2016年11月09日

フェデリカ(七話)

七 話



 クイーンウッズを張り詰める闇がつつんでいた。
 敵の襲撃に備え、女兵士の半数が兵士の姿のまま眠り、半数が起きて警護する。城壁の二カ所に設けられた見張り台にも通常二名のところ倍の四名が上がって森の闇へと目を凝らす。
 フェデリカのいる小さな石城を中心に、ややいびつな同心円を描いて女兵士たちの宿舎が配され、外側三列目の並びの中に一際大きな牢舎がある。牢舎はもともと馬と馬車を格納する建物に大きな鉄の檻を運び入れたもの。いまここにいる男たち、およそ三十名が今宵は牢舎にひしめいている。


 ただ一人、ロランドを除いて。


 ロランドは女衛兵四天王とともに戦いの指揮を任されていた。ロランドが進言した迎撃への備えはまだ半ば。広大な敷地を整えている時間はなかった。城の間際だけに石畳を残し、同心円の二列目までは石を剥がして土として、その外側に残った石畳にはガラス瓶を砕いてまいてある。城壁も城に近い部分には水で練った泥を塗り込み、一応はできていたが、周囲一キロを超える長大な石垣ではとても手が及ばない。
 敵はおよそ百だと言う。しかしこれほど広いと散られてしまう。


 そこでロランドは、三列目の若い女兵士たちをすべて二列目以前に集結させて、備えを密にすることを考えた。引きつけておき、まずは弓と二丁だけある火縄銃で応戦し、その囲みを抜けた敵と斬り合う陣形。
 そのとき逆に、剣が使える二十名ほどの衛兵を城壁そばに潜ませておき、挟み撃ちにしようということだ。城壁を登る敵を上から攻めることもできるだろう。
 暗くなる頃まで皆で作業を続け、弁当のような飯を食って半数が眠った。四天王の二人も城内の居室で眠り、アラキナとセシリアだけが、衛兵の精鋭二十名とフェデリカを警護した。
 決戦は城の間際となると誰もが思った。そしてそこには、またしてもロランドの指示であるものが造られていた。石畳の途切れる土のところに城を中心に円弧を描くように、ワラや古いムシロ、枯れ枝などを積んでおき、灯油をまいておく。敵は火の切れ間からしか攻められないし、それよりも照明の役に立つ。海賊どもは海の闇の中での戦いに強いからだ。


 静かな闇が続いた。二時間ほどの間をおいて眠っていた半数が起き出して、起きていた半数が眠る。さらにまた二時間して交代する。フェデリカは居室にいて女王みずから兵士の姿で眠り、交代から戻ってきたアナキナ率いる二十名の兵によって警護された。そこにはピトンもいる。
 その女王の居室の外。テラスのところに、セシリア率いる二十名ほどの兵に混じって、動物の毛でつくった着物と靴を与えられたロランドがいた。ロランドはその場で横になって仮眠をし、そのそばにセシリアが座っている。
「援軍はないだろうね」 とセシリアが小声で言うと、ロランドは指を立てて口に当て、言うなと仕草で示すのだった。
「士気がさがります・・皆が女で怖いんです」
「うむ・・すまぬ」
 城の尖塔の先端に髑髏旗と赤い布。しかし掲げてそれほど経たないうちに陽が落ちた。援軍はないとロランドも考えていた。


 セシリアが言った。
「されどそなた、我らを女扱いするのだな」
「ふふふ、もちろん。勇敢なレディたちだ」
「そうか・・嬉しいよロランド」
 ロランドはセシリアの手を取ってキスをした。
 ここは皆が女。捕らえた男どもに何をしているのか、心のどこかに呵責があって当然だろう。


