2016年11月14日

螺旋の舌(二話)

二 話


『流美はいいわよ、独身じゃない』

 能登への旅で言われたことが日一日と流美の中で響いてきていた。
 そうなんだ私は独身・・娘はいても夫はいない。言われてみればそうだったと思えてくる。夫がいて仮面でいるよりずっと自由で、少しの奔放なら許される。そんな環境にいたことを流美は思い知っていた。

「・・小絵はいいね」
 口うるさい爺さんが出かけた土曜日、外は小雨。めずらしく家にいる娘に流美はなにげにそう言った。小絵の部屋着はミニなソフトワンピース。下着のラインが際立っていて小さなパンティがうかがい知れた。
「あたしのどこがいいのよ?」
「だって」
「だって、なあに?」
 流美は親元に住んでいて戸建て。カッコいいLDKではなく、それなりに広いキッチンに置いたテーブルで話していた。

「若いもん・・あのね小絵、ママはあなたが羨ましいの。これからだもんね。男友だちはあなたを気にしてドキドキしてるよ。あなただってわかってるだろうし、これから輝く季節だから・・」
 小絵はちょっと鼻で笑う。
「ママと段が違うだけ、ステップの段差よね。ママは若いし綺麗なんだから、階段を降りることだってできるでしょ」
「階段を降りる?」
「私は歳なりの段にいて時期が来ないと登れない。登ったママは降りて来られる。この違いは大きいわよ。十六には十六の相手がいるしママにはそれなりの人がいる。それだけのこと。女でいるのかいたいのか、決めるのはママ自身だわ。違う?」

 いつの間に・・大人びたことを言う。流美は嬉しくなって涙をためた。

「・・ありがとママ」
「え・・」
「恋に燃えてあたしができた・・それだけで充分だから。そろそろいいんじゃない?」
 流美は娘の眸を見つめた。まっすぐな視線には子供じみたふざけはなく、すっかり大人の女の眼差し。
「・・そろそろって、どういう意味よ?」
 訊くまでもないことを訊いてしまった。よそ見をきっぱり否定して、私は母だと言いたかったのかもしれない。
「か・れ・し。決まってるでしょ。早くしないと落ち葉だよ」
 冗談めいて笑って去った娘のヒップを見つめていて、流美はちょっと複雑だった。小絵は明らかにセックスを言っている。娘はもう知っているのか? 年頃の娘を持つ親なら一度は考えることだろう。

 しばらくして小絵は着替えて出てきた。
「江利ん家ね、遅くならないから」
「はいはい。雨だし気をつけなさいよ、傘でクルマが見えないことだってあるんだから」
「・・ったく子供扱いね」
「小絵」
「うん?」
「・・嬉しかった」
「はいはい、わかったわかった。あたしが目標にしたい女でいてね」
 背を向けて出て行く娘に、流美はあらためてドキリとしていた。

 二十五年前、あのことがあってから、流美は自分の性器を見ることに臆病ではなくなっていた。
 寝室に入り、スカートとパンティを脱いでしまい、ドレッサーのミラーに白いヒップを映す。尻を振ってみたりする。
 寝室は古い家の和室を無理して洋室に造り直したもの。床は木調の新素材。
 その床に大きな手鏡を寝かせて置いて、しゃがみ込んで覗き込む。
 決まって胸が苦しくなる。

 陰毛は薄いほう・・性花はラビアを閉じ合わせ、男に飢えていないことを物語るようでもあり、花上に埋もれるようなクリトリスもつつましやか。性花の周りをちらほら毛が飾っていて、どことなく花の妖怪のようにも思えてしまう。
 アナルも色素が薄く小さくすぼまり、男を受け入れたことのない菊の小花。
 そっと指先を這わせてやるとゾクゾクする性感が奥底から湧き出してくるようだった。長くいじっていると濡れてくる。濡れが滲み、そうなるとラビアは閉じていられずにポンと咲く。あの頃から幾度となく見つめてきた女のすべて。流美はいつもと変わっていない性器をじっと見つめると、今日はすぐに立ち上がる。

「ダメだわ・・おかしな気分・・飢えてるのかしら?」
 小声で言って、ついでにブラまで替えてしまい、洗濯機へ放り込む。
 そのときに握り締めたパンティが、ひどくつまらないもののように思えてきた。ごく普通のピンクのパンティ。そこらのママよりいいとは思っても、若い小絵にはマチが深くて似合わないと思い直し、エッチな下着なんて買っていたのはいつ頃だろうと考える。
 彼は写真家。しかし自然写真が専門でヌードはやらない。なのにセクシーな下着を喜んで、すぐ脱がせようとした・・ちょっと笑う・・私は独りなんだと言い聞かせた。
「そろそろいい・・か。ふふふ、生意気言って・・」
 欲しがっているとは思えない。けれども欲しくないかと問い詰められたら自信はなかった。
「落ち葉か・・嫌なこと言う子よ・・ふんっ」
 エッチなサイトでも見てみようとノートPCを開けてみたが、ぱたりと閉じて諦めた。

