2016年11月12日

ポエム(二話)


でも・・・石段を下るほど、とんとん拍子に運ぶとは思いません。
帰り道、ワンちゃんのことばかりをおっしゃる彼に、私は笑い、
石段を降りきったところで右と左に別れてしまった・・・。
そのときも彼は・・・。
「ああ神様・・・」 と言って大げさに天を仰ぎ・・・。
「どうか、もう一度逢わせていただきたい・・・秋口になる前に・・・
夏のうちに・・・ふふふ・・・」
可笑しくなって笑ってしまった。彼、会話のエスプリを愉しんで
おいでのようで・・・とそう思うと、私を褒めてくださった言葉も
軽く感じられ、私はむしろ気が楽になっていた・・・。

そのまま私は宿に戻り、夕食までの時間を、なんとなく
あたたかな想いを胸に過ごすことができたのです。
宗田さんのワンちゃん、きっと可愛かったんだろうとか、
奥様・・・若くして可哀想とか・・・いずれにしても、
それまでの私になかった、宗田という記憶の棚ができていた・・・。

夫が夏休みの子供を連れて帰郷して、空いた時間を
振り向けた主婦の旅・・・名もない小さな旅館です。
ドラマではありません。それでも、こんなところでまさかと、
少しの想いを胸に持ち、食堂となる広間を覗いた私です。
広い広い畳のお部屋・・・居並ぶ座卓が衝立で仕切られるだけ。
宿に戻って藤色の浴衣でいた私は、深緑のちゃんちゃんこを
羽織っていました。食堂は混んでいます。独り旅から
家族の旅まで、この宿のちょうどいいお値段が人気のようです。

座に着いて、最初のお皿・・・肉魚野菜とさまざま少しずつのった
オードブルのような・・・そしてお箸を手にしたときでした。
「嘘でしょう」
座卓の前で声がして、男浴衣の宗田さんが立っておられ・・・。
「ああ!」
「神様に感謝です、夏のうちに再会できた・・・はっはっはっ!」
宿の人に来てもらい、二つの食卓がひとつになって・・・。
運命を感じます・・・浴衣の内側はブラとパンティ・・・。
心が高鳴って食事どころではありません・・・。
「僕は真(まこと)。真実のシンです」
「わ、私・・・エリです・・・カタカナで・・・」
「うんうん、さあ食べましょう、旨そうだ!」

お食事に本来なら付いていないワインが運ばれ、お酒に弱い
私は頬が熱く・・・やさしく見つめてくれる彼の視線と一緒に
なって、体が火照っていたのです。
ぼーっとする意識の中でいつの間にかお食事が済んでいて、
それから二人で宿の裏の庭に出て夕涼み・・・竹でできた
ベンチです。京都の小高い丘にある旅館らしく、闇の中に
木々のシルエットが浮かんでいます。 でもあまり涼しくありません。
酔いが・・・お話も上の空で、時間が経つにつれて回ってきて。
すぐ隣に彼がいて・・・私はクラクラしています・・・。

「ふふふ・・・真っ赤だ・・・弱いんですね?」
「お酒は苦手・・・」
「それはどうも・・・ごめん、飲ませちゃったね」
「いいえ・・・」

そして・・・すっと伸ばされた腕に吸い込まれていくように、
肩を抱かれ・・・彼の体にもたれていたの・・・
「大丈夫?」
「ええ」
「部屋に戻る?」
「そうね・・・でも・・・イヤ・・・」
「え?」
「このままがいい」
酔いのせいではありません・・・ワイングラスにほんの半分・・・。
私の存在のすべてを許されたような心持ち・・・心が溶けて・・・。
私を抱く腕にやさしい力が込められて・・・私が自然に横を向き、
唇が重なりました・・・。

私のお部屋は二階です。彼のお部屋も二階ですが棟が違う。
食堂を間にして、あっちとこっち。増築した造りなのでしょう。
お部屋に入って・・・彼は私を窓際の籐の椅子に座らせて、
お布団を敷いてくれ・・・それを私・・・手伝うことはできるのに、
任せてしまって見ています・・・。
マットレスを敷き、敷き布団を上にのべ・・・真っ白でアイロン目
のあるシーツを延ばし・・・頭の側を折り込んで、下にまわって
足の側をきっちり折り込み、それから両横・・・シーツに
シワひとつない綺麗な敷き方・・・枕を置いて薄い掛け布団を
置いてくれ・・・この人、ちゃらんぽらんな人じゃない・・・。

「いいよ」
「うん、ありがとう・・・あの・・・」
「うん?」
「お水ほしい」
「ふふふ・・・わかった、寝てなさい」
「はい・・・」
五十四歳なら十三上・・・私はすっかり頼ってしまい・・・。

ガラスのポットに氷を浮かべ、彼が運んでくれました・・・。
体を起こしてグラスを渡され・・・。
「美味しい」
「うんうん」
「宗田さん・・・十三上ね・・・」
「ふふふ・・・若く見える」
「ええ、とっても」
「違うよ、僕じゃなくてエリちゃんが・・・」
「そ、そうかしら・・・うふふっ・・・」
エリちゃん・・・呼ばれて苦しく・・・荒くなる息を殺しています。

「もう寝る?」
「ううん、まだ・・・冷たいお水飲んだら楽になった・・・」
「そうか、よかった」
「起きる」
「うむ」
お布団を離れた私は、座卓の下座に座布団を敷き・・・そしたら
彼が、よそ見している間に座ってしまい・・・違うのに・・・そこ
じゃないのに・・・上座に座ってほしかった・・・。

「エリちゃん、何泊?」
「二泊よ。主人と子供が田舎に行ってて」
「なるほど・・・夏休みか子供たちは」
「うん」
「それで独り旅?」
私・・・上座にはつきたくなくて、下座の・・・彼のそばに
座布団を持ってきて座ったのです。
「そ、独り旅。夏休みの間中子供のお守りじゃ疲れちゃう」
「いくつ?」
「四十一です」
「あー? ふっふっふっ! 違う違う、子供の歳さ」
「あ・・・」
「はっはっはっ! 楽しい人だ、はっはっはっ!」
どうしよう・・・浮かれています・・・私が女になっている。

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