2016年11月09日

フェデリカ(四話)

四 話



 翌朝は昨夜からの雲が雨を降らせた。北海に面したこのあたりは日本の北海道より緯度が高く、夏が去って間もなく風が冷えてくる。全裸の男奴隷に着るものを与える時期も近い。
 ベッドを起き抜けて、昨日とは別の黒いショートドレスに身をつつんだフェデリカ。ロランドともう一人のドッグは、それぞれに太いポールにもたれかかるように床に崩れて眠っていた。それぞれの亀頭からうっすらとだが血が流れ、黒く乾いてしまっている。フェデリカが二人のスキンヘッドを撫でてやる。しかし二人ともに目覚めない。疲れ切っているのだろう。
「・・ふふふ、可愛いものね」
 ささやいて、そのときちょうどピトンがやってきて朝の紅茶を持ってくる。ピトンは崩れた二人をチラと見て、フェデリカと微笑み合った。
「この者をどう思いますか?」
「虎の子でしょうか」
 即座の返事。フェデリカが眉を上げて首を傾げた。ピトンが言う。
「すでに見抜かれておいでのはず。少し試練が足りませんが」


 と、そこへ、衛兵長の姿を整えたセシリアとダマラがやってきて、崩れた二人を揺り起こす。
 フェデリカは、まずセシリアに言った。
「その者をコンスタンティアに委ねます。その際『虎の子』と一言だけ伝えてちょうだいね」
 セシリアはちょっと笑う。未熟なタイガーという意味だ。
「これはめずらしい・・かしこまりました、ではそのように。ふふふ、可哀想なことになる・・」
「それでそのとき『女を私の元へ』と伝えておくれ」
 セシリアはうなずくと、起き抜けでぐったりしているロランドを連れ去った。


 次にダマラ。
「その者を洗っておやり。いい子になった。今日は休ませてやりなさい」
「はい、ではそのように。フェデリカ様はおやさしい。愛しています女王様」
 もう一人の男も起き抜けの面色だったが、それを聞いて涙をためた。
 そんな横顔を覗き込み、ダマラが言った。
「よかったわね」
「はい、嬉しい・・ありがとうございます、フェデリカ様」
 フェデリカはうなずいて、ダマラに『もうよい』と言った。
 ピトン一人がそこに残った。


「少し試練が足りないですか・・まさに。けれどあの子・・」
 フェデリカの想いはもちろん伝わる。ピトンは微笑むだけで何も言わず、静かに出て行く。
 残されたティーカップを取り上げて窓辺に立つフェデリカ。雨ではあったが静かな雨。遠くにかすむ北海の海原が今日は鉛色で暗かった。
 さほど間を置かず、同じ建物の階下にいた全裸の女がセシリアの手で引き立てられてやってきた。バティ。夕べの際限ない快楽が、幾分ぼーっとした面色をつくっていたが、女はちょっと緊張していた。
 窓際の席まで後ろ手手錠で引き立てられるも、フェデリカは手錠はいらないと言い、セシリアにも下がるように言うのだったが・・。
「それでセシリア、コンスタンティアは何と?」
 セシリアはくすくす笑う。
「やっぱりね・・ええー嫌だぁって?」
 セシリアは笑ってうなずき、頭を下げて出て行った。コンスタンティアは男嫌いで通っていた。


 残された全裸の女。
「お座り」
「ぁ・・はい・・ですけどこちらは女王様のテーブルですが・・」
「いいからお座り。そなたの体を一目見ればわかります。コンスタンティアに可愛がられたようですね?」
「はい、それはもう・・私あの・・気を失ってしまって・・」
「ほほほっ、そうでしょうそうでしょう、可愛くてならないんだわ。コンスタンティアは奴隷だった母親とのハーフでね、子供の頃に強姦されて男を憎むようになってしまった。ですけど女。化け物みたいな体でもやさしいところはあるのです。さあお座りなさい」
「はい、では失礼いたします、ありがとうございます女王様」
 
