2016年11月09日

フェデリカ(終話)

終 話


「この私に捧げた身と男は言ったのですね?」
 ダマラがうなずき、そのときフェデリカに声はなかった。
 朝になって明るくなっていた。

 クイーンウッズを守るため剣を手にした男たち。しかし戦いが終わると男たちは皆、テラスの下へとやってきて、兵士の姿となったフェデリカに一礼し、テラスの石段へ剣を置いて自ら牢舎へと引き上げていく。
 それもまたフェデリカには衝撃だった。その気なら復讐だってできたはずだしここから逃げることもできたはず。
 ダマラが下がろうとするとフェデリカが呼び止めた。
「バティを呼んで。眠れそうにもありません」
「かしこまりました、ではそのように」
 ダマラが去ってほどなくして、真新しいが粗末な白い着物を着たバティが女王の寝室を覗く。
「おいでバティ」
 フェデリカは疲れ切ってベッドの中。ピトンもいなく、フェデリカとバティだけの静かな空間。バティがベッドへ歩み寄るとフェデリカは毛布をはじいて両手を広げた。フェデリカは全裸。今朝は快晴。やわらかな赤い朝陽が射し込んで全裸のフェデリカが輝いているようだった。

「脱いでおいで・・ねえバティ・・」
「はい?」
「お願いがあるの・・私を抱いて・・」
「え・・」
「私を抱いて・・思うままに可愛がって・・」
 フェデリカの美しい面色は女の色そのもので、そのときフェデリカは泣いていた。脱ぎ去って、女王の手に導かれるままバティはベッドに絡め取られる。
 女王の震える唇にキスをして・・豊かで美しい乳房を愛撫して・・それから口づけが裸身を這って・・ふわりとひろげられたフェデリカの濡れる花園へと沈んでいく。

 ダマラはセシリアの部屋で全裸で抱き合い、横になる。二人には声もなく、消えていったアラキナを想って、ただ抱き合った。

 コンスタンティアの居室にはロランドがいた。牢舎に戻ろうとしたドッグをコンスタンティアが引き留めて、自分の部屋へと引き込んだ。
 手錠をさせない男と一対一。コンスタンティアはロランドの存在など無視するように兵士の姿を脱ぎ去って全裸となった。狐につままれたようなロランド。コンスタンティアはベッドにどさりと座り込むと、前へ来いと目で言った。
 コンスタンティアの足下に膝で立つロランドは、言われる前に両手を頭の後ろに組んでいて、いまはまだ萎えているペニスを差し出すように控えている。
 コンスタンティアはちょっと笑うと、萎えたペニスに手をやって、そっとくるみ、揉むように愛撫する。
「どうして・・どうして男どもはあたしらのために・・おまえもだが」
 答えを求めた問いではなかった。
 ロランドは目を閉じて愛撫を受け取り、見る間に勃起させていく。

「ふふふ、勃ってきた・・男は面白い生き物だわ。こんなあたしでも欲しがってこうして勃てる・・」
 コンスタンティアは握ったペニスを捨てるように払うと、立ち上がって乗馬鞭を手に取った。ロランドのスキンヘッドをベッド押さえ、尻を上げろと命じる。
 ビシーッ! ビシーッ!
 それでなくても鞭痕の痛々しい尻の左右を、フルスイングで二度打って、男の尻を悶えさせ、苦しむ全裸のロランドを背後から見下ろして、尻を撫でてやって立てと言う。
 ロランドをくるりと振り向かせると、コンスタンティアはひったくるように大きな乳房に抱き寄せて、そのまま二人でベッドに崩れる。
「よく舐めるんだ、汗をかいて臭い」
「はい、コンスタンティア様」
 男勝りな強い腿が開かれたとき、コンスタンティアの性花はおびただしく濡れていた。褐色のラビアがわずかに咲いて、ピンクの花奥が見えている。陰毛は黒く濃い。
 ロランドはクリトリスにキスを贈って舐め上げて、体の割りにつつましやかな性の花を開いて舐めた。

「ンふぅロランド・・ああ感じる・・濡れる・・おおーっ!」
 コンスタンティアはベッドでバウンドするように反り返り、ロランドのスキンヘッドを大きな両手でひっつかむと、もっともっとと開いた女の奥底へと押しつける。
 尖らせた男の舌が女の花へと没していき、ラビアは咲き誇って蜜を流し、綺麗なピンクの肉の穴牙を晒してまで牝の性(さが)を訴えた。
 最初のピークが近づいて、コンスタンティアは悲鳴のような声を上げ、ロランドの裸身をその怪力でひっくり返し、上になって腹に座る。
「憎らしい・・よくもあたしを舐めてくれたわ・・憎らしい・・」
 尻の下に勃起するペニスを感じ、コンスタンティアは後ろ手に握り込むと、しごき上げる。
「ああコンスタンティア様・・出てしまいます・・」
「いいのか? このあたしにされて、それでも嬉しいのか?」
「いい・・感じますコンスタンティア様・・」
 コンスタンティアは、ペニスを持たない左手でちょっとロランドの頬を叩き、右手に握ったペニスを上向きにしておいて、腰を上げて性花にあてがい、一気に腰を下げていく。

 奴隷の性器がコンスタンティアの体へ突き立った。

「はぁぁロランドロランド・・イク・・ああ感じる・・どうしてあたしが・・ああクソっ!」
「コンスタンティア様は可愛いお方です」
「言うな! 畜生っ! ああダメ・・イクぅ・・ああーっ!」
 尻の底を勃起に叩きつけるように・・前後にスイングするように・・。
 ロランドの手を取って乳房へ導き、揉みしだかせて乳首を嬲らせ・・。
「ああロランド・・おまえが可愛い・・ああイクぅーっ!」
 ロランドの衝き上げに、コンスタンティアは痙攣して果てていく。おびただしい樹液がコンスタンティアの子宮めがけて噴射された。
 そのときコンスタンティアは、カッと目を見開いてロランドの絶頂を確かめて、そのまま崩れて口づけをせがみ、ロランドの口に舌先を突っ込んだ。
 それでも勃起は萎えていかない。
「ああ来る・・まただ来る・・そんな・・どうしてあたしが・・ああクソっ!」
 キィィーッと金属的な声を最後に、大きなコンスタンティアはがっくり崩れて動かなかった。・・ちょっと重い。

