2020年10月13日

長篇小説に棲む女(三)

keikoku520
三話 男のレンズに晒されて


 佳衣の部屋から新島の家までは遠くなかった。今日は陽射しが柔らかく、めずらしく風がない。春先のようなぽかぽか陽気になっていく。
「書き出しの一行は俺が書こう」
 佳衣は新島の口許を見つめていた。眸を見てしまえば不思議な魔力がはたらいて抗えなくなると感じたからだ。
 新島はこう言った。
「牝の自分に凶暴なまでに向き合うこと。テーマはそこだ。この家で佳衣は女を捨てて牝になる。主の前で佳衣という牝は凶暴なまでに野生である。脱ぎなさい。そこに立って面倒な佳衣を剥ぎ取っていくんだよ」
 そして静かだが熱のある眸で見つめられる。
 ブラの奥底で心臓の拍動さえも聞こえるような気がした。言われるままにもがいてみよう。付き従ってみたいと佳衣は思った。
 強い視線で見つめられ、佳衣は反抗をあきらめて静かに立った。囲炉裏のある古い部屋は、暖かい今日、そこらじゅうが開け放たれて明るい光が射し込んでいる。誰かが通れば筒抜けだ。恥ずかしさと怖さが佳衣の膝を震わせた。

 黒革のミニスカートに手をかける。濃いグレーのパンスト越しにピンクのパンティ。透けるブラウスを脱ぎ去るとお揃いのピンクのブラ。佳衣はBサイズだが、ハーフカップに白い膨らみがあふれて見えた。
 緊張で息が震える。背に手をやってホックを外し、すでに乳首を尖らせた二つの肉房が弾み出た。荒くなる息が胸をうねらせ、あまりの羞恥に全身に鳥肌が騒ぎ出す。主は板床に座ったまま、佳衣の美しい変貌に眸を細めた。
 そして意を決しパンティに手をかけたとき、主は言った。
「下はいい。いま脱がせてはつまらない。淫らに濡らし、脱げと言われてパンティの底が糸を引くようにならなければ・・ふふふ」
 とっくにもう濡れていた。激しい濡れだと自覚できるほど愛液の流れを感じることができたから。こんなことははじめてだった。監視のもとで脱がされるゾクゾクとした震えが牝の陰部を狂わせているようだ。
 親指にピンクの輪ゴム。どれほど厳しい縛りより厳しい責めを予感させる。荒くなる息をこらえ、こらえきれずに喉の奥で『くぅっ』と声がくぐもった。

 開け放った玄関先に向かう襖の鴨居。両手の親指に輪ゴムを緩く遊ばせながら、落とさないよう意識して鴨居へ両手を上げいき、それは吊られる女の姿。
 主が背後に忍び寄り、両手で長い髪をそろりと撫でて、耳許へ、首筋へ、二の腕から滑らせて脇の下、背中、ウエスト・・心地いい圧迫を与えながら主の両手が素肌を這った。若くはない男手はがさついて、それがむしろ心地いい。
「ぅ・・ンっふ・・ぅン・・」
 佳衣の心に恐ろしいまでの快楽が訪れた。鴨居へと延びきった裸身がくねくね揺れる。パンティにくるまれた双臀がきゅっきゅと締まって、ぶるんと弛緩。
 脇の下から回る手が二つの乳房をそっとくるみ、やわやわと揉み上げて、しこって勃つ乳首を両方つままれて、乳房を揉みながら乳首をこねられる。それでそのとき首筋に口づけがそっと這う。
「はぅぅ・・あぁぁ感じます、ご主人様」
 波濤のような震えが腰の奥底から白い腹へ、すべやかな内腿へと伝播して、佳衣は甘い声を漏らすのだった。
「ほうら濡れる、いやらしく濡らしてしまう」
「はい・・ああ濡れちゃう・・嬉しいです、ご主人様・・」
「うんうん、双臀をこうして・・」
 マチの浅いピンクのパンティ。白い双丘をくるむ布越しに主の手が肉をつかんで揉み上げる。佳衣はくいくい双臀を振った。脱がされたい。いっそ指に犯されたい。伸び上がる裸身が爪先立ちに立っていき、そのとき双臀はきゅっと締められ、弛緩と同時にぶるぶる震える。

