二 話
十五世紀初頭のヨーロッパは、圧倒的な覇権を誇った古代ローマ帝国の滅亡から絶えることなく続いた、いわば戦乱時代は一応の落ち着きをみせてはいたが、それはいまがそうであるというだけで、地域によっては、支配と反乱、暴動が繰り返されて、血なまぐさい殺戮が横行する頃でもあった。
列強の国々は足下の面倒な侵略よりも新たな覇権を求めて海の外へと目を向けはじめ、植民地を求め、世紀半ばからのいわゆる大航海時代へと発展していくのである。
そうした中で国々は海賊どもの扱いに苦慮していた。海を知り尽くし、未熟な軍では勝てないほどの武力を持った海賊ども。バルト海、北海、大西洋、地中海と、新手の輩がゲリラ的に現れて、とても駆逐できるものではない。
手当たり次第に船を襲われては困る。しかし敵に回せば手強いものの味方に引き込めば水軍として下手な軍より役に立つ。陸続きのヨーロッパ。この頃の軍はすなわち陸軍であり、陸に重きをおいて海の戦いは不得手だった。海上の覇権を握るため、海賊どもとはうまく付き合っておきたいというのが本音であったのだ。
さて、そんな時代。
美しい北海を望む国境地帯の緑豊かな丘の上に、『クイーンウッズ』と呼ばれる女ばかりの城があった。フランス王国、神聖ローマ帝国、オランダの三か国の狭間にわずかにあった緩衝地帯の森にある。
森林に抱かれるように周囲をぐるりと石垣に囲まれた白亜の城。軍事的な意味合いの城ではなく、言ってみれば女だけのハーレムを森と城壁で囲ったようなもの。そこからクイーンウッズと呼ばれるようになっていく。
城の主は、フェデリカ。
若く熟した美しい女帝であり、総勢二百名を超える女戦士に守られていて、なぜか、国境を接する三か国は手を出そうとはしなかった。
フェデリカは、国々がほとほと手を焼いた極悪人、海賊キャプテン・ブノワの娘であったが、その娘がブノワを葬ってくれたことで駆逐の手間が省けたことと、その父殺しで海賊どもの中にあって女王と言われるまでに英雄となっていたからだ。キャプテン・ブノワは、そのやり口の卑劣さに同じ海賊どもでさえ敵対視する者がほとんどだった。
クイーンウッズに手を出せば油断ならない海賊どもが敵ともなり、その分、うまく付き合っていければ海賊どもとの仲立ちとなってくれる。
そんなことで国境を接する三か国は、女たちが暮らし向きに困らないよう援助するとともに他国の侵略から守ろうともしてくれる。
それがますます海賊どもを浮き立たせ『女王フェデリカ』と崇拝されるまでになっていく。身元の知れない女が産んだ、たかが海賊の娘が、国家を従えて君臨する。これは痛快。まさに海賊の誉れというわけだ。
十九歳の若き海賊王、キャプテン・カーロが去ったその日、夕刻前になって隣国からの届け物がやってきた。軍の馬車で運ばれて、城内に捨てられるように置いていかれる。
二十歳そこそこの若い男が三人と、今回はめずらしく二十代の前半らしい若い女が一人混じっていた。男たちはいずれも敵兵の捕虜であり、一人混じる若い女は罪人。本国で処刑するべきところ、活きのよさそうな若者を見繕って、こうして置いていくのである。
表向きは女ばかりで男手がいるだろうということだったが、そのじつ貢ぎ物。女ばかりでセックスに飢えているだろうという失礼きわまりない話であった。
クイーンウッズには、侍従のピトンが唯一の男性だったが、そういう意味でならいま現在三十名ほどの男たちが暮らしている。殺されてしかるべきところを救われた・・というだけでクイーンウッズは天国だったに違いない。
運ばれた者たちは女兵士によってボディチェックを受け、つい先ほどキャプテン・カーロと語らったテラスの奥の、床も壁も天井も白い石で造られた広間へと引き立てられる。広間には奥側に二段の段差を経て石の王座が据えられて、黒いロングドレスのフェデリカが穏やかな面色で座る。