 ロランドがフェデリカの元へと呼ばれたのは、一週間ほどしてからだった。兵の付き添いはもはやなく、ロランドだけは手錠さえもされていない。
 女王にふさわしい白亜の寝室にはランプの明かりが揺れていて、その中へ呼ばれたロランドがやってくる。居室の前で若い衛兵に脱ぐよう言われ、ロランドは全裸とされて入れられた。武器など隠していないのに・・。
「あら裸・・ふふふ若い子だから融通がきかないようね」
 しかしロランドは、見事に変身したフェデリカを一目見て、すべてを理解して微笑んだ。
「今日できたばかりなの。どうかしら? 似合う?」
 純白の白のタイトドレス。シルク。生地が薄く素肌を透かすようだった。
「男たちを見ていて思ったの。この私が世を拗ねて黒ばかりでは男たちが可哀想。女王は女を誇って生きている。それでこその奴隷の幸せ」
「はい、それでこそのフェデリカ様です」
 
 フェデリカは、せっかく着た白のドレスを脱ぎ去って全裸となると、毛のない肉人形のようなロランドに微笑んで歩み寄り、手を引いてポールの片方へと導いた。ロランドはすでに勃起しはじめ、頭を振ってペニスが逞しくなっていく。
「ふふふ若い・・可笑しいほどすぐ勃てる・・」
 微笑みながらポールの後ろへと手を取ると、手錠でも縄でもなく、髪を留めていたヘヤーピンを抜き取って両手の指先に持たせるのだった。手錠よりも厳しい拘束だとロランドは思う。
 亀頭打ちの鞭を持ち、いつものようにワインのコップをロランドに差し出して、
それから女王も一口飲んだ。
「覚悟なさいね」
「はい」
 バシーッ!
「はぅううーっ!」
 いきなりの強い鞭。打たれたペニスがバウンドする。ロランドはピンを指先で握るように耐えていた。
「痛いよね・・うん痛い・・でもダメよ・・」
 バシーッ!
「あうぅぅーっ!」
「ふふふ・・いい声だわ・・ピンを持ったままお座り」

 ロランドの頭に手をやって体を押し下げ、ロランドはポールの下に膝で立つ。
 頭を撫でながら顔を引き寄せるフェデリカ・・そこには金色に輝く陰毛が茂っていて、女王の美しい性の亀裂が透けていた。
 頭を押さえて鼻先を突っ込ませるフェデリカ。牝の匂いが強かった。
「お舐め」
「はい・・ああ、はい!」
 女王の花園は熱かった。蒸れるように濡れている。
 ロランドの舌がクリトリスを捉えて弾くように舐め上げる。フェデリカは奴隷の頭を股間に引き込み、ふるふる震えて立っていた。
「はぁぁ素敵・・なんていいの・・ああ感じる・・」
 しかし女王はロランドの愛撫を引き剥がし、もう一度立たせると、ビクンビクン脈動するペニスの先の濡れを指に取って絡め、そっと静かにしごきながら亀頭をさする。
「はぁぁ・・ぁ・・あぅ!」
「ほうら出た・・よく飛ぶわ・・水鉄砲みたいで面白い・・ふふふ」

 ロランドの射精を目を輝かせて見守ると、後ろ手のピンを一度許してポールから解放し、ふたたび後ろ手にピンを持たせ、奴隷の尻を撫でながら女王のベッドへと導いた。
 柔らかな縁に腰掛け、そっと後ろへ倒れていって、両足をベッドへ上げてMスタイルの性の姿・・ベッドの下に膝で立つロランドは、美しくも淫らなピンクのラビアの閉じる様を見つめていた。
「いいわ・・もっと舐めて・・体の中まで・・さあロランド、おいで・・」
 ロランドは夢見心地でフェデリカの奥底へと顔を埋めた。

 北欧の厳しい冬が過ぎ去った。
 春になって、花屋だったロランドの指図で城内のあちこちに花壇ができた。色とりどりの花が咲き、まさしくクイーンウッズにふさわしい景色ができる。
 城壁も積み増され、石畳と土が見事に分けられ、土の部分のあちらこちらに落とし穴までが隠された。
 二十歳となったキャプテン・カーロが訪ねて来たのはそんな春の昼下がり。十名ほどの配下を連れてやってきて、見違えるように整った城内に眉を上げた。
 配下ではない・・すべてが若い娘だった。

「これはまた・・いつぞやとは見違える」
「いろいろありましてね・・今回はお見せすることができませんが」
 場所によっては工事中。秘密の備えを見せるわけにはいかなかった。
 カーロはうなずく。
「ここが襲われたと知ったのはずいぶん後になってから。すでに冬で何もしてあげることができません。助けを送れず申し訳なく思っております。そこで今日はこのように・・」
 と言うと、カーロは連れてきた女たちを手招きした。
「この者たちは皆、可哀想な定めを背負った女たち。剣は取れませんがお役に立つ者どもだと思います」
 そして女たち十名に言う。
「これからここがそなたたちの住まいだ。フェデリカ様はじめ皆に心からお仕えしなさい。ここにいれば苦しまなくてよい。女らしく生きるのだぞ」
 女たちはいずれも十代の娘ばかり。ごく普通のスカート姿だったが、皆が膝を折ってクイーンウッズの主に礼をつくす。

 そしてそのとき、ピトンのようなかしこまった礼服ではなく、あたかも騎士のような姿となったロランドが、穏やかな笑みをたたえてやってくる。
「この者は?」 とカーロが問うた。
「この私に身を捧げた者・・とでも申しておきましょうか。じつは侍従ですのよ。若いのに、じつによくしてくれます」
 ロランドは騎士そっくりな姿だったが、髪の毛も眉もないという点で、そこらで働く全裸の男たちと変わらなかった。