「さあ脱がせてみようか。糸を引くかな」
「あぁぁ嫌ぁぁ」
 耳許で囁かれ、耳たぶをちょっと噛まれ、ゾクッと震えたところへ浴びせられた言葉。パンティの左右に主の指が忍び込み、双丘を滑らすように布地が巻かれて下がっていく。そのとき主はパンティを抜き取るため、下げるにともなってしゃがんでいって、双臀の奥底までを下から見上げるようになるはずだ。
 考えただけで果ててしまいそう。
「ほうら濡れてる、ひどいものだ、ふふふ」
「嫌ぁぁ見ないで・・恥ずかしい・・」
 パンティの底部で愛液が糸を引くこと、下着から解放されていく性器がフッと冷えて感じさせた。
 それから主はふたたび立って背後から一糸まとわぬ白い女を撫で回す。
 はぁぁ、ううン、ううむ、あはぁぁ・・と佳衣は心を掻き回す性感の嵐を声に出して表現した。裸身がS字にくねくねそよぐ。
「ここはどうかな・・欲しいだろう」
 黒い飾り毛に覆われたデルタ。いずれ来ると覚悟はしていた。背から回る主の手が手入れされない草むらを撫で回し、股底へと滑ろうとするのだが、濡れる花に毛がまつわりついてヌチャヌチャに濡れている。佳衣は腿を締めて拒絶して、拒絶しきれず性毛の丘を突き上げて指を待った。
 鴨居を握る両の親指。輪ゴムだけは守ってみせる。主が与えた緊縛なのだと佳衣は思った。

「よく濡らす、いい女だ」
「私はいい女? ほんとにそう?」
「いい女だ。おまえの人格は女の美にあふれている。ほうら感じる」
「あぅぅ! あ、あ!」
 指先が粘液のまつわりつく奥底へと滑り込む。佳衣は腿を緩めて恥丘を突き上げ、おおぅ、おおぅと獣の声で愛撫に応えた。
「ダメです、逝きそう・・ああ逝きそう・・」
「まだだ、許さない。さあいいぞ、手を下ろせ」
「はい」
 輪ゴムを守り切った誇らしい手を下ろし、輪ゴムを奪われ、佳衣はむしゃぶりついて主にすがった。
「ご主人様、嬉しい・・嬉しくて私、泣きそうです」
「うんうん、一歩ずつ、少しずつ、淫虐の世界を覗いていこうね」
「はい、誓います私・・いいえ、お誓いします、ご主人様。きっと可愛がっていただける奴隷になりますから、どうか見捨てないでくださいませ」
 佳衣は愕然としていた。私のどこにこんな言葉が潜んでいたのか。言いたくて言えなかった淫乱のストックを吐き出したような気分だった。
「よろしい、いい子だからご褒美をあげよう」
 左腕で抱きくるまれて、右手で髪を撫でつけられて、頭を撫でられ、柔和な微笑みがすっと寄せられた唇が重なった。佳衣は夢中で舌を差し込んで貪るように深く吸う。
「それでいい、もっともっと凶暴に」
「はい!」
「可愛いね、佳衣は可愛い」
 それと同じ言葉を若い男に言われたって撥ね付けてやりたくなる。何様なんだよと言ってやりたい。三十歳の歳の差は圧倒的に女心を素直にさせた。出会えてよかった。このお方の奴隷になれてよかったと、佳衣は潤み出す眸を向けていた。

