2016年11月16日

三人姉妹(一話)


一 話


「盗撮?」
「そうなのよ、いわゆる街撮りなんですけどね、三月の間にこれで数回。それでお姉ちゃん、まいっちゃって。お姉ちゃんてほら、カタイくせに派手好きだから」
「ミニスカ盗撮みたいな?」
「それもあるし・・後ろ姿のお尻とか胸元とか・・」
「警察には?」
「下手に言えない。写真がポストに投げ込まれてるのよ。相手は住まいを知っている。それにいまのところはそれだけでストーカーのような被害もないみたいだし下着が盗まれるわけでもない。下手に動いて逆恨みでもされたらかえって危ない」
「病んでるな」
「そうね。だけどそれが都会よ。おかしな人はいっぱいいるから。それでね父さん、あたしら三人、夏休みの三日ほど休みを合わせてここへって思ってるんだけど、どうかしら? たまにはいいかって思うんだけど?」
「かまわんよ、好きになさい。来週から半月ほど京都だ」
「また行くの? 注目されてる?」
「いやいや勉強だよ。窯元からも呼ばれてるしな」

 そんなつもりはなかったんです。ただちょっと、厳しすぎる性格を穏やかにして欲しかった。

 私には、生まれ月で三月しか違わない姉がいました。私と同じ二十七歳。その下に二十五歳の妹もいる。姉は安西亜希子、妹は希代美と言いますが、どちらも母の希美子から一字をもらって『希』のつく名前。
 私は早苗、二十七歳。いまから十五年ほど前、私の父、安西宗太郎と、亜希子、希代美の母、里中希美子が再婚。当時まだ小学生だった私は父の連れ子ということです。
 三月違いの姉と二つ下の妹がいきなりできた。子供同士ぎくしゃくする時期もありましたが、いまでは三姉妹としてそれなりうまくやっている。三人それぞれ独身です。

 この安西宗太郎は、私の実の父なんですね。私の実母は若くして逝ってしまった。父の実家が資産家で、かなりな財産を相続したことで、父はすっかり陶芸家気取り。奥秩父の仙人と揶揄されるような暮らしをしていた。若い頃から家のことには無頓着。私たちに対しても放任主義で義母に任せっきり。

 その義母は、前夫とは生別なんですが、別れるとき二人の娘は母を選んだ。 こちらはこちらでどうしようもない浮気者で、義母は二人の娘を女手ひとつで育てたようなものなんです。
 ですから義母は・・いいえ、私は実母だと思って接してきましたが、母は娘三人を分け隔てなく育ててくれたやさしい人。父のことも、離れていても、ときどきやってきては面倒をみて帰る、そんな暮らしをしています。
 そんな父も、ここ一、二年、認めてくれる人たちが増えたようで、たびたび京都の窯元へと顔を出す。作品展への出品を打診されたのがはじまりらしいんですが、近頃では取り引きに発展していると言いますし、独学だった陶芸にも師匠のような人ができたらしい。母としてもそばにいて面倒をみてあげたいところでしょうが・・それにもまたちょっとあり。

 実家は川崎にあるマンションでしたが、姉も私もとっくに家を出て暮らしています。姉は銀座のデザイン事務所でグラフィックデザイナーをしながら浅草に住んでいる。私は渋谷でOL、世田谷に暮らしている。だけど妹の希代美だけが実家暮らしなんですね。地元のカフェに社員として勤めています。
 でもそれも、つまりは母親と離れたくないからで、奥秩父の仙人に奪われたくないということで。私にすれば、ちょっとね・・とは思うのですが、その点では姉と妹の気持ちは相通じる。父は他人。だけど川崎のマンションは父が買って新居としたものなので・・女三人、内心どろどろ、ひた隠していたわけですよ。

 姉も妹も口惜しくなるほど美人です。お母さんが綺麗な人で母親似。歳の違う双子のようだと言われている。160センチ、Cカップ~と体つきまで瓜二つなんですもの。娘時代、温泉なんかで私と三人裸になると、『ほらね、あなただけが違うのよ』とでも言うような目の色でじろりと見られた。私は157センチで胸はB。体つきが華奢過ぎると自分でも思っている。

 さて姉です。私からすれば二人ともそうなのですが、妹に言わせると『姉さんはエロ過ぎよ』・・姉は、母に厳しく育てられていて、日本的な作法など完全とも言えるほどできる人。考え方がカタイくせに美大ですから、ファッションでは派手なんですね。女性の姿はアート。私たちではとても着られないセクシードレスを平気で着こなす。
 そんな姉、亜希子に、不穏の影がつきまといはじめたのは、いまから三月ほど前でした。

