を抱いてやる。
 『私もう寂しくない。ねえ美希』
 「なあに?」
 『泣いていい? 寂しかったの。悲しかったの』
 「いいわよ泣いて。ずっと抱いててあげるから」
  どちらがどちらか。堰を切ったように涙があふれ、このとき美希はまざまざと孤独の本質を見せつけられた。
  冷えていたドールに体温が乗り移り、それは心が乗り移っていくようでもあって、ドールの喜びを自分のものとして受け取れるようになっている。女心に充満し、いまにも破裂しそうだった圧力が、ふっと抜けて楽になる。

 「だけど、こういうことを思いつく彼女はすごい。とても勝てない素敵な人」

   と、ドアがノックされて、美希はハッとしてスウェットの袖で涙を拭い、も動かない美希から離れて振り向いた。
 「ちょっとアトリエへ・・あらら泣いてた?」
  眸を赤くする美希に歩み寄り、微笑みかけながら背中をちょっと撫でるカンナ。
 「しっかり抱いてあげた?」
 「はい」
 「ほうらごらん、抱いてくれる人がいる。美希はもう孤独じゃない」
  もうダメ、泣いちゃうと思ったとき、カンナは美希が乗り移ったドールへ歩み、頬を撫で、唇を寄せていってキスをして、それからぎゅっと抱き締める。
  そしてドールの美希を抱きながら背中越しに美希に言った。
 「してあげてもいいのよセラピー。本気になれなければ意味はないけど」
  美希は言葉につまった。
 「まあいいわ、ちょっとアトリエにいらっしゃい。ワックスアートを見せてあげる」
  言いながらドールを離れて振り向くカンナ。
 「私はね、美希をモデルにしたいと思ってる。つまらない女をぶち破るチャンスだわ」
  ますます声が出なくなる。

  アトリエとして使う空間は物件の都合でやや台形ないびつな部屋。八畳相当はあっただろう。床は固いプラスチックタイルの白いフローリング。壁も白。
  そんな空間にキャスターがついた三段あるワゴンが二つ置かれてあって、材料となる顔料や染料、それにコンクリートパネルのような蝋の塊。パレットナイフや様ざまな筆・・そのほか蝋を溶かすためのバーナーと片手鍋のようなものがいくつか置いてあり、まさに芸術家の棲む世界。アトリエには蝋の匂いが染みついている。
 「これが材料よ、蝋燭しか見たことないでしょ?」
 「そうですね、大きな塊なんですね」
 「素材は無色。溶かして色をつけて、垂らしたり筆だったり。温度を上げられれば描くにはいいんだけど相手が女の子では火傷しちゃうし」
 「そのときは筆で?」
 「たぶん垂らす。筆だと温度が高くないとうまくいかない。まさにSMのタラタラよ、あははは。一滴ずつ垂らしては色を重ねて描いていく」
 「モデルさん、泣いちゃう?」
 「さあね、これの融点は50℃ほどなんだけど、ボディアートははじめてのチャレンジだからやってみないとわからないんだ。マゾさん集めたほうがいいかしらって考えた。悶えてくれれば、それはそれで面白い。あははは」
  明るく笑うカンナを見ていて、颯爽とした女の生き様を感じたし、世界の違いに憧れる気分になれる。
 「モデルさんは全裸?」
 「もちろんそうだけど前バリはするでしょうね。そうでないとアソコがもさもさになっちゃうし、それじゃちょっと展示できない。写真ならいいかもだけど」
 「毛を処理させちゃうとか?」
 「ああ、それはもちろん。今日会った二人には剃ってもらうし二人は全裸よ。美希の場合は前バリねって言ってるだけ」
  キラキラと挑むような二つの眸。胸が苦しい。迫られれば断れないと感じたからだ。

  カンナは即答を求めず、蝋のブロックを手鍋に入れてバーナーで溶かしはじめ、赤い色素を加えていってピンクの蝋に変えてしまう。手鍋からかすかに湯気が立ち昇り、むせるような蝋の匂いが発散された。
 「湯気は水分が飛んでるからよ。湯気が消えたら使いどき。融点が低ければ安全ですけど体温で柔らかくなっちゃうでしょ。剥がれてこないか心配なのよ。ストリッパーになっちゃうからね。これでおよそ60℃。固まりだすと膜が張るから、そのへんでタラタラってわけ。こうしてね」
  溶けたピンクの蝋を大きなスプーンですくい、やや傾けて床に置いた白い紙に垂らしていく。ぽたっと飛び散り、ツーっと流れた温度の低い蝋が、先端を丸くして垂らすと同時に固まっていく。
 「相手が紙なら温度を変える。熱ければ薄くひろがり低ければこんな感じで盛り上がる。それで陰影をつくっていくわけ。美希にタラタラ。むふふ、気持ちいいかも・・あははは!」
  あっけらかんと笑いながら尻をパシンと叩かれて、美希はこのとき、なぜかカンナへのガードが崩れていた。ビアンと聞いて魔女的なイメージを持っていたのだったが、繊細な心を持った素敵な女性であったこと。勝手に描いた偶像とのギャップに、むしろ心がほぐれていく。
 「さて美希、手伝ってよ」
 「何をですか?」
 「もう四時じゃない、夕飯の支度。少しはできるんでしょ?」
  鎌倉のカフェにいたとき午前中だったのに、いつのまにか夕刻。
  と思ったとき、アトリエの空間の二方にあるガラスエリアに突如として激しい雨がやってきた。ゲリラ豪雨といった感じ。これには顔を見合わせる。行動を制約する雨が二人をつなぐ気がしていた。