壇上に四天王が居並んで警護をし、座の後ろにはピトンも控え、王座から見下ろす石の床に貢ぎ物が並べられる。男三人、女が一人。そしてその背後に若い女兵士が貢ぎ物一人に二人ずつ立って監視した。
女は最初から全裸とされた。男どもはパンツだけの裸。
女は男と違ってよからぬものを隠せる穴を持っている。ボディチェックのとき脱がされて着るものは与えられない。四人ともに後ろ手に取られ、幅広の鉄環を太い鎖でつなぐ手錠を打たれている。
フェデリカは、四人の貢ぎ物を見渡して、まず先に女に問うた。その女は白人であり、淡い茶色のロングヘヤー。陰毛は濃く、赤茶けた毛の色だ。小柄だが乳房が張って、男好きするいい体を持っている。
「おまえはなぜ捕らえられたのか、応えなさい」
女は羞恥よりも恐怖に頬を青くしながら震える声で応じた。
「夫殺しです・・大酒を飲んでは乱暴ばかり。許せなかった。夫は国の役人でした」
「ふむ・・なるほど。子はいるのか?」
「いいえ、まだ・・」
それでフェデリカは、横に居並ぶコンスタンティアを手招きし、それからまた女に言った。
「おまえはもうよい、下がりなさい。ここにいるコンスタンティアに可愛がってもらうことですね。言うまでもなく死罪になるべき女。コンスタンティアの言うことをよくきいて生きていくしかないのです」
フェデリカが横目に目配せすると、コンスタンティアは女の背後に立つ配下の兵士に向かって手を挙げて、連れて行けと命じた。両脇を抱えられて女は立たされ、コンスタンティアを含めた三人の女兵士がその場を退く。
「さて男どもよ、おまえたちは敵兵の捕虜であり、これもまた処刑されてしかるべき者ばかり。最初に訊きます。ここは女ばかりの城。男であるおまえたちに何ができるか、左から言いなさい」
フェデリカから向かって左・・三人並ぶ男の右にいる男が言った。
「私は兵士。できることと言えば剣に弓、馬はもちろん。されどそれぐらいのものでしょうか」
「ふむ。次、真ん中のおまえ」
二人目も同じような答え。男たちは皆兵士であり長身で体もよかった。三人が三人金髪。裸にされると肌が白く、それぞれ整った顔立ちをしている。
二人目の声を聞いてフェデリカはちょっとため息をつき、残った男に視線をなげた。三人の中でその一人だけが最初から態度がよくない。
男は言った。
「私など花屋の次男坊。駆り出されて戦ったのみ。剣でも槍でも未熟ゆえ、こうして捕らえられてここにいる。できることと言えば軍略と・・後は花を育てるぐらいのもの」
「軍略と言いましたね? それは?」
「作戦参謀という意味です。私の主はフランス王国に仕えておりましたがローマに寝返り、それでローマに責められるとふたたびフランスに寝返った。戦いの中で私は少数で多数を倒す戦術を進言したが聞き入れてもらえず、結果このザマだ。仕えた家は滅亡した。しかしです・・」
男はキリとした視線を向ける。
「しかし?」
「それとて、できると思い込んでいるだけやもしれません。花を育てるぐらいしか能のない男です」
この者は違うとフェデリカは直感した。身の丈というものを心得ているし、言うだけの自信もあるのだと考えた。
フェデリカはちょっと考える素振りをすると、セシリアに言った。
「セシリアは残りなさい。他の皆はもういいでしょう、いまの一人を残して二人連れて行くように」
それから男三人を見据えたフェデリカ。
「三人ともよくお聞き、ここは女の城であるということ。私たちは支配者ですが皆が女であるということ。わかったら二人はもういい。ダマラ、アラキナ、連れてお行き」
衛兵長二人の指図で、背後にいた二人ずつの女兵士が男たちの髪の毛をひっつかんで立たせ、一人が腕を取って引き立てていく。