「私の奴隷とするため去勢してありますの・・」

 フェデリカはそう言って、ロランドに微笑みかけた。
「そうねよ、ロランド」
「はい女王様」
 これには、カーロも連れて来られた娘たちも、一様に呆然とした面色でロランドを見つめていた。若いのにまさか・・そんな眼差しを向けている。

 そしてちょうどそんなとき・・腹のせり出した大きな女が通りががる。男勝りな体をしていて、衛兵ばかりの中にあって普通の着物を許されていた。
「うむ? あの者は・・赤ちゃんが?」
 と、カーロが言った。
 その女は花壇のひとつに取り付くと、同じようにごくあたりまえの着物を着たバティとともに花を摘んで笑っている。
 コンスタンティアであった。

「ときどきこういう間違いが起こるのですよ・・ねえロランド・・」

 くるりと瞳の回る妖艶な笑みを向けられて、ロランドはちょっと眉を上げて首を傾げ、「そのようですね」・・と笑った。

フェデリカ(七話)

七 話



 クイーンウッズを張り詰める闇がつつんでいた。
 敵の襲撃に備え、女兵士の半数が兵士の姿のまま眠り、半数が起きて警護する。城壁の二カ所に設けられた見張り台にも通常二名のところ倍の四名が上がって森の闇へと目を凝らす。
 フェデリカのいる小さな石城を中心に、ややいびつな同心円を描いて女兵士たちの宿舎が配され、外側三列目の並びの中に一際大きな牢舎がある。牢舎はもともと馬と馬車を格納する建物に大きな鉄の檻を運び入れたもの。いまここにいる男たち、およそ三十名が今宵は牢舎にひしめいている。


 ただ一人、ロランドを除いて。


 ロランドは女衛兵四天王とともに戦いの指揮を任されていた。ロランドが進言した迎撃への備えはまだ半ば。広大な敷地を整えている時間はなかった。城の間際だけに石畳を残し、同心円の二列目までは石を剥がして土として、その外側に残った石畳にはガラス瓶を砕いてまいてある。城壁も城に近い部分には水で練った泥を塗り込み、一応はできていたが、周囲一キロを超える長大な石垣ではとても手が及ばない。
 敵はおよそ百だと言う。しかしこれほど広いと散られてしまう。


 そこでロランドは、三列目の若い女兵士たちをすべて二列目以前に集結させて、備えを密にすることを考えた。引きつけておき、まずは弓と二丁だけある火縄銃で応戦し、その囲みを抜けた敵と斬り合う陣形。
 そのとき逆に、剣が使える二十名ほどの衛兵を城壁そばに潜ませておき、挟み撃ちにしようということだ。城壁を登る敵を上から攻めることもできるだろう。
 暗くなる頃まで皆で作業を続け、弁当のような飯を食って半数が眠った。四天王の二人も城内の居室で眠り、アラキナとセシリアだけが、衛兵の精鋭二十名とフェデリカを警護した。
 決戦は城の間際となると誰もが思った。そしてそこには、またしてもロランドの指示であるものが造られていた。石畳の途切れる土のところに城を中心に円弧を描くように、ワラや古いムシロ、枯れ枝などを積んでおき、灯油をまいておく。敵は火の切れ間からしか攻められないし、それよりも照明の役に立つ。海賊どもは海の闇の中での戦いに強いからだ。


 静かな闇が続いた。二時間ほどの間をおいて眠っていた半数が起き出して、起きていた半数が眠る。さらにまた二時間して交代する。フェデリカは居室にいて女王みずから兵士の姿で眠り、交代から戻ってきたアナキナ率いる二十名の兵によって警護された。そこにはピトンもいる。
 その女王の居室の外。テラスのところに、セシリア率いる二十名ほどの兵に混じって、動物の毛でつくった着物と靴を与えられたロランドがいた。ロランドはその場で横になって仮眠をし、そのそばにセシリアが座っている。
「援軍はないだろうね」 とセシリアが小声で言うと、ロランドは指を立てて口に当て、言うなと仕草で示すのだった。
「士気がさがります・・皆が女で怖いんです」
「うむ・・すまぬ」
 城の尖塔の先端に髑髏旗と赤い布。しかし掲げてそれほど経たないうちに陽が落ちた。援軍はないとロランドも考えていた。


 セシリアが言った。
「されどそなた、我らを女扱いするのだな」
「ふふふ、もちろん。勇敢なレディたちだ」
「そうか・・嬉しいよロランド」
 ロランドはセシリアの手を取ってキスをした。
 ここは皆が女。捕らえた男どもに何をしているのか、心のどこかに呵責があって当然だろう。


 さらに時間が過ぎていき、ほどなく朝。しかし初秋のいまは日の出が遅い。
 そのときだった。カンカンカンと半鐘が鳴り響き、戦う女たちの声が響く。
「起きろーっ! 皆起きろーっ!」
 あえてセシリアに叫ばせる。ロランドが言えばこちらに男がいることを伝えるようなもの。皆は一斉に起き出して、あらかじめ指示してあった持ち場へと走り備えを固める。
「あれは海の側の見張り台だ」
 とセシリアは言ったが、ロランドは動くなと言う。海の側は城壁が低いかわりに森が薄く、弓を射かけられればひとたまりもない。そっちは囮、敵は森から来るとふんでいた。城のあるあたりの森がもっとも深い森である。
 ロランドはテラスの下に潜む若い女兵士に告げた。
「火を放て!」
「はい!」
 城の間際に積み上げられたワラやムシロに三方から火が放たれた。灯油をまぶしたワラはゆらゆらと燃えはじめ、導火線を伝うように燃え広がって一気に闇を明るくする。燃える火は目くらまし。火の内側はむしろ暗くなって敵からは探れない。