 さらに時間が過ぎていき、ほどなく朝。しかし初秋のいまは日の出が遅い。
 そのときだった。カンカンカンと半鐘が鳴り響き、戦う女たちの声が響く。
「起きろーっ! 皆起きろーっ!」
 あえてセシリアに叫ばせる。ロランドが言えばこちらに男がいることを伝えるようなもの。皆は一斉に起き出して、あらかじめ指示してあった持ち場へと走り備えを固める。
「あれは海の側の見張り台だ」
 とセシリアは言ったが、ロランドは動くなと言う。海の側は城壁が低いかわりに森が薄く、弓を射かけられればひとたまりもない。そっちは囮、敵は森から来るとふんでいた。城のあるあたりの森がもっとも深い森である。
 ロランドはテラスの下に潜む若い女兵士に告げた。
「火を放て!」
「はい!」
 城の間際に積み上げられたワラやムシロに三方から火が放たれた。灯油をまぶしたワラはゆらゆらと燃えはじめ、導火線を伝うように燃え広がって一気に闇を明るくする。燃える火は目くらまし。火の内側はむしろ暗くなって敵からは探れない。


「うわぁぁ! 何だこれはーっ!」
 城壁を登ろうとして上の方に塗り込めたばかりの土に滑って転がり落ちる。
 城壁の上のわずかな兵たちが、城壁に上げておいた石を落として反撃する。 しかしそれでも、手薄なところ、土塗りの間に合わなかった石垣から、荒くれ男どもが次々と城壁を乗り越えて入ってくる。弓の届かないほど遠くでの侵入にはなすすべがない。
 城壁のすぐ下は石畳のまま。落ちた兵がダメージを受けるから。その先が土となり、こちらも耕してあって足を取られる。
 そうなるとあえて残してある石畳に上がろうとするのだが、そこにはガラスの破片がばらまいてあり、薄い底の靴では足をやられる。
「うあぁぁ足がぁーっ! ガラスだ、痛てぇーっ!」


「ぎゃぁぁ目がーっ! 目が焼けるーっ!」
 そのときテラスへ出てきたコンスタンティアが笑った。
「まんまとはまったね、唐辛子か・・我らには思いつかん話だ」
 ロランドはちょっと笑うと、弓を持つ兵に言う。
「まだだぞ、引きつけて一矢で倒せ!」
「はい! 皆まだだ、射るなよ!」
 セシリア、コンスタンティア、そしてダマラの三人が顔を見合わせて首を傾げた。
 ロランド。この者は機転がきいて凄いと思う。進言されたことがことごとくはまって、まだ一矢も射ていないというのに、そこら中で敵が動けなくなっている。
 しかし敵は予想よりも多かった。百五十はいただろう。遠くの城壁を乗り越えた男たちが次々に、闇に蠢く魔物のようにやってくる


 いよいよロランドが号令した。
「弓! 狙え! いまだ放てぇーっ!」
 射手の数、およそ三十の弓がしなり、一斉に矢を放ち、燃えさかる炎を超えた矢が次々に敵を倒していく。悲鳴、悲鳴、ばたばた倒れていく黒い影。
「弓! 次だ、放てぇーっ!」
 パァァン! 火縄銃の音も響く。
 弓と銃に押し戻される敵。
 そのときテラスでこちらの半鐘が鳴り響く。城壁間際に潜んでい剣の使い手が二十名ほど、一斉に斬りかかる!
 そうする間にも炎をかいくぐって男たちが攻め寄せる。
 コンスタンティアが号令した。
「行くよ! たたっ斬れ!」
「おおう!」
 城を囲む女兵士が一斉に剣を抜いて踏み込んでいく! 剣と剣が交錯して火花を散らし、あっちでもこっちでも壮絶な戦闘となっていく。
 若い女兵士が押し倒されて敵が剣を振り上げたとき、横から風のような剣がきて男の首を吹っ飛ばす。コンスタンティアだ!
「さあ来い海賊! かかって来いやぁーっ!」