 くるりと振り向かされて白い双臀をぽんと叩かれ・・。
「外に出なさい。いい天気だ、家の周りを全裸で這い回る奴隷の姿を撮っておこう。放し飼いの佳衣だから」
 外に出るって・・息を詰めた。
 怖い。怖いけれど、これで私は解き放たれると感じてしまう。トイレにも行きたい。台所から裏口を抜けて外に出ると、すぐ際に井戸があり、数歩歩けば小さな便所の小屋がある。古い家はこうなのだ。汲み取りの便所は母屋とは離してつくるもの。佳衣は全裸で裸足のまま、長く踏まれて草の生えない土の上に降り立った。
 新島はカメラマン。プロ用のデジタル一眼を持っていて、なぜかフィルムカメラを持ち出さなかった。
「さあ這うんだ、凶暴な獣となって濡れる性器を見せつけろ」
「はい、ああ私ヘンです・・混乱しちゃって、おかしくなりそう」
 山道のどん詰まりであり、いまはもう農閑期。人通りがないことはわかっていても、外に出ればそこら中から見られている気がする。玄関先に停めてある赤いポロとモスグリーンのジムニーは、地べたに這えば姿を隠してくれるもの。
 佳衣は這った。双臀を突き上げた四つん這い。
「もっと双臀を上げるんだ、アナルまで空に向けろ」
「ああ、はい、ご主人様、恥ずかしい・・」
 栗色の長い髪を両頬越しにさらりと垂らし、首を跳ねて毛を跳ね上げ、そうしながら家と便所の間の土の上を這い回る。空は青く抜けていて太陽が汗ばむほどの熱をくれる。

 そんな佳衣を追い回し、デジタル一眼が鋭いシャッター音を響かせた。
「ふふふ、透き通った汁が垂れている。いやらしい女だな」
「あぁん嫌ぁぁ、見ないでください、あぁ感じるぅ・・」
 かすかにそよぐ暖かい風が素肌を愛撫し、突き上げた秘部のすべてを冷やしていく。牝の花は激しい濡れに閉じていられず、肉ビラをぱっくり咲かせて、ピンクの奥底までも見せていた。
 私は壊れた・・佳衣は思う。全裸で這っているだけなのに愛液の吐露がおさまらない。ゾクゾクする。もしもいまちょっとでも性器を嬲られれば吼えて私は逝ってしまう。佳衣は思う、私はマゾだわ。
 恥ずかしい姿をレンズが狙う。凶暴なガラスの眸が女のすべてを暴き出す。
 双臀を振り立て、胸を張って乳房を揺らし、性器を突き上げて恥辱に濡らし、佳衣は中庭とは言えない土を這い回り、そして、やおら・・井戸から汲み上げたバケツの水を浴びせられた。
 地べた一瞬にしてぬかるんで、主に双臀を足蹴にされて裸身が転がり、髪の毛も背中も双臀も体中が泥だらけ。
「淫獣らしくなったじゃないか。もがけ、のたうって吼えるんだ」

 井戸の縁に手を着かされて、脚を開いて双臀を上げる。主は大木の幹をぶったぎった丸い椅子に腰かける。そうすると晒された性器が主の顔に突きつけられる。
「ご褒美だよ、可愛い佳衣」
「はい・・あぅ! あぅぅ! そんな・・あぅぅーっ、ご主人様ぁーっ!」
 ここは外だ、声はいけない・・と思いながらも吼える佳衣。ヌラヌラに濡れそぼる奴隷の性器に主は舌先を寄せていき、蜜液をすくうようにラビアを舐める。白かった双臀は泥だらけ。拾ってきた牝犬のようなあさましい姿。
「ご主人様、ダメですダメ、逝きそう、ああ逝きそう・・おおぅーっ!」
 尖ったクリトリスをすぼめた唇で吸い立てられて、佳衣は膝を使って腰を弾ませ、ガタガタ震えて、がっくり膝を落として泥の中へと崩れていった。

 めくるめく陶酔・・はじめて知ったアクメ・・。

 言葉として知っていても、そこへと至れる女は少ない。きっとそうだ。これがそうだ。見守られて愛される至上の歓び。佳衣は泥に崩れて失禁した。潮を噴いた。体中の力が抜けて立てなくなった。
 手を突っ張り、どうにか体を起こしていって、佳衣は座る主の股間をめがけてむしゃぶりついた。ジッパーを降ろす。トランクスから主のペニスを引っ張り出して無我夢中でむしゃぶりついた。白髪の交じる陰毛が、あってはならない男女の性を物語っているようだった。
 穏やかな勃起が嬉しかった。喉の奥まで突き立てて、吐き上がる胃液を飲み下し、それでも奥まで突き込んだ。穏やかな勃起がびくびくと脈動し、熱い精液が放たれた。佳衣はとろけた眸をして主を見上げ、舌なめずりしながら飲み下した。