「うわぁぁ! 何だこれはーっ!」
 城壁を登ろうとして上の方に塗り込めたばかりの土に滑って転がり落ちる。
 城壁の上のわずかな兵たちが、城壁に上げておいた石を落として反撃する。 しかしそれでも、手薄なところ、土塗りの間に合わなかった石垣から、荒くれ男どもが次々と城壁を乗り越えて入ってくる。弓の届かないほど遠くでの侵入にはなすすべがない。
 城壁のすぐ下は石畳のまま。落ちた兵がダメージを受けるから。その先が土となり、こちらも耕してあって足を取られる。
 そうなるとあえて残してある石畳に上がろうとするのだが、そこにはガラスの破片がばらまいてあり、薄い底の靴では足をやられる。
「うあぁぁ足がぁーっ! ガラスだ、痛てぇーっ!」


「ぎゃぁぁ目がーっ! 目が焼けるーっ!」
 そのときテラスへ出てきたコンスタンティアが笑った。
「まんまとはまったね、唐辛子か・・我らには思いつかん話だ」
 ロランドはちょっと笑うと、弓を持つ兵に言う。
「まだだぞ、引きつけて一矢で倒せ!」
「はい! 皆まだだ、射るなよ!」
 セシリア、コンスタンティア、そしてダマラの三人が顔を見合わせて首を傾げた。
 ロランド。この者は機転がきいて凄いと思う。進言されたことがことごとくはまって、まだ一矢も射ていないというのに、そこら中で敵が動けなくなっている。
 しかし敵は予想よりも多かった。百五十はいただろう。遠くの城壁を乗り越えた男たちが次々に、闇に蠢く魔物のようにやってくる


 いよいよロランドが号令した。
「弓! 狙え! いまだ放てぇーっ!」
 射手の数、およそ三十の弓がしなり、一斉に矢を放ち、燃えさかる炎を超えた矢が次々に敵を倒していく。悲鳴、悲鳴、ばたばた倒れていく黒い影。
「弓! 次だ、放てぇーっ!」
 パァァン! 火縄銃の音も響く。
 弓と銃に押し戻される敵。
 そのときテラスでこちらの半鐘が鳴り響く。城壁間際に潜んでい剣の使い手が二十名ほど、一斉に斬りかかる!
 そうする間にも炎をかいくぐって男たちが攻め寄せる。
 コンスタンティアが号令した。
「行くよ! たたっ斬れ!」
「おおう!」
 城を囲む女兵士が一斉に剣を抜いて踏み込んでいく! 剣と剣が交錯して火花を散らし、あっちでもこっちでも壮絶な戦闘となっていく。
 若い女兵士が押し倒されて敵が剣を振り上げたとき、横から風のような剣がきて男の首を吹っ飛ばす。コンスタンティアだ!
「さあ来い海賊! かかって来いやぁーっ!」


 テラスに残ったロランド、そしてフェデリカを警護するアラキナ、二十名ほどの精鋭兵。兵士の姿のフェデリカも剣をとる。
 弓は向こうからも飛んでくる。テラス下の何人かが矢を受けて倒れ、仲間によって奥へと担がれていく。
「まずい・・敵が多すぎる・・」
「うむ、きりがない・・まずは百五十・・もっとか」
 こちらは二百でも、うち五十は未熟。百は戦えても剣で強いとは言えず、実質五十ということになる。弓矢、それにガラスを踏んで敵の五十は崩れ去った。
 しかしまだ百は残る。
 敵が倒れ、しかし味方も倒れ・・このままでは勝てない。
 ロランドは、繰り広げられる惨劇を見下ろして、アラキナにその場を託して立ち上がった。
「どうする? どこへ行く?」
「考えがある、一か八かだ、このままでは殺られる」


 テラスを抜け出したロランドは、闇を這うように、戦いをかいくぐって消えていった。
「逃げたのでは」 と若い兵士が言ったが、アラキナはロランドに賭けていた。このままでは皆殺し。捕らえられて性奴隷にされてしまう!
 そんなテラスの内側で、フェデリカはいよいよ剣を抜いて皆に言う。
「最後まで戦います。ダメなようなら皆自刃するのです」
 居室に残った十名ほどの精鋭兵が一様にうなずいた。


 そんなとき・・男たちの声がしはじめた。援軍なのか・・?


「あれは・・」
 アラキナは目を疑った。牢舎だ。牢にいた男どもが、倒れた敵味方の剣を握って攻め寄せてくる! 男たちは夜には服を与えられていたもの、鎧などはない。去勢されて亀頭を切られたマウスまでが混ざっている。


 フェデリカもそんな様子に愕然とした。
 どうして・・どうして男どもは救ってくれるのか。奴隷となった男たちでも元は兵士であったり騎士であったり。剣を持たせれば皆が強い。男たちはフェデリカのために剣をとった!
 そしてその中にはもちろんロランドも混じっている。
 フェデリカは号令した。
「皆も出ろ、私はいいから皆も出なさい!」
 女王の居室に一人残ったピトン。ピトンはサーベルを腰に持った。


「くそ海賊め! 覚悟せいやーっ!」


 ここにいる男たちのおよそ半数は、海賊に船を襲われて拉致された捕虜だった。海賊への恨みはある。
 男たちおよそ三十名が加わって形勢は逆転した。あっちでもこっちでも敵がばたばたなぎ倒されていく。
 そのときダマラが、二人の男に押し倒されて喉元へ剣を突きつけられる。
「ひっひっひ、おまえは俺がもらうぜ、いい女だ」


「ぬかせ下郎ーっ!」


 横から粗末な着物を来た男が剣を手に躍り出て、二人のうちの一人の胸を深々と抉り、一人を蹴り飛ばして、敵の立ちざま、首を見事に吹っ飛ばす。その男は元兵士。鍛えられた剣は確かだった。
「ダマラ様、お怪我は?」
 男は片膝をついてダマラに寄り添う。その男はドッグ、性奴隷。
「・・うむ、すまぬ、大丈夫」
 男はちょっと笑うとダマラの手を取ってキスをして、剣を握って顔を上げた。髪も眉もなくした男の顔が凜々しく思えた。
「では」
 男は立ち上がると、未熟な女兵士が三人がかりで取り囲む敵に向かって突進していく。


