2016年11月09日

フェデリカ(六話)

六 話



 そんな騒ぎはまたたく間に城内にひろがった。
 このクイーンウッズで戦いがあったのははじめてのこと。看守を務める若い女兵士から話を聞いたロランドは、コンスタンティアを呼んで欲しいと看守に詰め寄った。


「何ですって? 石畳を剥がせ?」
「はい、そのように申します」
 ロランドから忠告された話をコンスタンティアは即座にフェデリカに伝えた。その場にはもちろんピトンがいる。コンスタンティアは言った。
「館の間際はともかく城壁からしばらくは石畳を剥がして土にしろと。道筋を決めておき、畑のように耕して土を柔らかくしておけと言うのです」
 ピトンが言った。
「我らの足場が悪くなるが・・なるほど・・」
 それにうなずき、コンスタンティアがなおも言う。
「敵にとっても足場は悪く、濡れればぬかるんですばやく動けない。石畳に近づくまでは弓で応戦すればよいと。ぬかるむようならこちらは靴底にワラ縄を巻くのだそうです、そうすれば滑らないと」
「・・なるほどね」
「はい。それからこうも申します。城壁を見たいとどうしても言うもので連れ出したところ、石垣の上と外側に粘土を分厚く塗っておけと。それは土でもいいそうですが粘土がなおいいと言うのです」
「ふむ・・それは?」


 フェデリカは興味ありげに目を輝かせる。スズメ蜂を味方にしようとした男の言葉だ。
「石垣に取り付こうとしたときに、乾いていれば土が崩れ、濡れていれば滑って登れなくなるだろうと。いかがいたしましょう?」
 フェデリカはピトンと目を合わせて眉を上げた。コンスタンティアが言う。
「即座にかかれと言うのです。いますぐやれと」
「ふっふっふ・・花屋らしい考えよ。しかし妙案かも知れぬぞ。女のことは後回しに、あやつに指揮をとらせて皆ですぐにでもかかるがいいでしょう」
「かしこまりました、ではそのようにいたします」
 コンスタンティアが去って、白亜の空間にピトンと二人。ピトンが言った。
「あの者は面白い若者ですな」
 フェデリカはうなずいてふわりと笑った。これは痛快。連れ来られる奴隷にそんな若者が混じっていようとは思わなかった。
 館を中心に石畳を敷き詰めて女たちが歩きやすいようにと考えた。ここへきたとき雨のたびにぬかるんで、見た目もよくなく、男奴隷にやらせたことだった。
 
 しかしその日は間もなく夕闇。段取りだけを話し合って、ロランドは牢舎につながれていた。
 皆が部屋へと引き上げて、コンスタンティアがフェデリカの元へとやってくる。
 フェデリカが言った。
「それで様子は?」
「見事なものです。段取りがよく、男どもにはもちろん我らにさえてきぱきと指示をする。粘土などこのあたりにはありませぬゆえ、すでに土を盛り上げて水で練って塗るだけにしてあります。石畳のほうも明日の朝から即座にかかれるよう、あの者が石に印をつけてあり、印のある石から剥がせということで」
「どうやら使える男のようですね?」
「さよう存じます」
「わかりました。今宵私のところへ連れて来なさい。今宵はあの者一人でよろしい」
「かしこまりました、ではそのように」
 コンスタンティアはちょっと微笑んで去って行く。


 夕食を終えた夜になって、ロランドはシャワーを許されて身を清め、フェデリカの寝室へと引き立てられた。手錠がソフトな黒革のものに代えられている。しかしロランドの裸身はあのときのように綺麗なものではなかった。コンスタンティアの厳しい責めが体中に鞭痕を残している。
 フェデリカはあの夜そのまま一糸まとわぬ裸身を晒し、ワインのコップを手に歩み寄る。妖艶だが、今夜のフェデリカの眸の色には恐ろしい輝きが満ちていた。
 小さな乳首を弄び、傷だらけで青くなる尻を撫で、ワインを少し飲ませてやって、そのコップに後になってフェデリカが口をつける。奴隷の後に女王が。
「よもやおまえに指図されようとは思わなかった・・ふふふ・・それもわずか三日だというのに」
 ロランドは口をきかない。まっすぐ女王を見つめながら体中を這い回る女王の手を楽しむように、燃える息を吐いていて、見る間に肉棒がそそり立つ。
「もうこんなにして・・若いわ・・ふふふ・・」
 フェデリカはコップを持たない右手で勃起したロランドをそっと握り、すっかり血腫れの退いた亀頭を指先でそろそろ撫でた。
「ぁぁ・・フェデリカ様・・ありがとうございます」
「いいの?」
「はい、すごく・・ああ出てしまいそう・・むぅぅ・・」
「許しません、ここまでよ」


