2016年11月09日

フェデリカ(一話)

一 話


「フェデリカ様、キャプテン・カーロと申される若き海賊王が、単身、訪ね来ておられますが、いかがいたしましょう?」
「キャプテン・カーロ・・ほう、そうですか、若き男がたった一人でこの城に? 聞かぬ名ですが?」
「はい、こう申し上げてほしいということで・・『キャプテン・ニコの息子であり、父の死にともなって一族を引き継ぐこととなりました。その際ぜひにも一度フェデリカ様にお会いしてくるよう父に申しつけられております』・・と。またこうも申されました・・『突然のことでもあり、ぶしつけな訪問であることをお許しください』・・と」
「キャプテン・ニコ・・ふふふ、あらそう、あのニコの坊やですか。折り目正しい者のようですね? ピトンはどう思います?」
「はい、私も同じく感じております。若く溌剌とし、それは麗しい美男であって、敵意などなし」
「わかりました、今日は天気もよろしく、テラスへお通しするのがいいでしょう。それから四人を呼び集めること。どの程度の者かを見極めます」
「かしこまりました、ではそのように・・」

 黒い礼服。ピトンと呼ばれた小男が礼を正して去って行くと、フェデリカは石の窓辺に立って豊かな森に目を細めた。
 キャプテン・ニコ。名はもちろん知っていた。バルト海から北海にかけて暗躍する海賊王の一人であり、フェデリカ自身の父と争った男の一人でもある。
 そのニコが跡目を託した男であれば、さぞ颯爽とした青年だろうと考える。
 突然、しかもたった一人で。それもまた笑えるほどの暴挙。憂鬱の日々をおくるフェデリカにとっては、久びさ心が浮き立つような思いがした。
 テラスは豊かな緑に向かって拓かれて、はるか眼下に北海が見渡せる。初秋の晴天。海原はどこまでも碧く、綿のような白雲がちらほらと浮いている。
 白亜の大理石で造られたテラスは広く、中ほどまでが建物の屋根の下。やはり白亜の大理石で組んだ楕円のテーブル。木の切り株のように丸くかたどった背もたれのない大理石の椅子が添えられる。降り注ぐ陽光は暖かく、さながら春の陽気であった。

 その白いテラスに、光線の具合によってはヌードの透ける黒のロングドレスをまとってフェデリカが現れる。薄いドレスに無粋な下着のラインはない。
 白い石のテーブルには侍従のピトンによって紅茶が出され、眩いばかりのブロンドの青年が座っていて、テラスの四隅に四人の女兵士が控えていた。
 女兵士はそれぞれフェデリカを警護する衛兵の長であり、四人ともに男勝りな長身。歳の頃なら二十代の末から三十代のはじめあたりか。赤い革でこしらえたショートパンツのようなものを穿き、すらりとした脚線も露わ。上半身は鉄の板をはめ込んで鎧を兼ねたコルセットのような上着で乳房の中ほどまでを隠していたが、しかし女のラインを際立たせて扇情的。乳房の膨らみの上半分から肩までをそっくり露出する姿。靴はそれぞれ黒い革の軍靴であり、腰には大振りの太刀を差している。
 クイーンウッズの四天王。そう呼ぶ者もいるほどの剣の使い手。それぞれに美しい女戦士だ。
 フェデリカが姿をみせると四人の女兵士はそれぞれちょっと膝を折って礼を尽くし、フェデリカと微笑み合って静かな真顔に戻っていく。

 そんなフェデリカが現れると、カーロと名乗った青年は、さっと席を立ってレディを迎えた。しかしフェデリカは一目見て可笑しくなった。海賊らしさのかけらもない、どこかの貴族の平服。礼服ではなく平服。きっちりした身なりなのだが気取ったところがどこにもない。もちろんサーベルは携えていたのだろうが、剣は入るときにピトンに預けられているはずだった。
 剣も持たない青年。つまり、どこにでもいる育ちのいい青年。そんなムードのカーロ。歳の頃なら二十歳あたり。カーロは、このクイーンウッズの主、フェデリカへ向けてちょっと微笑み、座へ歩み寄るフェデリカのもとへと静かに歩むと、座ったフェデリカの足下に片膝をついて深く頭を下げたのだった。