「この俺が相手ぞ! 我らが女王に捧げたこの身! いざ!」


 愕然とした。ダマラは愕然として、立ち尽くしているしかなかった。


 壮絶な戦いは去った。
 敵およそ百五十のうち百三十を打ち倒し、残り二十を捕虜とした。しかしこちらもおよそ三十を失って、その中には、あえなく散った男たちが数名と、あの勇猛なアラキナも消えていた。累々と転がる屍。
 アラキナの最期はフェデリカの腕の中。幸せでしたと言い残して天へと召された。フェデリカは若い女兵士たちに言った。
「捕らえた者どもは、おまえたちで好きになさい。ただし殺さない。すべて去勢して亀頭を落としマウスとします。城をより堅固に造り直すのです」
「はい! ふっふっふ・・可愛がってやろうじゃないか! さあ来い!」
 若い女兵士たち数十名が、およそ二十名の捕虜を引き立てて去っていく・・。

フェデリカ(六話)

六 話



 そんな騒ぎはまたたく間に城内にひろがった。
 このクイーンウッズで戦いがあったのははじめてのこと。看守を務める若い女兵士から話を聞いたロランドは、コンスタンティアを呼んで欲しいと看守に詰め寄った。


「何ですって? 石畳を剥がせ?」
「はい、そのように申します」
 ロランドから忠告された話をコンスタンティアは即座にフェデリカに伝えた。その場にはもちろんピトンがいる。コンスタンティアは言った。
「館の間際はともかく城壁からしばらくは石畳を剥がして土にしろと。道筋を決めておき、畑のように耕して土を柔らかくしておけと言うのです」
 ピトンが言った。
「我らの足場が悪くなるが・・なるほど・・」
 それにうなずき、コンスタンティアがなおも言う。
「敵にとっても足場は悪く、濡れればぬかるんですばやく動けない。石畳に近づくまでは弓で応戦すればよいと。ぬかるむようならこちらは靴底にワラ縄を巻くのだそうです、そうすれば滑らないと」
「・・なるほどね」
「はい。それからこうも申します。城壁を見たいとどうしても言うもので連れ出したところ、石垣の上と外側に粘土を分厚く塗っておけと。それは土でもいいそうですが粘土がなおいいと言うのです」
「ふむ・・それは?」


 フェデリカは興味ありげに目を輝かせる。スズメ蜂を味方にしようとした男の言葉だ。
「石垣に取り付こうとしたときに、乾いていれば土が崩れ、濡れていれば滑って登れなくなるだろうと。いかがいたしましょう?」
 フェデリカはピトンと目を合わせて眉を上げた。コンスタンティアが言う。
「即座にかかれと言うのです。いますぐやれと」
「ふっふっふ・・花屋らしい考えよ。しかし妙案かも知れぬぞ。女のことは後回しに、あやつに指揮をとらせて皆ですぐにでもかかるがいいでしょう」
「かしこまりました、ではそのようにいたします」
 コンスタンティアが去って、白亜の空間にピトンと二人。ピトンが言った。
「あの者は面白い若者ですな」
 フェデリカはうなずいてふわりと笑った。これは痛快。連れ来られる奴隷にそんな若者が混じっていようとは思わなかった。
 館を中心に石畳を敷き詰めて女たちが歩きやすいようにと考えた。ここへきたとき雨のたびにぬかるんで、見た目もよくなく、男奴隷にやらせたことだった。
 
 しかしその日は間もなく夕闇。段取りだけを話し合って、ロランドは牢舎につながれていた。
 皆が部屋へと引き上げて、コンスタンティアがフェデリカの元へとやってくる。
 フェデリカが言った。
「それで様子は?」
「見事なものです。段取りがよく、男どもにはもちろん我らにさえてきぱきと指示をする。粘土などこのあたりにはありませぬゆえ、すでに土を盛り上げて水で練って塗るだけにしてあります。石畳のほうも明日の朝から即座にかかれるよう、あの者が石に印をつけてあり、印のある石から剥がせということで」
「どうやら使える男のようですね?」
「さよう存じます」
「わかりました。今宵私のところへ連れて来なさい。今宵はあの者一人でよろしい」
「かしこまりました、ではそのように」
 コンスタンティアはちょっと微笑んで去って行く。


 夕食を終えた夜になって、ロランドはシャワーを許されて身を清め、フェデリカの寝室へと引き立てられた。手錠がソフトな黒革のものに代えられている。しかしロランドの裸身はあのときのように綺麗なものではなかった。コンスタンティアの厳しい責めが体中に鞭痕を残している。
 フェデリカはあの夜そのまま一糸まとわぬ裸身を晒し、ワインのコップを手に歩み寄る。妖艶だが、今夜のフェデリカの眸の色には恐ろしい輝きが満ちていた。
 小さな乳首を弄び、傷だらけで青くなる尻を撫で、ワインを少し飲ませてやって、そのコップに後になってフェデリカが口をつける。奴隷の後に女王が。
「よもやおまえに指図されようとは思わなかった・・ふふふ・・それもわずか三日だというのに」
 ロランドは口をきかない。まっすぐ女王を見つめながら体中を這い回る女王の手を楽しむように、燃える息を吐いていて、見る間に肉棒がそそり立つ。
「もうこんなにして・・若いわ・・ふふふ・・」
 フェデリカはコップを持たない右手で勃起したロランドをそっと握り、すっかり血腫れの退いた亀頭を指先でそろそろ撫でた。
「ぁぁ・・フェデリカ様・・ありがとうございます」
「いいの?」
「はい、すごく・・ああ出てしまいそう・・むぅぅ・・」
「許しません、ここまでよ」