 それからまた亀頭打ちの鞭を持ち、ペニスをペシペシ嬲ってますます硬くさせながら、尖り勃つ小さな乳首に手首を返した本気の鞭を浴びせていく。左右に数打。そしてまた爪先でそっと嬲る。
「私が与える歓びはこういうことよ。酔うように私を想って出すのならとがめません」
 パシパシと亀頭を打つが、それは強い鞭ではなかった。打たれるたびに頭を振って脈動する若いペニス。そしてとうとう、先端から白い樹液が漏れ出した。
「ほうら漏れた・・おまえは本気で私を想っている」
「はい、フェデリカ様」
「もっと欲しい?」
「はい!」
 パシーッと縦振りの鞭が亀頭にヒットして、悲鳴とともに弾かれたように射精する。
「おほほほ・・可愛いわロランド」
 フェデリカの白き裸身がロランドを抱きくるんで、しかしその手が睾丸を握り締めて苦しませる。呻くロランド。若い勃起は一度の放精では萎えていかない。
 裸身を絡めて刺激しながらフェデリカはにやりと笑い、耳許で言う。
「疑っていた・・素直すぎる・・いまでもそれはそうだから、おまえには試練をあげる。去勢せずに亀頭を奪い、イキたくてもイケない体にしてしまう・・ふふふ、可哀想だわ・・それでもいいわね?」
 ロランドは唇を噛んでうつむいて、涙をためてうなずいた。


「冗談よ。私は魔女だと言ったはず。怖がって泣いちゃう男が大好きなの」
 鞭先で縮み上がる睾丸をパシパシ打って、下かまともに打ち上げる。
「うおぉぉーっ!」
 絶叫。X脚にもがくロランド。しかし痛みが治まるとロランドは睾丸を差し出して目を閉じる。涙が流れて伝っていた。
「もっと?」
「はい」
 バシーッ!
「もっとかしら? つぶれちゃうかも・・」
「はい・・ぅぅぅ痛い、痛いぃ・・ぅぅぅ」
「泣け泣け・・情けない男・・ふふふ、可愛い・・可愛いわロランドちゃん。もういい、寝ましょう」
 フェデリカは全裸の奴隷に着物をかけて、全裸のままベッドに横たわって眠ってしまう。力が抜けて崩れMの字に開かれた脚の底で、女王の性器がおびただしく濡れていた。


 その頃、女同士の激しい性に錯乱したバティが、コンスタンティアの大きな体の上に崩れ去った。崩れてもなお、割り開かれたコンスタンティアの花園を舐めていて、コンスタンティアの太い指がバティの性花を突き刺したまま動かなかった。
 コンスタンティアは輪郭のある意識の中で、私はこのまま子を成すこともなく老いていくのだろうと無感情に考えていた。子を成すどころか、まともな恋さえ知らずに若い衛兵が死んでいった。
「・・あたしの血など残したってしょうがない」
 ランプの消えた闇の中でかすかにつぶやき、そのときになってようやくバティの性器に突き入れたままの指に気づいてそっと抜く。
「ぁ・・ンふ・・コンスタンティア様ぁ・・夢のようです」
「ふふふ、わかったわかった」
「でもコンスタンティア様・・」
「何だ?」
「それは違うと思います・・子を成すは、愛した人の血をつなぐため・・」
 コンスタンティアは、黙ってバティを引き寄せた。メロンのような大きな乳房に抱いてやる。バティは甘えて乳首を含んだ。