「あら、気持ちのいいお方ですわね、そのように最敬礼など・・ふふふ」

 フェデリカはカーロの姿が可愛く思え、初対面にもかかわらず、その綺麗なブロンドの頭に手を置いた。するとカーロは、さらに身を小さくたたんで、サンダルのようなフェデリカの履き物にそっと手を添え、足先にキスを贈った。
 フェデリカはやさしく微笑み、カーロの腕を取って頭を上げさせ、そのまますっぽり抱きくるむ。
 そんな様子を四人の女兵士は見守って、それぞれ目を丸くした。男がプライドで生きたこの時代、それのできる男は少なかった。
「キャプテン・カーロ・・お若く、しかも大きなお方・・ありがとう」
「いいえ、とんでもございません。父に言われております、フェデリカ様から学べと。父は先月、病で亡くなり、そのときに、一族を束ねる前にぜひとも一度訪ねて来いと」
「そうですか、ニコ様のことはもちろん存じておりますわ。バルト海の勇者。穏やかなお方であったようですね」
 カーロは笑う。
「穏やかでも海賊は海賊。ただ父は、婦女子は決して粗末にしない。町人の船は襲わない。その点だけは誇れるものと思っております」
 そしてカーロは唐突と言う。

「けれどフェデリカ様、何ゆえ黒をお召しになられる? あなた様には美しき白あるいは美しき赤がお似合いだと存じますが?」
 片膝をついたまま見上げるカーロのブルーアイがキラキラ輝いて魅力的。
 フェデリカは目を丸くして眉を上げた。フェデリカはカールの強い赤毛のロングヘヤー。眸は茶色。肌は透けるように白くても白人の白とはニュアンスが違うイタリア系のエキゾチック。
 フェデリカは言った。
「父を手にかけたときから白は着ないと決めております。私は父殺しの大罪人、もはや魔女ですからね」
 この時代、黒は悪魔の闇として忌み嫌われた。
 カーロは言う。
「それは違う。失礼ながら、あなた様のお父上、キャプテン・ブノワは、あまりの鬼畜働きで海賊仲間の間でも嫌われた人物。襲えば皆殺し、婦女子はさらって売り飛ばす、散々な悪行を重ねたまさに大罪人。その父上を娘のあなたは成敗された。それは胸のすく行いで、以来、我らならずとも海賊女王として尊敬されるあなた様。そのようにお考えになられることはない。魔女どころか女神様」
「まあ女神様? この私が女神様? おっほっほ、これはまた嬉しいことを。それにいまは海賊でもありません」


 笑いながらフェデリカは、今度こそ腕を取ってカーロを立たせ、すぐ隣の椅子を勧めて座らせる。初対面の男を隣に座らせるなどかつてなかった。四人の女戦士は、それぞれちょっと苦笑して、わずかだが信じられないと言うように首を振る。


「それでカーロ、いま手勢はいかほどなので?」
「はい、船四艘にそれぞれ三十余名。船の二艘はぶんどった軍艦であり、左舷右舷のそれぞれに大砲が七門ずつ備えてあります」
 すなわち総勢百数十名。海賊の中の海賊。大海賊の長となるべきカーロだった。歳はまだ十九だと言う。驚くほどの若輩ながら、あのキャプテン・ニコが見込んだ男。海上で戦えば下手な軍では勝てないほどの武力を誇る。
「いいわ、気に入りましたよ、私みずから案内して差し上げましょう」
 そう言うと、フェデリカはテラスの四隅に立って控える衛兵たちに手を上げた。
 四人の女兵士が四方から歩み寄り、そのときフェデリカは同時に侍従のピトンまでをも呼び寄せた。ピトンは小男。黒い礼服を常に着込み、フェデリカの身の回りの世話をする。ピトンがすっ飛んでやってくる。
「剣をお返しして差し上げなさい」
「しかしフェデリカ様」 と、とっさに女兵士の一人が言ったが、フェデリカは微笑んでうなずきながら言う。
「カーロ様はお若くても尊敬できるお方です。失礼な真似はいけません。そなたたちも持ち場にお戻り。私一人で充分です」