 テラスに残ったロランド、そしてフェデリカを警護するアラキナ、二十名ほどの精鋭兵。兵士の姿のフェデリカも剣をとる。
 弓は向こうからも飛んでくる。テラス下の何人かが矢を受けて倒れ、仲間によって奥へと担がれていく。
「まずい・・敵が多すぎる・・」
「うむ、きりがない・・まずは百五十・・もっとか」
 こちらは二百でも、うち五十は未熟。百は戦えても剣で強いとは言えず、実質五十ということになる。弓矢、それにガラスを踏んで敵の五十は崩れ去った。
 しかしまだ百は残る。
 敵が倒れ、しかし味方も倒れ・・このままでは勝てない。
 ロランドは、繰り広げられる惨劇を見下ろして、アラキナにその場を託して立ち上がった。
「どうする? どこへ行く?」
「考えがある、一か八かだ、このままでは殺られる」


 テラスを抜け出したロランドは、闇を這うように、戦いをかいくぐって消えていった。
「逃げたのでは」 と若い兵士が言ったが、アラキナはロランドに賭けていた。このままでは皆殺し。捕らえられて性奴隷にされてしまう!
 そんなテラスの内側で、フェデリカはいよいよ剣を抜いて皆に言う。
「最後まで戦います。ダメなようなら皆自刃するのです」
 居室に残った十名ほどの精鋭兵が一様にうなずいた。


 そんなとき・・男たちの声がしはじめた。援軍なのか・・?


「あれは・・」
 アラキナは目を疑った。牢舎だ。牢にいた男どもが、倒れた敵味方の剣を握って攻め寄せてくる! 男たちは夜には服を与えられていたもの、鎧などはない。去勢されて亀頭を切られたマウスまでが混ざっている。


 フェデリカもそんな様子に愕然とした。
 どうして・・どうして男どもは救ってくれるのか。奴隷となった男たちでも元は兵士であったり騎士であったり。剣を持たせれば皆が強い。男たちはフェデリカのために剣をとった!
 そしてその中にはもちろんロランドも混じっている。
 フェデリカは号令した。
「皆も出ろ、私はいいから皆も出なさい!」
 女王の居室に一人残ったピトン。ピトンはサーベルを腰に持った。


「くそ海賊め! 覚悟せいやーっ!」


 ここにいる男たちのおよそ半数は、海賊に船を襲われて拉致された捕虜だった。海賊への恨みはある。
 男たちおよそ三十名が加わって形勢は逆転した。あっちでもこっちでも敵がばたばたなぎ倒されていく。
 そのときダマラが、二人の男に押し倒されて喉元へ剣を突きつけられる。
「ひっひっひ、おまえは俺がもらうぜ、いい女だ」


「ぬかせ下郎ーっ!」


 横から粗末な着物を来た男が剣を手に躍り出て、二人のうちの一人の胸を深々と抉り、一人を蹴り飛ばして、敵の立ちざま、首を見事に吹っ飛ばす。その男は元兵士。鍛えられた剣は確かだった。
「ダマラ様、お怪我は?」
 男は片膝をついてダマラに寄り添う。その男はドッグ、性奴隷。
「・・うむ、すまぬ、大丈夫」
 男はちょっと笑うとダマラの手を取ってキスをして、剣を握って顔を上げた。髪も眉もなくした男の顔が凜々しく思えた。
「では」
 男は立ち上がると、未熟な女兵士が三人がかりで取り囲む敵に向かって突進していく。


「この俺が相手ぞ! 我らが女王に捧げたこの身! いざ!」


 愕然とした。ダマラは愕然として、立ち尽くしているしかなかった。


 壮絶な戦いは去った。
 敵およそ百五十のうち百三十を打ち倒し、残り二十を捕虜とした。しかしこちらもおよそ三十を失って、その中には、あえなく散った男たちが数名と、あの勇猛なアラキナも消えていた。累々と転がる屍。
 アラキナの最期はフェデリカの腕の中。幸せでしたと言い残して天へと召された。フェデリカは若い女兵士たちに言った。
「捕らえた者どもは、おまえたちで好きになさい。ただし殺さない。すべて去勢して亀頭を落としマウスとします。城をより堅固に造り直すのです」
「はい! ふっふっふ・・可愛がってやろうじゃないか! さあ来い!」
 若い女兵士たち数十名が、およそ二十名の捕虜を引き立てて去っていく・・。

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