  キッチン。カンナの手際のよさに眸を見張った。突然の来客であるはずが、カンナは冷蔵庫を覗いてあり合わせで作ってしまう。料理には自信のあった美希だったが、四十歳と三十二歳のキャリアの差だけはどうにもならない。
  手際とは下ごしらえで決まるものだし、使った器具を片付けながら進めることが次の作業を早くする。葉物野菜の炒め物を載せたパスタ、卵のサラダと簡単なオニオンスープが見る間にできてく。
 「カンナさん、すごい、お料理上手で」
  見ていて思わず声が出た。
 「作るの好きだし。その代わり後始末が嫌いでね、後のこと頼んだわ。美希だって包丁巧いじゃない、なかなかのものだわよ」
 「それは私も好きですもん」
 「馬鹿な旦那ね、いい奥さん捨てちゃって」
  そう言って笑うカンナの姐御肌。頼もしさを感じる美希。
  パスタが茹で上がってザルにとったのは美希。そのとき横のレンジで炒め物ができあがり載せて完成。大きな皿に盛り付けておいて小分けする。その皿を運ぼうとして美希はあることに気がついた。
 「パソコンはないんですか?」
  サラダをカウンターに上げてスープをよそいながらカンナは言った。
 「寝室よ。静かなところで書きたいものもあるからね」
 「エッセイとか?」
 「小説」
 「へええ小説? すごいんですね」
 「すごくないすごくない、可能性なんてどこにあるか知れないものよ、書いてみてるだけだから。作家なんて天空の人々よ」
 「ジャンルは、どんな?」
 「なもん書いてみないとわからんじゃんか。いまはエッチにはまってるけど。いわゆるR18ってヤツで、もちろんビアン」
  キュンとした。
  バイタリティ? それともタフ? 何もかもが自分と違う。美希はちょっと口惜しくなった。

  リビングのローテーブル。グレーと茶のマーブルカラーのシャギーマットが敷いてあり、二人してフロアに座って食べはじめる。カンナの料理は味もいい。食べながら自分が情けなくなる美希だった。
  美希は言った。
 「カンナさんて、お相手はずっと同性ばかり?」
  話をそちらへ振ってはいけないとわかっていながら、なぜか訊いてしまった。
 「あら、どうして? もちろんそうよ、相手が男という意味ではバージンだから。思春期の頃からドキドキするのは女の子に対してだった。高校生になった頃、絵のサークルに参加して女子大生の先輩と出会ったの。彼女はバイ、ビアンではタチ。泳いでないと死んじゃうような人だった。奔放でね、憧れてるうちにいつの間にかベッドにいたわ」
 「その方とはいまでも?」
 「ううん、何があったのか、ぷいと実家に帰っちゃって、いまでは主婦よ。子供が三人もいるんだよ」
 「実家ってことは近くですよね?」
 「ちょっと違うけど、でもまあ北海道は広いから近くと言えば近くでしょうけど。私は十勝よ」
  一瞬曇ったカンナの面色に、その人と何かがあったのではと考えた。
 「美希はどこ?」
 「金沢です、石川県の」
 「雪国ね、私と同じ。湿った雪と乾いた雪、それが美希とのちょっとした差。だけどどのみち女なわけよ、私も美希も」
  なんとなくだがムードが萎む。カンナはおそらく北海道へと想いが飛んで、美希は上京した頃の自分の姿を思い浮かべた。
  進学で上京。友だちが増えていくにつれて男女が入り混じり、私はどうしてこう内向きなのかとヘコんでいった記憶ばかり。

  流しに立って洗い物。カンナは隣りに立っていて珈琲を支度する。手をのばせば届く距離。カンナの魅力が空気感染しそうな気がする。爽やかな性的そよ風を感じながら洗い物をし、シンクを見たまま美希は言った。
 「憧れちゃうな、カンナさんに」
  隣りのガスレンジで湯が沸いて、ドリップ珈琲を作りながらカンナはちらりと視線を流した。薄いピンクのスウェットにブルーのブラが透けていて、胸が張りつめて若々しい。
  美希は言った。
 「モデルさんなんて、とてもとても。セラピーなんて、怖くてダメ。だけどそれじゃ私は結局変われない。弱気な自分が嫌になります。でもカンナさんの世界には憧れちゃうし、どうにかしないと腐っちゃうよって言ってる自分がいる。どうしていいかわからないの」
 「ふむ・・ついさっき全裸の自分を抱いたでしょ。あの子ならこう言うわ、動けるんだから美希は幸せ・・ってね」
 「ええ、さっきもそう考えました。待ってても誰も抱いてくれない。可哀想な私って考えちゃった」
  笑う息づかいを察しながら美希はカンナがどう言うかに期待した。
 「思うがままに動き出せばいいんだわ。アドバイスなんてない。動かない人に何を言っても意味がないから」

  ただ黙って、洗った食器を水で流す。水が流して消えていく白い泡を見つめていた。

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