 ピトンが立ち去ろうとするとフェデリカが呼び止めた。
「遅くなりましたがご紹介いたしますわね。こちらがこのクイーンウッズ唯一の男性で、侍従のピトン。宦官であり私の世話をしてくれます」
「宦官・・それはどういう?」
 宦官とは、とりわけ女帝に仕えるために去勢された男を言う。
 フェデリカが言った。
「私の父が捕らえた敵兵でした。処刑されるところ、私の母イラリアが宦官を条件にもらい受け、いまでは私に仕えてくれる。ピトンはいま四十二歳、捕らえられたのは二十歳そこそこの頃でした。私はいま三十よ。小さなときからピトンに守られて育ったの。いいわよピトン、剣を早く」
「かしこまりました、ただいますぐに」
 客人に礼をして下がっていくピトンを横目にフェデリカは言う。
「可哀想な人なんです・・あなたの言うように娘たちを犯して売り飛ばし・・そういうことがありすぎて私は父を許せなくなっていた。正直なところ、この私も母が誰だかわかりませんのよ。イラリアに抱かれて育ったというだけで・・イラリアもまた略奪された女でしたし・・」
 カーロは声もなくうなずいて、歩み去るピトンの小さな背を見つめていた。


「さて、この四名ですが」
 周りを囲む四人の女兵士にフェデリカは微笑みかけた。
 と、カーロが先に声を出す。
「もしや四天王と言われる?」
「おっほっほ、ええ、そうです四天王。女ですのに四天王とは失礼な話だわ。ねえみんな」
 四人それぞれちょっと笑ってうなずいた。フェデリカが言う。
「皆が剣を使う。下手な騎士では勝てないほどにね。こちらから、アラキナはイギリス人、セシリアはフランス人、ダマラはギリシャ人、そして最後に、コンスタンティアはイギリス人ですが、ごらんの通りで黒人との混血です。それぞれに悲しい過去を抱えている。四人ともに衛兵の長であり、それぞれが五十名あまりの配下を抱える。ここに暮らす総勢二百余名の皆が女兵士。それが我々のすべてですのよ」
 カーロはちょっと首を傾げた。
「すべて? 失礼ながらお訊きしてよろしいでしょうか?」
「どうぞ?」
「ここへ案内される途中、多くの男たちを見かけました。皆が半裸で・・あれは奴隷?」
 フェデリカは眉を上げて言う。
「という訳でもありませんのよ。それは案内して差し上げながらお話しましょう」


 カーロが席を立ったそのときに、ピトンが銀色に輝く鞘に収まったサーベルを手にして歩み寄る。衛兵たちではなくフェデリカみずからが受け取ってカーロに持たせてやるのだった。
 カーロは剣を手にすると腰には差さず、敵意のない証として右手に持って、それから四人の女兵士に一人ずつ歩み寄り、手を取ってキスをおくる。
 揃って居並ぶと四人の女兵士は長身だったし鍛えられた屈強な体を持った。男のカーロが180センチほど。対して女たちは175センチから185センチの間と皆が大きく、とりわけ混血で褐色の肌を持つコンスタンティアは185センチと背が高い。女王フェデリカは168センチ。それでも長身の女性だったが、こうして居並ぶと小さく見える。


 思わぬキスを手に受けて、アラキナが微笑んで、セシリアが微笑んで、ダマラが微笑み、しかしコンスタンティアだけが手を出さない。
 フェデリカは笑って言った。
「コンスタンティアだけはおよしになったほうが賢明ですわよ。コンスタンティアはどうしようもないレズですの。男なんて大嫌い。女以外に濡れない女ですからね」
「フェデリカ様ぁ・・もう・・」
 ちょっと拗ねたような面持ちのコンスタンティアに、フェデリカは声を上げて笑った。


 カーロは明るい仕草をして言う。
「ではこうしましょう」
 両手をひろげて流れるように歩み寄り、後ずさるコンスタンティアの歩みよりもわずかに早く、大きなコンスタンティアをそっと抱く。コンスタンティアは鎧のコルセットからはみ出す乳房を隠すように両手で我が身を抱きながら、カーロにすっぽり抱かれてしまう。
 その耳許でカーロが言った。
「あなたは素敵です、尊敬の念を込めて・・」
 そしてすっと離れていく。
 フェデリカは、そんなことを平然とやってのける若いカーロに目を細め、そして言った。
「さあ、まいりましょうか。皆はここでよろしい、持ち場に戻っていなさい」
 恋人のように二人並んで歩み去る姿をあっけにとられて見送って、テラスに残された四人の中でコンスタンティアが言うのだった。


「どうしよう・・あたし震えた・・」
 三人がほくそ笑んでコンスタンティアを見つめた。
「ダメ・・ゾクゾクする・・」
「はいはい、行くよ。 虫酸が走るってか? あっはっは!」
 アラキナに大きな尻を叩かれて、コンスタンティアは、小さくなっていくカーロの背をチラと見て、歩きはじめた。

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