 それからまた亀頭打ちの鞭を持ち、ペニスをペシペシ嬲ってますます硬くさせながら、尖り勃つ小さな乳首に手首を返した本気の鞭を浴びせていく。左右に数打。そしてまた爪先でそっと嬲る。
「私が与える歓びはこういうことよ。酔うように私を想って出すのならとがめません」
 パシパシと亀頭を打つが、それは強い鞭ではなかった。打たれるたびに頭を振って脈動する若いペニス。そしてとうとう、先端から白い樹液が漏れ出した。
「ほうら漏れた・・おまえは本気で私を想っている」
「はい、フェデリカ様」
「もっと欲しい?」
「はい!」
 パシーッと縦振りの鞭が亀頭にヒットして、悲鳴とともに弾かれたように射精する。
「おほほほ・・可愛いわロランド」
 フェデリカの白き裸身がロランドを抱きくるんで、しかしその手が睾丸を握り締めて苦しませる。呻くロランド。若い勃起は一度の放精では萎えていかない。
 裸身を絡めて刺激しながらフェデリカはにやりと笑い、耳許で言う。
「疑っていた・・素直すぎる・・いまでもそれはそうだから、おまえには試練をあげる。去勢せずに亀頭を奪い、イキたくてもイケない体にしてしまう・・ふふふ、可哀想だわ・・それでもいいわね?」
 ロランドは唇を噛んでうつむいて、涙をためてうなずいた。


「冗談よ。私は魔女だと言ったはず。怖がって泣いちゃう男が大好きなの」
 鞭先で縮み上がる睾丸をパシパシ打って、下かまともに打ち上げる。
「うおぉぉーっ!」
 絶叫。X脚にもがくロランド。しかし痛みが治まるとロランドは睾丸を差し出して目を閉じる。涙が流れて伝っていた。
「もっと?」
「はい」
 バシーッ!
「もっとかしら? つぶれちゃうかも・・」
「はい・・ぅぅぅ痛い、痛いぃ・・ぅぅぅ」
「泣け泣け・・情けない男・・ふふふ、可愛い・・可愛いわロランドちゃん。もういい、寝ましょう」
 フェデリカは全裸の奴隷に着物をかけて、全裸のままベッドに横たわって眠ってしまう。力が抜けて崩れMの字に開かれた脚の底で、女王の性器がおびただしく濡れていた。


 その頃、女同士の激しい性に錯乱したバティが、コンスタンティアの大きな体の上に崩れ去った。崩れてもなお、割り開かれたコンスタンティアの花園を舐めていて、コンスタンティアの太い指がバティの性花を突き刺したまま動かなかった。
 コンスタンティアは輪郭のある意識の中で、私はこのまま子を成すこともなく老いていくのだろうと無感情に考えていた。子を成すどころか、まともな恋さえ知らずに若い衛兵が死んでいった。
「・・あたしの血など残したってしょうがない」
 ランプの消えた闇の中でかすかにつぶやき、そのときになってようやくバティの性器に突き入れたままの指に気づいてそっと抜く。
「ぁ・・ンふ・・コンスタンティア様ぁ・・夢のようです」
「ふふふ、わかったわかった」
「でもコンスタンティア様・・」
「何だ?」
「それは違うと思います・・子を成すは、愛した人の血をつなぐため・・」
 コンスタンティアは、黙ってバティを引き寄せた。メロンのような大きな乳房に抱いてやる。バティは甘えて乳首を含んだ。


「そうして我が子に乳を与える・・ないね・・そんなことはあり得ない。あたしの血はあたし限り。されどあの者・・」
「ロランドですよね?」
「このあたしに可愛い人だとぬかしやがった。頭に血が上ったが、なのに少しも責めようとは思わなかった」
「女ですもの、嬉しくない者はいませんよ」
「それが口惜しいのだ。あたしも女だったと気づかされた。ドッグに対してこんな気分になるのははじめてさ。虎の子とフェデリカ様は申されたが、そうなんだろうと顔を見ていた。男の一途をはじめて感じた。それを感じると女はダメだ・・どうしたって濡れてくる」
「・・はい。コンスタンティア様は素敵なお方・・」
「眠ろう」
 コンスタンティアとバティが抱き合って静かな夜へと沈んでいった。
 そしてそれは、アラキナの部屋でもセシリアの部屋でもダマラの部屋でも・・多くの若い女たちの部屋でも・・同じような闇の中で眠りへと沈んでいく。
 死んだ仲間を思っていてもしょうがない。振り切ろうとセックスに逃げ場を求めているのだ。


 次の日の夕刻前、拷問でボロ布のようにされた全裸の女が、城壁のすぐ外の大木に生きたまま逆さに吊られた。見張られているのは明白。来るなら来いと挑発するようなもの。
 女を操っていたのは複数の海賊たち。少数の海賊たちの寄せ集めと、それを操る大国らしい。女は国の名を言わなかった。


 こういうことだ。横暴だったキャプテン・ブノワは気に入らないが、と言って、その娘に海を牛耳られてはたまらない。名のある海賊たちは続々とクイーンウッズに足並みを揃えていて、つまりは大国の手先ともなると言うことだ。海賊のメンツが立たないし、下手に船を襲えば仲間の海賊が敵ともなる。フェデリカを葬るために手勢そのほか偵察に来たのであった。
 敵の手勢は寄せ集めで百ほどだったが、相手は男である上に、家が滅んだ騎士くずれがかなりの数混じっている。敵国への意趣返しを海賊の力を借りてはたそうということだ。コンスタンティアを持ってしても男一人に苦戦した。


