2016年11月16日

獄死の微笑(四話)


四 話


 三十歳に若返った岩城。その頃すでに刑事だったが、そのおよそ十五年後に西林恭子などという殺人犯に出会おうとは思っていない。
 体も記憶も三十余年前の岩城に押し戻されてしまっていたし、いまどうして鬼娘の腕の中にいるのかさえもわからない。
 岩城は、これは悪夢だと思っていた。

 アミラに抱き上げられて鬼塚洞の揺らぎのベールをくぐったとき・・鬱蒼とした森・・都会の風景・・波濤が寄せる大海・・そして星空と、さまざまなシーンが、まるでスクリーンに映し出されるグラフィティのように揺れるベールの向こうに見えた。
 揺らぎのない実在の世界は岩ばかりの荒涼としたもので、揺らぎの外からやってくる不思議な光の滲みにつつまれているのである。

 全裸の岩城は、身の丈二メートル三十はあるかと思われる青鬼の娘に抱き上げられて、そのメロンのような二つの乳房をクッションにして、恐ろしい鬼娘の顔を見上げていた。アミラは時折腕の中を見下ろしてほくそ笑む。
「我らは現世とあの世の狭間に棲む。まさに鬼界だ。我らに年月などというものはない。時間などないのだよ。おまえにひとつ、いいものを見せてやろう」
 にやりと笑ったそのときに、景色がふたたびぐにゃりと揺らぎ、どこか民家の中にいた。古い家だ。

『嫌ぁぁーっ、もう嫌ぁぁーっ!』
『ほうらいいか・・もっとイケ・・もっとイケ・・はっはっは!』

「よく見るのだ。おまえはこれをどう思う?」
 まだ幼い娘・・中学生ぐらいだろうか、陰毛も薄く、乳房もろくに膨らんでいない。
 全裸にされた娘が座卓をひっくり返した四つ足に手足を縛られて体を開かされ、父親のような男に太いディルドを持たれて犯されている・・。
 その周りに、大学生ぐらいの娘・・高校生ぐらいの娘・・そして犯される少女と同い年ぐらいの少年・・三人が取り囲んで、やんやと囃し立てて笑っている。
 アミラが言った。
「幼くして親を亡くしたあの娘はこの家に引き取られた。娘は美しく育ったが、こうして家族に虐待される。父親と三兄弟だ。これを見てどう思う?」

 許せなかった。正義感で警察を志し、惨い事件を見て来ていたが、いままさに陵辱される現場を見せつけられたことはない。
「おまえはなぜ勃てる? 男だからか? このシーンに加わりたいか?」
 岩城は激しく勃起させたまま萎えようとはしなかった。それもまた不思議な感覚・・岩城には声もなかった。少女の悲鳴ともがき泣く声だけが心に響く。

「恨みとはそうしたものぞ・・ふふふ、もうよい・・」

 そしてふたたび景色が歪み、岩城はアミラに抱き上げられたままの姿で、赤黒い岩でできた部屋のような空間に出ていた。閉ざされた岩ばかりの空間なのに、なぜが仄明るく、岩の床に黒い獣の毛皮が敷かれた寝床がある。
 アミラは素っ裸の岩城を降ろしてやると、スカートのように腰に巻いた茶色の毛皮を脱ぎ去って全裸となって、寝床にどすんと腰を降ろす。逞しい鬼の女の全裸。岩城はますます激しい勃起を鬼の娘に見せつけながら呆然と立ち尽くしているしかない。
 圧倒的な鬼の女体。座っていても百七十五センチの岩城と目の高さが変わらず、腕など人間の男の腿ほどもあり、あぐらをかく太腿は胴回りほどもある。
 これは夢だと思いつつ恐怖に膝が震えてくる。俺は刑事だと言い聞かせてみるのだったが、相手が鬼では太刀打ちできない。
「おまえはなぜ勃てている?」
「わからない・・自制できない・・申し訳ない」
「謝ることか? ふふん、それが男よ、男というものよ。このあたしが欲しいか? 鬼でも女ぞ? 抱いてみるか?」

 操られるように一歩寄ると、アミラは岩城の手を取って、猫を膝に上げるように大きな膝に丸め込む。見上げるとイチゴほどもある大きな乳首が二つ。二つのメロンの狭間に青鬼の顔がある。アミラは鬼の中では美人であって、先ほどのカヅラよりは顔立ちがやさしかった。
「人間の男・・まさか人間を抱こうとは思わなかったね」
 犬のような爪が尖る大きな手が岩城の尻を撫で回し、前に回って、男の勃起の先端をまるで茸でもつまむようにつまみ上げる。
「我らの赤子なみだ。なのにこうして勃てている・・ふふふ、可愛いものよ」
 膝の上で両脇に手を入れられて赤子そのままに抱き上げられると、大きな乳房のクッションに抱き締められる。軽く抱いているだけなのに息ができない圧迫感。体臭が強い。しかし岩城の腕は自然に動いてアミラに巻き付く。大木を抱く少年のようだった。

「ほう・・このあたしを抱くか・・ふふふ、おまえは寿斎に似ているな」
「寿斎?」
「若返ったおまえの知らぬ者よ。かつて寿斎は山に迷い、カヅラ様の棲み家で救われた男。殺してやろうとしたそうだが、鬼を恐れず、なぜか可愛く思えて抱いてやると乳を吸って甘えたそうだ。死ぬなら最期に女に抱かれて死にたいと言ってな」
 それからまた赤子のように膝に抱かれ、大きな乳首が突きつけてられて、岩城はそっと口に含む。アミラは男の頭を抱き支えて乳房を与えた。