「そうして我が子に乳を与える・・ないね・・そんなことはあり得ない。あたしの血はあたし限り。されどあの者・・」
「ロランドですよね?」
「このあたしに可愛い人だとぬかしやがった。頭に血が上ったが、なのに少しも責めようとは思わなかった」
「女ですもの、嬉しくない者はいませんよ」
「それが口惜しいのだ。あたしも女だったと気づかされた。ドッグに対してこんな気分になるのははじめてさ。虎の子とフェデリカ様は申されたが、そうなんだろうと顔を見ていた。男の一途をはじめて感じた。それを感じると女はダメだ・・どうしたって濡れてくる」
「・・はい。コンスタンティア様は素敵なお方・・」
「眠ろう」
 コンスタンティアとバティが抱き合って静かな夜へと沈んでいった。
 そしてそれは、アラキナの部屋でもセシリアの部屋でもダマラの部屋でも・・多くの若い女たちの部屋でも・・同じような闇の中で眠りへと沈んでいく。
 死んだ仲間を思っていてもしょうがない。振り切ろうとセックスに逃げ場を求めているのだ。


 次の日の夕刻前、拷問でボロ布のようにされた全裸の女が、城壁のすぐ外の大木に生きたまま逆さに吊られた。見張られているのは明白。来るなら来いと挑発するようなもの。
 女を操っていたのは複数の海賊たち。少数の海賊たちの寄せ集めと、それを操る大国らしい。女は国の名を言わなかった。


 こういうことだ。横暴だったキャプテン・ブノワは気に入らないが、と言って、その娘に海を牛耳られてはたまらない。名のある海賊たちは続々とクイーンウッズに足並みを揃えていて、つまりは大国の手先ともなると言うことだ。海賊のメンツが立たないし、下手に船を襲えば仲間の海賊が敵ともなる。フェデリカを葬るために手勢そのほか偵察に来たのであった。
 敵の手勢は寄せ集めで百ほどだったが、相手は男である上に、家が滅んだ騎士くずれがかなりの数混じっている。敵国への意趣返しを海賊の力を借りてはたそうということだ。コンスタンティアを持ってしても男一人に苦戦した。


 フェデリカは皆に作業を急がせた。しかし城壁は高さはあって、ぐるりと周囲一キロほどまでに拡張されている上に、石畳の数も多い。マウスと呼ばれる十名ほどの男たちは女兵士に鞭打たれ、泣きながらの作業となった。
 だがそれでも、これほど広いと侵入を食い止めきれない。城内での斬り合いとなるだろう。
 先頭に立って指図しながら働くロランドの元に、ピトンがやってきて言う。
「剣の数は足りている。されどおよそ五十が未熟な娘。弓と槍はそれぞれ二十、火縄銃がたったの二丁。それでどうやって迎え撃つ?」
「助けを呼べば・・」
「どうやって? 外は森ぞ。囲まれているとすれば伝令が殺られてしまう」
「旗は? 非常を知らせる旗はなのか?」
「あるにはあるが・・しかし海から遠すぎる。たまたま通りがかった海賊を呼んでみるか? あてのない気休めよ」
「それでもいい、何もしないよりはいい。そっちを頼む。落とし穴も考えたが時間がない。とても間に合わない」


 ピトンは、ともかく旗をと館へ駆け込む。城の尖った屋根の先に海賊の髑髏の黒旗。それはキャプテン・ブノワの船のもの。女の赤い下着を添えておく。SOSのサインとなるはずだ。
 ロランドは、その場を通りがかった若い女兵士に言った。
「唐辛子はあるか? 粉のカラシでもいいが?」
「は? 唐辛子だと?」
「いいから厨房へ行け。ありったけを持って来い」
「あ・・うん、わかった」
 城壁に取り付く者どもの頭の上からばらまいてやる。目に入ればしばらく痛くて動けまい。
 女兵士が駆け去ろうとしたとき、ふたたびロランドが叫んだ。
「おい! それともうひとつ! ガラス瓶をありったけ! たたき割ってまいておく!」
「ガラス瓶だな? よしわかった!」


 そんな声をコンスタンティアは遠くに聞いた。すぐそばにダマラがいる。
 二人は声のした方を見やって目を見合わせ、眉を上げた。
「あの野郎・・うむむ・・ああクソっ、ムカつく!」
 コンスタンティアが吐くように言って、ダマラは笑った。

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