 しかしフェデリカは首を横に振って寂しげに苦笑する。
「女王様ですか・・そんな女じゃないんですけどね・・まあいいわ。そなたの名は何と?」
「はい、バティと申し、歳は二十六でございます」
「妻となったのは?」
「はい、一昨年の春」
「料理はできますね?」
「田舎料理であれば少し」
「縫い物は?」
「それも・・それなりでよろしければできるとは思います、主婦でしたので」
 フェデリカはうんうんとうなずくと、雨が濡らす窓の外へと視線をやった。
「今日は雨・・大嫌い・・つまらないつまらない・・そうだわ・・」
 フェデリカは思い立ち、手を叩いてピトンを呼んだ。ピトンはもちろん黒の礼服。すっ飛んでやってくる。
「お呼びで?」 と言いながら、同じテーブルにつく全裸の女に目をやった。バティは恥じらって乳房を抱いてうつむいた。
「ほらごらん、恥ずかしがって。この者に着るものを与えてやって」
「かしこましました、ではすぐに」
 ピトンはバティをちょっと見て『よかったな』と言うようにうなずいて去って行く。


 生成りの綿でこしらえた袖のないワンピースのようなもの。この頃の庶民が着る夏の服。
「しばらくはそれで我慢なさい、じきにそなたの下着や着物を揃えましょう」
 バティはうなずき、うつむいて、涙をためてしまっている。
「夢のようです・・殺されると思ったのに・・夢のようです」
「そなたには・・そうですね、コンスタンティアに仕えながら細々としたことをしてもらい・・たまには私のお風呂にも付き合って」
「お風呂でございますか・・この私が?」
「ずっと独りですからね、女同士語らって入りたい。コンスタンティアもそうですけれど、ほかの皆だって付き合ってくれますが、どうしたって主と家来になってしまう。そなたは違う。奴隷としてきっと尽くしてくれるはず」
「はい! それはもちろん・・嬉しいです」
「嬉しい? ほんとに?」
 泣いてしまったバティ。可愛いものだと思う。
「じゃあこうしましょう、朝食の後すぐにピトンに申しつけてお風呂にさせます。夕べはどうせ汗だくでしょうし・・ふふふ・・そうよね?」
 バティは泣きながらも、ちょっと恥ずかしげな面色をした。


 バティは言う。
「こちらのことを聞かされたとき・・あ、お話してよろしいでしょうか?」
 この女は躾ができているとフェデリカは感じていた。庶民の娘なのだろうが母親がしっかり育てたということだ。料理も裁縫も上手くできるに違いない。穏やかでやさしい女。あのコンスタンティアが許すはずだ。
「かまいませんよ、言ってごらん」
「はい・・ですから、それは怖いところかなって・・」
「私のことも、そう思った?」
「最初に聞いたときは・・おまえなんか性奴隷だと言われていましたので、怖いところなんだろうなって。ですけど女王様もコンスタンティア様もおやさしい方々ばかりで・・」
「そうかしら・・少なくとも私は違う」
「え・・」
「ここにいる男どもにはランクがあって、最下層はマウスと言う。上がドッグで、こちらはまさに男の奴隷犬。下のマウスに至っては生涯を労役だけで生きていく可哀想な者たちです。快楽など皆無。去勢されて亀頭を奪われ、失意の底で蠢くように生きていく。そしてそれを決めるのはこの私。連れて来られて三日のうちに、まるで焼き印でもおすように男の生涯を決めてしまう。私は私を魔女だと思う。したがって黒しか着ない」
 バティは息を詰めて聞いていた。コンスタンティアには聞かされてはいないことだった。


「けれどそなたは同じ女。ここには男の奴隷はいても女のそれは存在しない。コンスタンティアは別として・・ふふふ。そなたはこれからみんなに可愛がられて生きていく。けれどもし背くようなことでもあれば・・」
 バティは首を横に振って言う。
「背くなんて、そんな・・ここを出たら夫殺しの罪人です」
「そうでしょうけど・・それを決めるのも私だってことですよ。辛いのよ、これでも」
 ピトンが、誰に言われたわけでもないのに、大きなトレイに朝食を二人分運んでくる。焼きたての大きなパンと鹿肉のステーキだった。テーブルに差し向かいに並べて置いて去って行く。
「美味しそうね、食べましょう」
「・・ああそんな、女王様とご一緒に・・ああ夢のよう・・」
「そなたには昼食の支度からさっそく加わってもらうわね。これはみなピトンと女たちの誰かがこしらえたもの。お風呂ですっきりしてから加わりなさい」
「はい・・夢のようです・・夢のよう・・」
「ほっほっほ、一度言えばわかります、さあ食べて」
「はい!」
 おそるおそるシルバーナイフとフォークを取り上げて、バティの手が震えていた。