「お姉ちゃんがそんなことを?」
「悪気があってのことじゃないとは思うわよ」
「悪気も何も・・だって、どうして私が懲らしめられるのよ? 奪ったんじゃなくて言い寄ってきたのは彼なのよ。冗談じゃないわ、すでに恋人ってわけでもないのに。許せなくなっちゃう」

 あのとき・・言うんじゃなかったと後悔した私です。
 そのさらに半年ほど前のこと・・。
 姉と妹は仲がよく、二人でスキューバダイビングをやっていた。つまり海。美人ですから多くの男たちに囲まれていたのですが、カルくて嫌だと二人は言う。
 一方の私は高校時代の部活でソフトボールをやっていて、その頃の友だちのお兄さんを知っていた。その彼と偶然巡り会ったわけですけれど、そのときに、
彼は山をやっていて、山仲間を紹介されたんです。
 私は正直、そういう人たちって好きになれない・・いかにも山男・・男臭くて怖いんですよ。いい人らしいとは思っても、どうしてもついていけない。

 それであるとき、その中の一人、姫野健志郎を姉と妹に紹介した。姉も妹も体力あるし、誘うなら私じゃなくてそっちにして・・本心ではそうでした。
 姫野さんは三十歳。180センチと長身で大学時代はワンゲルだった本物の山男。逞しいし素敵な男性なんですね。

 姉の亜希子が一目惚れ。妹を押しのけるようにして、ちょっと恥ずかしくなるぐらいのスタイルで誘惑していた。
 ところが彼が選んだのは妹の希代美のほうだった。それはそうだと思ったわ。 亜希子は気が強くて完全主義。よほどの人でない限り息が詰まってしまうでしょう。そこへいくと妹の希代美は子供の頃からおとなしく、悪く言えばうじうじタイプなんですが、男とすれば守ってやりたい可愛いタイプ。
 姉はちょっと自意識過剰・・子分のように思っていた妹に彼を奪われたと思い込み、それを私に言うんです。

「泥棒猫とはよく言うわよ、弱い振りでしなしなしてれば男はイチコロ、見え透いた話よね。許さない、私の怖さを思い知らせてやるんだから」

 姉にすれば口惜しくて逆上していた。誰にも言えないことを私に言った・・。

 ですけどね・・父が再婚してから、私は姉の目を気にして育ったもの。その頃から亜希子は躾ができていて、同い年の私と比べるムードがあったから。
 私の実母は心を残して病気で死んだ。私がダメだと母がダメだと思われる。それで私は子供なりに苦心したし、そんなときかばってくれたのは妹なんです。
 出来過ぎる姉へのコンプレックスを隠していた。亜希子との間にもう一人姉ができたことが嬉しかった。
 それで私は・・亜希子が怒ってるから注意した方がいいわよと妹に告げてしまった。

「ねえ、お姉ちゃん、二人でちょっとヘコませてやらない?」
「・・どういうことよ?」
「三人姉妹の中で自分だけ女王様みたいに思わないでって、少しは思い知らせてやりたいのよ。美人を鼻にかけるなって・・ああ、ムカつく」

 盗撮を言い出したのは妹でした。姉は出来過ぎる分、神経質で、根が真面目だから恋愛に対してだって臆病・・精一杯の虚勢を張り、だけど内心オドオドしている・・。
 妹がそれを言い出したとき、私にだってほくそ笑む気持ちもありましたが、このままだと姉妹で本気の喧嘩になると考えた。
 私が撮って、妹が撮って、どちらかかが姉のポストへ入れてくる。姉の住まいは浅草の古い賃貸でセキュリティなんてものはない。

 効果はできめんでしたね。
 誰かに見られている・・監視されている・・性的な恐怖が姉をノイローゼ一歩手前に追い込んだ。派手だったセクシースタイルをしなくなり、休日には閉じこもって出てこない。
 ちょっと可哀想・・もういいと私が思っても、妹はエスカレートしていった。
「顔出しでブログにでも載せてやろうか・・くくくっ」
「ちょっと希代美・・やり過ぎよ。ほんとにおかしくなったらどうするの」
「それぐらいでいいのよ、いっぺん叩いておかないと気が済まないもん」

 それで私は父を訪ねた。都会を離れた豊かな森に三姉妹が揃えば仲直りもできると思ったから。
 盗撮・・狙われていると知ってから、姉は精神的に不安定で見ていられない。
 整った女の脆さというのか、いまにも壊れてしまいそうで・・。

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