 トイレはつねに全裸。そのとき言い渡された課題であった。家の中で下着は許されない。それもわくわくする調教だったのだ。
 縛られたり、鞭に泣いたり、残酷な玩具に犯されて気絶するまで嬲られる。何をされてもついていけると確信できた。

 昼下がりの時刻なのに五右衛門風呂。はじめて入る時代錯誤。それがまた心地よかった。主の背中を流し、立たされて、逝きそうになるまで石けんにヌラめく手で撫で回される。覚悟を決めて訪ねて来て、たった数時間で佳衣は奴隷に堕ちていた。裸で立つ主の体は思うほど衰えてはいなかった。同じように手の中に石けんを泡立てて、素手で全身を洗ってあげる。萎えたペニスがいとおしく、頬をすり寄せて睾丸を揉みしだく。そして褒美に抱いていただく。
 私の愛はこうだったのかと思い知った佳衣だった。
 風呂から出ると、佳衣はバッグに詰めてポロのトランクに入れてあった青いスエットのパンツを履いてグレーのパーカーを許された。しかし中身は全裸。家の中は日影であって抜ける風が冷えてくる。台所に立って簡単な昼食を支度する。カマド。薪の火なんてはじめてだったが、カマドに火が入ると一気に暖かくなっていく。
「どうだ、うまくできそうか?」
「どうにか・・難しくてダメ」
 主は笑った。
「俺も最初は参ったよ。薪ってどうやって燃やすんだ。ネットであたってやってみた。キャンプの動画を見ていてね」
「そうですね、ほんとそうだわ、キャンプみたい」
「ところで明日は?」
「泊まっていいですか?」
「うむ、思うがまま、勝手気ままにやることだ。それが最大の調教だからな」
 佳衣は流しを向いて主に背を向け、微笑みながらうなずいた。

 冷蔵庫にあった野菜と肉を炒めた。それをご飯に載せて中華飯のような妙なものをこしらえた。佳衣は料理が得意なほうだ。
 昼食と言っても時間がずれて食べ終わると四時を過ぎてしまっている。
 佳衣は一度クルマで出かけ、部屋へと戻って着替えを整え、二組あった布団の一組をリアシートに積み込んだ。古民家には一組しか布団がなかった。飛騨に棲む友人のために用意してあったものだが、プライオリティでこっちが先。
 それから買い物を済ませて戻ってみると時刻は六時を過ぎていて、晩秋のいまはすでに闇につつまれている。山道のどん詰まりに街灯などはない。それに夜になって冷えて来ている。家に入ると囲炉裏に火が入れられて炭が赤く燃えていた。台所には石油ストーブ。カマドを使えばさらに熱がこもるだろう。古い家はよくできていると感心する。オートマチック換気ができる隙間だらけ。
 新島は冬物の作務衣姿で囲炉裏の前に座っていて、ジーンズに履き替えてやってきた佳衣は、主の膝に引き寄せられて膝枕。主の腿は暖かかった。

 赤い炭火を見ながら佳衣は言った。
「私ね、ご主人様」
「うむ?」
「いまの職場も辛いんです。この間、なんとなく少子化の話になったとき、まるで私に聞かせるように古株の女が言うの。近頃の女は結婚せずに遊んでばかりって、そんなふうに。ここもダメかと思ったわ。母にもやいやい言われるし、だけど母ならともかく他人にどうこう言われると・・」
「辞めたいのか?」
「どうしようと思ってて、気楽なパートでいいかなって気もあるし。アパートだってそう高くないんだし、少しなら蓄えだってあるんだし。部屋に独りになるとどうしたって考えちゃう」
 佳衣は主の股間に顔をうずめるようにして男の細い腰にすがりつく。聞いてほしいだけだった。いきなり身の上相談なんて・・そんな思いも少しはあった。