 フェデリカは皆に作業を急がせた。しかし城壁は高さはあって、ぐるりと周囲一キロほどまでに拡張されている上に、石畳の数も多い。マウスと呼ばれる十名ほどの男たちは女兵士に鞭打たれ、泣きながらの作業となった。
 だがそれでも、これほど広いと侵入を食い止めきれない。城内での斬り合いとなるだろう。
 先頭に立って指図しながら働くロランドの元に、ピトンがやってきて言う。
「剣の数は足りている。されどおよそ五十が未熟な娘。弓と槍はそれぞれ二十、火縄銃がたったの二丁。それでどうやって迎え撃つ?」
「助けを呼べば・・」
「どうやって? 外は森ぞ。囲まれているとすれば伝令が殺られてしまう」
「旗は? 非常を知らせる旗はなのか?」
「あるにはあるが・・しかし海から遠すぎる。たまたま通りがかった海賊を呼んでみるか? あてのない気休めよ」
「それでもいい、何もしないよりはいい。そっちを頼む。落とし穴も考えたが時間がない。とても間に合わない」


 ピトンは、ともかく旗をと館へ駆け込む。城の尖った屋根の先に海賊の髑髏の黒旗。それはキャプテン・ブノワの船のもの。女の赤い下着を添えておく。SOSのサインとなるはずだ。
 ロランドは、その場を通りがかった若い女兵士に言った。
「唐辛子はあるか? 粉のカラシでもいいが?」
「は? 唐辛子だと?」
「いいから厨房へ行け。ありったけを持って来い」
「あ・・うん、わかった」
 城壁に取り付く者どもの頭の上からばらまいてやる。目に入ればしばらく痛くて動けまい。
 女兵士が駆け去ろうとしたとき、ふたたびロランドが叫んだ。
「おい! それともうひとつ! ガラス瓶をありったけ! たたき割ってまいておく!」
「ガラス瓶だな? よしわかった!」


 そんな声をコンスタンティアは遠くに聞いた。すぐそばにダマラがいる。
 二人は声のした方を見やって目を見合わせ、眉を上げた。
「あの野郎・・うむむ・・ああクソっ、ムカつく!」
 コンスタンティアが吐くように言って、ダマラは笑った。

フェデリカ(五話)

五 話



 コンスタンティアがシャワーから戻るときちょうど、生成りの着物を与えられたバティが大きなトレイに食事を載せてやってきて、ドアの前でかちあった。
 バティは金色の髪も整えて、化粧まではしていなかったが見違えるようになっている。ロランドと交換したのが朝方だった。フェデリカに召し出されてから何があったのかが想像できた。
「コンスタンティア様、お食事をお持ちしました。この鶏肉と野菜のスープは私がこしらえたものなんですよ、お口に合いますかどうですか・・」
 バティの面色からは恐怖が失せて血色もいい。
「そうか、料理ができるんだな」
「はい少し。私、誠心誠意お仕えいたしますのでよろしくお願いいたします」
「それはあたしに言うことじゃないだろう」
 そのときバティは艶のある煌めくような微笑みを見せるのだった。
「いいえコンスタンティア様、二日の間はともかくも、以降私はコンスタンティア様に委ねるとフェデリカ様はおっしゃいました」
 コンスタンティアは眉を上げて首を傾げるとバティの尻をちょっと叩いて部屋へと迎え入れた。


 衛兵の四天王の部屋はどれもが似たような造りになっていて、セミダブルのベッドがあって、一人用の小さく丸いテーブルと椅子、小さな化粧台、服をかけてカーテンを引くオープンクローゼットが作り付けられている。広さはさほどでもないが一人なら充分な空間だった。
 しかしいまはロランドがいる。ベッドから少し間を空けた石の床に毛布とシーツを重ねて敷いて、後ろ手錠から伸びるロープをベッドの脚にくくりつける。ドッグとなった男どもは、こうして夜な夜な呼ばれては女の気分次第でどうにでもなる夜を過ごす。四天王の居室はまだしも個室で、この同じ建物の中にあったのが、そのほか二百名の女兵士らは階級によって二人部屋、三人部屋、六人部屋に分けられて、その中に何人かのドッグが呼ばれるということだ。
 群衆となった女は怖い。
「テーブルへ」
「はい」と言ってトレイごと食事を置きながら、バティは、昨日一緒に引き立てられて居並んだロランドを見下ろした。美しかった金髪を失って眉さえない。肉の塊のようにされた全裸の男へ、バティはちょっと微笑みかけた。しかし余計なことは言わない。
 
「おまえ今宵は?」
「それがあの・・フェデリカ様が来いとおっしゃられ」
「ほう・・そうか。それはよかった」
 ずいぶん気に入られたものだと思う。コンスタンティアはフェデリカのやさしさも怖さも知り尽くしている。
「最前あの・・お風呂までもご一緒させていただいて」
 コンスタンティアが目を丸くする。
「ますますよかった」
「はい。ですがそれも、『コンスタンティアに尽くせ』とフェデリカ様はおっしゃられ、『おまえの運命を決めるのは私ではない』と・・『おまえはコンスタンティアのものだ』と・・」
 コンスタンティアはうなずいて、去れと言った。


 テーブルに置かれた夕食はドッグのものとはもちろん分けられ、ロランドには陶器の大きなボウルにパンと肉野菜を混ぜて炒めたようなものが入っていて、ミルクカップにミルクが湯気を上げていた。コンスタンティアのものは大きなパンとバティがつくった煮込み料理、別の皿にハンバーグのような肉団子がついていて、赤ワインが添えられる。
 コンスタンティアはベッドの脚にくくりつけたロープを手錠の側で解いてやり、
テーブルのそばで正座をさせた。