「ったく、どうしてあたしが・・」
「うぷぷ・・くっくっく」
「笑うな・・ええいクソ・・」


 コンスタンティアは不機嫌だった。部屋に連れて来られた全裸のロランドを、自分の寝床のすぐ横にもうひとつ寝床をつくってやって横たえて、萎えたペニスをつまみあげて拭いてやる。シーツに血がつくと面倒だからだ。
 そうやってロランドを休ませて、その目前で裸になって衛兵の姿となる。衛兵の部屋は広くはなく、隠れて着替えるわけにはいかない。
 相手は奴隷。恥ずかしいとは思わなかったが、部屋に男の匂いが漂うだけで腹が立つ。ロランドを前手錠でベッドにくくり、部屋を出たコンスタンティアは衛兵長としての仕事に向かう。
 アラキナもセシリアもダマラもくすくす笑い、それにもまた腹が立つ。
 アラキナがほくそ笑みながら真顔に戻って言う。
「けれど、虎の子とまで言われてはしょうがない」
 コンスタンティアは不機嫌だった。
「そうだよ、まったく・・ああムカつく! あやつがどれほどの男か見極めてやろうじゃないか」
 ダマラがコンスタンティアの肩を叩きながら言う。
「そうムクレるなって。見極めると言ったって体に傷を残すことを嫌われるお方だから」
「わかってるってば! だからよけいにムカつくんだよ! ぎったぎったに刻んでやりたいところだけど・・ああクソっ!」


 コンスタンティアは、その日一日不機嫌だった。
 夕刻前の明るいうちに部屋へと戻る。風呂は部屋にはついていない。一度裸になって一枚着込み、シャワールームへと行くのだが、そのときロランドはもちろん起きて横たわっており、にわかベッドの下に置いたトイレのバケツに小便がしてあった。
「ああ臭っせー! ・・ったく何であたしが・・ああクソっ!」
 ロランドが言った。
「申し訳ありません、どうしてもこらえることができませんでした」
「言うな! わかってる! だいたいおまえは口が多い。思っていても言わないほうがいいことだってあるんだよ!」
「はい、コンスタンティア様、気をつけます」
「・・いいよもう・・妙に素直にされると気色悪い。どれ見せてみろ、チンコの先はどうなった」
 萎えたペニスをつまみ上げて見つめ、捨てるように手を放す。
「腫れはひいた、大丈夫だ」
「はい、ご面倒をおかけしてすみません」
 コンスタンティアは、黙ってロランドを見下ろすと、ちょっと笑った。
「情けない・・男のくせに・・おまえいくつだ?」
「二十一です」
「ちぇっ、大人のくせに女相手に下手に出やがって。シャワーしてくる。それからおまえと飯だ。ここに運ばれて来るだろう。ああクソっ、何であたしが男と一緒に飯を食うんだ! うむむ・・ああクソっ!」


 ロランドがちょっと笑った。体に毛のない全裸の男に笑われると、吐きそうな気分になる。
「あっ、てめえ! 笑いやがったな!」
 男の小さな乳首に爪を立ててツネリつぶす。
「ぅぅ痛い・・コンスタンティア様は可愛いお方です」
「な! 可愛いだと! おーよ、わかった! 帰ってきたらオンオン泣かせてやろうじゃねえかっ! ああクソっ、なんたる言いぐさ!」


 似ている・・あの若き海賊王、キャプテン・カーロに似ているとコンスタンティアは思った。
 『あなたは素敵です』 有無をも言わさず抱かれてしまい、ゾクゾクしたしたことを思い出す。あのときあたしは濡らしてしまった。誰にも言えない秘密であった。

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