「ここで暮らせ」

 静かな声だ。佳衣は顔を上げた。
「いいんですか? そんな、いきなり?」
「甘えていたいんでね」
「え・・」
 甘えていたいのは私・・とは思ったが、素直な主の言葉に感動した佳衣だった。ふと見上げると、囲炉裏の赤い揺らぎが初老の男の面色を赤く揺らして映していた。過去を背負った男の姿は好ましい。
「佳衣が可愛い」
 佳衣は、すとんと膝に頭を落として主の膝を抱いていた。涙が出てくる。
「起きなさい、向こうへ行こう」
 部屋が三つある古民家の最後の一部屋。そこは古いフチなし畳が敷かれた六畳で、小さな座卓が置かれてあって、申し訳程度の床の間に24インチのモニタが置いてある。テレビではない。デジカメで撮ったものを映し出すチェックのためのモニタだ。それとパソコン。電話があってネットが使える。
 そんな部屋に布団が二組、間を空けずに敷いてある。部屋が狭くてぴったりつけないと敷けないからだ。
 セッティングを主がし、並んで布団に寝そべってモニタを見つめる。部屋の明かりは消してあり、大きなモニタに全裸で這い回る佳衣の姿が次々に切り替わる。どれもが静止画。スライドショーだ。
 佳衣はとても見ていられず、主の背にしがみついて肩越しに片目だけで淫らな自分を見つめていた。

「ほうら濡れてる」
「はい・・淫乱みたい・・」
 這って双臀を突き上げて、アナルまでが丸見えで、さらにズームで性器を映し出す。愛液が陰毛に回っていて、キラキラと糸を引いて垂れていた。開いてしまったラビアの周りにまつわりつく濡れた陰毛。獣の性器のようでもあった。
「すごく濡れてます・・あさましい私だわ」
 それは白い牝犬の姿。水をまかれてぬかるんだ地べたを転げ回り、あのとき確か、いまにも逝きそうな思いで這っていた。佳衣はますます主にすがる。羞恥が心を震わせて、いままた性器が潤み出す。
「これが私なんですね、ほんとの私の姿・・」
「激しい女だ」
「はい、そう思います。調教なんて怖くてダメって思ってたけど、きっと素敵なことなんだろうって思えるようになっている。ほんと言うと、それを知ったのは高校の頃だったんですよ、ネットで知って」
「ショックだったか?」
「ううん、そうでもなかった気がするの。ドキドキしちゃって怖いんですけど、こんなふうにされたらもうダメって思ってた。おんおん泣いて逝って逝っておかしくなっちゃう。普通の女に戻れないって思ってた。そのときは小説の中の私なんて発想はなかったから」
 スライドショーが二巡目に入り、モニタが消された。ここにはテレビが置いてなく、まるっきり音がない。道路の騒音も皆無だったし、それだけでも異世界にいるようだった。
「ご主人様、おトイレいいですか?」
「行っておいで」
「はい」
 佳衣は立って、着ていたすべてを剥ぎ取って、素っ裸で外へ出た。主の意思にそむきたくない。外は星空で漆黒の闇ではなかった。便所の小屋には10ワットの裸電球。汲み取りの便所なんてどれぐらいぶりだろう。暗い穴を見下ろすと怖くなる。

 部屋に戻った裸の佳衣を、主は布団をめくって迎え入れ、冷えてしまった裸身を抱いて背をさする。それがどれほど嬉しかったか。佳衣は主の胸に頬をうずめてすがりつく。
「ご主人様はあったかいなぁ」
「そうか?」
「はい、嬉しくて・・」
 涙があふれた。どうしてなのか、いきなり涙があふれて止まらない。抱き締められて震えて泣いた。抱きすがり、そうするうちに佳衣は眠ってしまう。

 夢を見た。癒やされきって笑顔で暮らす夢だった。おんぼろ古民家に住むマゾ女。体から鞭痕が消えることのない、そんな女。
 心が凪いだ。深く堕ちて眠れる幸せ。日々解放されていく自分を知って厳しい責めに泣いて暮らす。それこそ夢の世界であった。

 寝返りの気配で眸が開いた。ハッとした。時刻は午前零時を過ぎていた。主は眠り、その手だけがデルタの毛むらに置かれていた。
「やっちゃった・・晩ご飯どうすんのよ・・ダメだな、あたし・・」
 小声でつぶやき、佳衣はまた主にすがって眸を閉じた。

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