石の広間に一人だけ残された半裸の男。背後には二人の女兵士が立っていて、壇上にはフェデリカとセシリア。
と、そのときフェデリカは、男の背後に残った女兵士二人と、壇上で背後に控えたピトンにも下がれと言う。
皆が消えた白亜の広間に音のない静けさが漂った。
フェデリカが言う。
「いまの私の言葉、それからおまえには、ここでの男の扱いについて話しておきましょう」
男はきっぱりとした視線でフェデリカを見上げ、かすかに眸でうなずいた。
「もとより死罪となる男たち・・その最下層はマウスと呼び、労役のみに生きる奴隷とされる。去勢され、快楽の根源たる亀頭を奪われて、働くだけの存在とされて生きるのです。次の階層がドッグ、つまりは犬ということで、女たちの慰み者。ときどきで接する女の心ひとつでどうにでもなる性奴隷。そして最後の上層はタイガー。下穿きだけは与えられ、可愛いペットとして飼われていく。下層二つは男は全裸。そしてこの三日のうちにその扱いを決してしまう。わかりましたね?」
「はい、確かに承りました」
フェデリカは、それを聞いても動じない男に対して少し微笑み、衛兵セシリアと眸を合わせて、それから言った。
「おまえは腹をくくっているようです。それを知った上でのさっきの問い。おまえにできることは何か、よく考えて応えなさい」
男はうなずくと、しばし黙って考えて、おもむろに顔を上げた。
「あなたさまにお仕えすること」
「私に? 私だけに?」
「すなわちレディを尊ぶことで、心あるドッグとなれればいい。しかしそれはレディのためではなく私自身のため」
「おまえのため? ずいぶんな口をききますね?」
男は言った。
「先ほども申し上げましたが私など所詮、花屋の次男坊。好んで剣を取ったわけではないんです。なのにこのありさまだ。一度は死んだ命、私はこれ以上私を不幸にしたくない。どんなことをしても生きていく。そのときに、この状況でレディたちに愛されなければ生まれた意味がありません」
「愛されなければ・・ふふふ・・」
フェデリカは隣で苦笑するセシリアと目を合わせた。
男は言った。
「されど・・」
「ええ?」
「愛されるとは、その前に献身すること。奪われる命を救ってくださったお心に報いること。あなた様は最後に人払いをしてくださった。私へのお心使いではないかと受け止めているんです」
フェデリカは眉を上げた。これほど聡明な男子はそうはいないと直感できる。
「まあいいでしょう・・そういうことならパンツをお脱ぎ、全裸です」
「はい、フェデリカ様」
男は手錠で不自由な後ろ手で白いパンツを尻から降ろして脱ぎ去った。
身の丈180センチ弱。細身だが胸板は厚く、腹の筋肉が浮き立った若い体をしている。体のわりにペニスは小さく、陰毛までがやや茶色がかったブロンド。
女二人は眸を輝かせて全裸を見つめ、そうされても動じない男の眸を見下ろした。
そこではじめてセシリアが口を開く。
「ドッグでいいのか? なぜタイガーを求めない?」
男はちょっと笑って言った。
「身の丈です。上を望めば邪念が生まれ、それは媚びとなっていやらしく映るでしょう。徴兵されて嫌な上官を散々見て来た。まっぴらだ、もういい」
フェデリカは静かにうなずいて、傍らのセシリアに言いつけた。
「この者を処理した上で私の部屋へ」
「しかし・・はい、かしこまりました、ではそのように・・」
いきなり女王の部屋へ・・とは思ったのだが、兵であっても同じ女。男の心は見通せる。
セシリアは壇上を降りて男の背後に立つと、後ろ手錠の手を取らず、歩けと背中を押しやった。
二人がいなくなると、独り残されたフェデリカは、虚空を見上げてちょっと笑った。
「生意気な小僧・・ふふふ・・口だけでなければいいが・・」
黒いロングドレスが裾をなびかせ、白い石の空間から消えていく。