 そんな矢先、プールの帰りに朋子とドライブ。流美の家から電車で一駅、その駅前にスポーツ施設はあった。しかし朋子の住むマンションからは電車だと大回りになってしまい、朋子はクルマで通っていた。フィアット何とかという、白くて可愛いコンパクトカー。
 隅田川べりの駐車場のある公園。夕刻前の穏やかな陽光が川面にキラキラ反射して綺麗だった。
 朋子は水面の煌めきに照らされながら言った。
「ねえ流美、一泊できない?」
「いつ?」
「来週の土日なんだけど。旦那の姉の別荘なのよ。信州にあるんだけど、ぜんぜん使ってないからって、じつはずいぶん前からちょくちょく行くの」
「大丈夫そうだけど、娘にも訊いてみないと」
「行けるようなら楽しめると思うよ。女友だち二人とあたしに流美」
「何かのお仲間?」
「まあね・・ふふふ、気の置けない女ばかりでちょっとしたパーティやってるの。主催はほら、別荘の関係であたし。泊まりはもちろんタダ。参加費は一万なんだけど、今回はあたしの誘いと言うことでそっちもフリー。楽しめるパーティだと思うけど・・」

 土曜の夜の一泊なら小絵も休みで家にいる。爺さんは放っておいてもかまわない。なんとなくだが彼女がいる気がしていた。

 そして土曜日。早朝に朋子のクルマで走り出す。高速に乗る前に、そこは女で、スーパーに寄っていく。個人の別荘には食事は付かない。ほかの二人も適当に持ち込むからと朋子は言った。
 このとき朋子も流美もジーンズ姿で特別な支度はしていない。しかし流美はこの日のために下着だけは用意した。黒のレースで少しは色っぽく見えるもの。
集まるのは四十代の女が二人と三十代末の女が一人。それに流美。つまりはマダムばかりであって、普段の下着ではいくらなんでも・・そう思って、紫のレースのものと二セットを新調した。
 今日はとりわけ好天だった。暑くなく寒くなく。Tシャツにジャケットを合わせてちょうどいい。

「しめしめ連れ出せた・・ふふふ」
「はい? しめしめ?」
「じつはちょっとね、エッチなパーティなのよコレが」
「えーっ! 嘘でしょ?」
「嘘じゃない。私が企画してはじめた集まり。CFNM」
「はい? C・・FM?」
「ラジオじゃないよ、ばーか。ふふふ、あのね」
「うん?」
 ドキドキしていた。何かあるとは思っていたが・・やっぱり。

「着衣の女、裸の男って意味なのよ。あたしら女はアイマスクで顔を隠して下着姿。男の子は最初から全裸なの。いつもはあたしら三人に男の子が二人なんだけど、今回はあたしら四人に男が三人。男の子は学生ばかりで可愛いわよ」
「ぁ・・嘘だぁ・・そんな・・」
「勘違いしないでね、乱交パーティじゃないんだから。エッチなんてしてもいいけどしなくてもいい。浮気じゃないのよ、れっきとした文化的イベントで。もちろん犯罪ではありません。それに女はみんなレズではない! あははは! 流美ってカタイから最初に言うと断ると思ったもん・・くくくっ、もしかして焦ってる?」

 焦ってる。声も出ない。背筋に寒気が走るほど。

 それは今日これからのことではなくて、二十五年前のあの記憶がリアルなシーンとなって映し出されてくるからだった。
 朋子が言った。
「震えるでしょ?」
「ちょっとね・・意地悪なんだから・・ドキドキよ、もう」
「そうやってごまかしてるのよ、女やってるといろいろあるもん。ガス抜きしないとやってられない。刑事だった頃なんて最悪だったわ。抜きどころがなかったもん。たまにはハメを外したい。それで思いついたってことなんだ」

 集まる女たちとは普段は顔を合わせない。古くからの友だちでもなんでもない人妻ばかりだと言う。男の子のほうは、つまりそういう性癖でバイト感覚でやってくる。
「ネットよ、すべて」
「ネット・・出会い系とか?」
「そうとも言えないけど、ホームページでもやってれば向こうが書き込んでくるのよね。あたしじゃなく、今日来る若いほうがエッチなサイトをやっている。その子と知り合ったのが最初だったの」

 早朝に発って午前中には別荘着。豊かな森の中の建物だったが、周りの建物がほとんど廃墟となっている。不景気で手放して、それきり売れないということだろう。
 別荘のキイは朋子が持つ。真っ先に着いて昼食の支度にかかる。パスタを茹でてソースを温めるだけ。
 そしてそうするうちに二人の女がそれぞれ別のクルマで乗り付ける。二人とも主婦らしいコンパクトなクルマで、流美はちょっとほっとした。高級外車でも来ようものなら肩身が狭くていられない。
「おー、来たかや」
 もちろん顔見知りの朋子に迎えられ、二人の女はそれぞれに品定めするような視線を流美へとなげた。下着を揃えておいてよかったと思う。
「この子よ、流美って言うの。流れる美で流美。めずらしいでしょ」
 流美が微笑んで会釈をすると二人も穏やかに笑って頭を下げた。二人ともパンツスタイルだったが知的なセンスを感じる。上品と言うべきか。

「私は香子(こうこ)、昔からコッコって呼ばれてる。よろしくね流美。四十五なのよ。あなたは?」
「はい、ちょうどです、四十ちょうど」
「あら若い・・五歳は下に見えるけど」
 ・・と、もう一人が割り込んでくる。
「いいわねみんな、いまふうなネーム。ふふふ、富代です、よろしく。三十八よ。まったくなんだよ、あたしの名前、明治大正じゃあるまいし、トミヨ? けっ!」
 明るくて面白い女性。こちらがホームページをやってるらしいと流美は思う。
 こうして四人が並ぶと、朋子が154センチともっとも小柄。三人が似たようなものであり、一人だけ香子がちょっとふっくらしていて乳房も張ってグラマラス。

 流美は浮き立つ心を抑えられない。離婚からずっと娘のことばかりを見つめてきた。解放される仲間ができたことが嬉しかった。

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