「希代美は死んだ。このあたしが八つ裂きにしてくれたわ」

「希代美とは?」
「いま見た三兄弟の一人よ。父親も兄弟たちも未来永劫、地獄でのたうつ亡者となろう。されど、そのまた子供らは・・『殺さずともよい、不幸の底で生かしておく』と恭子は言った。いまのおまえにはわからぬだろうが話だけは聞いておけ。恭子の呪いを聞き届けて我らは怒った」
「それは復讐?」
「そうだ復讐だ。幼いときから家畜として扱われ、体ができて性奴隷・・父親の種を植えられて遙ができたが、その赤子さえよってたかって虐待した。奴らは鬼ぞ。鬼の我らより鬼というもの。報いは当然」

「それは、あの娘が望んだのか? 呪ったのか?」
「千鬼成願。女が命を賭した我らへの哀願よ」
「・・やめさせてやりたかった」
 岩城は言うとふたたびアミラの乳首に頬を寄せた。
「何・・やめさせたかった?」
「復讐は悲しすぎる。・・このやさしい乳房・・女は慈愛を持って生きるもの。しかし母となると違う。子のため母は鬼にもなる。気持ちはもちろんわかるし悲劇だということもわかる。だからなおさら復讐などはさせたくない。汚れに汚れで対するようなものだから」
「きれい事だ。いかにもまともな言いようだが・・」
 そしてアミラが膝の上の裸の男を引き剥がそうとしたとき、岩城は大きな乳房を這い上がるようにして、アミラの唇へ唇を重ねていった。

「殺すぞ」
「現世に戻る前に抱いてあげたい・・殺しなど心が軋むだけ。鬼のあなたが可哀想でたまらない」
 アミラは、しばしじっと岩城を見つめ、押し倒されてやるように寝床に崩れた。
 青鬼の青黒い裸身に人間の男の裸身は白く見え、身の丈の違いが、母が子を抱くような図式をつくる。
 アミラは岩城の髪をひっつかんで顔を上げさせ、下から見上げた。恐ろしい顔だが眸は透き通って美しいと岩城は思った。

 アミラは言う。
「鬼がなぜ鬼か、わかるまい。時間もない距離もない。人間どもがいま何を言ったとしても、その過去、その未来、人知れず密かにする悪行のすべてが見透かせる。信じられるものなどない。鬼の男は鬼の女を愛さない。欲しいから抱く。欲しいから抱かれてやる。身ごもって子を成す。ただそれだけの獣の世界。しかしゆえに裏切りなどはないのだよ」
 岩城はうなずくと、涙をためて言うのだった。

「刑事になった。正義とは存在すると信じている。しかしじつは哀しくなってたまらない。人は醜い。ヘドが出そうだ。殺された者の死体を嫌というほど見て来たよ。どう生きたところで最期はこれかと思ったものだ。だけどアミラ・・」
「何だ?」
「確かにそうだ、人は出会う以前の人を知らず、人知れずと言うように陰の部分は知る由もない。しかしだから希望を持って生きていける。絶望しかないと悟ったとき恭子は鬼になったのかもしれない。それをこざかしく言うのは誰にでもできるだろう」
 アミラは哀しくて泣く岩城をじっと見据え、ちょっと笑って沈黙した。
 岩城は言った。

「だけどいま・・そんなことはいいんだ・・アミラに抱かれ・・抱いている。いまこのときのぬくもりだけは信じていたい」

 アミラの裸身から力がすっと消えていき、アミラは目を閉じて身を委ねた。
 分厚い大きな唇に人間の男の唇が重なって、アミラは人間の男の欲情をそっと握って口づけを受けている。
 人間の男の手が割り開かれた鬼の女の股間に沈み、アミラはさざ波のような歓びに身を震わせた。
「あぁぁ感じる・・イワキ・・」
 人間の男の裸身が鬼の女の裸身を滑り降り、割り開かれた体の中心で濡れはじめた見事なラビアを舐め上げる。
 アミラの裸身が反り返り、甘く熱い息を吐く。

 人間の男の勃起が鬼の女の奥底へと没していった・・。
 そしてその頃・・全裸のカヅラは若返った寿斎の勃起を受け入れて喘いでいた・・。

 それから・・揺らぎのベールをくぐったとき、岩城は定年を過ぎた男に戻っていて、目の前にカヅラがいた。岩城は服を着ていたしカヅラもまた腰革を巻いている。歪んだ時空が記憶を揺らしていたのだが、岩城は不思議な安堵に満たされていた。

 なぜそうしたのか・・岩城は静かにカヅラに歩み寄ると、ひろげられた鬼の腕に抱かれていった。カヅラにも岩城にも声はなく、ただ抱き合って離れていく。
 ふたたび揺らぎのベールをくぐったとき、鬼塚洞に仙人のように年老いた寿斎が立って待ち受けた。

 寿斎もまた何も語らず、岩城の背をそっと押して洞窟の出口へと導いた。

「わしはカヅラとともにここで暮らす」

 岩城はこくりとうなずいて、森へと戻るところで待っていた若い遙に連れられて外界へと生還した。
 そのとき時刻は・・最初に鬼塚洞に踏み込んでから五分と過ぎてはいなかった・・。

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