「・・ったく、何であたしがおまえに喰わせなければならんのだ」
「申し訳ありません、お願いします」
「黙れ。わかっている。だいたいおまえは・・」
 と言いながらワインに口をつけると、洗い髪を撫でつけて、ため息をつき、それから言った。コンスタンティアは黒人との混血で短くした髪は特有の縮れ毛、肌は浅黒く、けれども白人の顔立ちが混じったようなエキゾチックな表情を見せている。185センチと背が高く、腿など男よりも太いほど。乳房が豊かなのは部屋着の上からでも隠せるものではなかった。尻も大きい。
 スプーンに山盛りに料理を取るとドッグの口許へと運んでやる。
「美味しい」
「あたりまえだ、生きていられるだけ幸せだと思え」
 食べながらうなずく肉奴隷のような姿を見ていると、今宵はなぜか攻撃色が発色しない。やさしくなれているわけではなく、女王お気に入りのドッグであることと、それよりもコンスタンティアは自分自身の変化に戸惑っていたからだ。
 そのまま声もなく食事が終わり、衛兵の姿ではない食事当番のまかない婦の姿となった配下の者が下げにくる。
「ご苦労」
「いえ。めずらしく残されているようですが?」
 食べきれない。コンスタンティアは足下に座る肉奴隷へと顎をしゃくった。
「こんなのがいて飯がうまいはずがない・・けっ・・ときにバティはどうか? 皆に気に入られているようだが?」
「そうはもう、よく働く女ですし、私たちより年上で逆に面倒をみてくれます」
「うむ・・もういい」
 バティと同じような姿でエプロンをした若い女は、頭を下げて出て行った。


 ベッドへ歩んで座るコンスタンティア。テーブルのそばで正座をしたままのドッグに、前に来るよう目で言った。奴隷の薄い寝床に上がり正座をしようとしたロランド。
「膝で立て」
「はい、コンスタンティア様」
 コンスタンティアは、妙に素直なドッグを見下ろし、あーあと声に出してため息をつきながら言う。
「だいたい見極めるも何もないのだ、最初はドッグ、そこからはじめる」
「そうなのですか?」
「む・・」
「はい?」
「ちっ、口が滑った・・あーあ、妙なこともあるものだ。その気になれん。どうしてそう素直でいられるのか・・拍子抜けしてアホらしくなってくる。おまえはいくつだと言った?」
「じきに二十二になります」
「だからだよ、だから妙だと言うのだ。その歳でこうして捕らえられ、女たちのオモチャにされて生きていく。鞭打たれて泣きわめき、小便を飲まされ尻の穴まで舐めさせられて、笑われながら精液を搾り取られ・・まさに犬畜生のごとく生きていくのだ。タイガーとなれぬ限り男へ戻ることはない。マウスなど去勢されて亀頭を切られ、断末魔の悲鳴を上げて女たちを笑わせる。マウスにとっては女の糞さえ餌となる。目力を失って見るも無惨に生きていく。鞭打たれて働いて疲れ切って眠るのみ。運命と言うならそうなのだろうが、そんなところへ捕らえられて最初から素直な者などいやしない」
 ロランドは言った。
「ですからです」
「何?」
「私はこれ以上不幸になりたくない。むしろ兵として剣を持たなくていいところが幸というもの。つまらない上官にすり寄ることもない。敵兵を殺し、敵の女をぶんどって非道を冒すこともないでしょう。私は花屋の次男坊。いつか花でも育てて生きていければいいのです」


 コンスタンティアはドッグの二つの眸を凝視した。
「情けない野郎だ」
「はい、情けなくても、それが私だと思っています」
 コンスタンティアは、座って後ろへばったり倒れベッドに横たわる。そして虚空を見上げながら言うのだった。
「ここは没落した貴族の城だった。移り住んだのはいまから七年ほど前のこと。あたしはその最初からここにいる。アラキナもセシリアも、ダマラだって、あたしより後に来た女たち。二百ほどいる兵だって、最初のうちは海賊どもが集めてくれて、あたしらで鍛え上げた。男もそうだ。海賊どもが襲った船に乗っていた。殺す前に使えるだろうということさ。傷んでいた城を直し、崩れていた城壁を広げながら直し、女だけのクイーンウッズをつくっていった。その間、女たちの何人かが去って行った。タイガーを見初め、腹に子を宿してな。しかしあたしは男など冗談じゃない。二度と嫌だ。奴隷の血が混じったあたしなど、ここを出たら意味のない者となる・・二度と嫌だ」


 言いながらコンスタンティアは、十九歳の若き海賊王の姿を想っていた。
 拒む間もなくあっけらかんと抱かれてしまい、『あなたは素敵だ』・・耳許で言われたときの体の震え・・濡らしてしまった。私は女。どうしたって私は女。心のどこかで女の幸せを求めているのだろうか。
 コンスタンティアは言う。
「・・マウスもつくった・・何人もだ。残酷を楽しんで、そのときあたしはひどく濡れた。男は敵だ、いい気味だと笑っていた。なのに・・ふふふ・・おまえにまで可愛いなどと言われてしまう。どうかしている。今日のあたしはどうかしている」
 ロランドが言った。
「でしたら、そういう気分のときにお呼びくだされば」
 コンスタンティアは鍛えた腹筋で苦もなく体を起こす。部屋着はつまりバティと同じような袖のない生成りのワンピースのようなものだったが、バティの服より丈が長く足首あたりまであるものだ。生地がグラマラスなヌードに張り付いたように見える。
「おまえ何を言ってるのかわかっているのか。責めてくれということなんだぞ」
「希望ですから、それだけが・・」
「希望だと? 諦めではなく希望だと言うのだな? その言葉に嘘があるなら許さぬぞ」
 ロランドは静かに笑ってうなずいた。


 つくづく妙な男だとコンスタンティアは思う。恐怖から逃れようとしてかしづくならわかる。調教の末にできた人格なら理解できる。しかしこいつは、すでに本心から言っていると思えるのだ。
「生意気ぬかすな!」
 パァァン! 大きな右手が頬に炸裂し肉奴隷が吹っ飛んだ。コンスタンティアはハッとした。とっさになぜ叩いてしまったのか、自分の気持ちがわからなくなっている。
 ロランドは後ろ手手錠の不自由な体を蠢かせて起き上がり、涙目でじっとコンスタンティアを見つめたが怒りのような色はみじんもなかった。
「・・足を舐めろ」
「はい」
 足下へとやってきて、地べたにキスするように足指を丁寧に舐めていく。両足をくまなく舐めさせ、体を起こさせるとドッグは激しく勃ててしまっていた。
 この私に対して欲情した・・それに舐められたときのゾクゾクする感覚・・キャプテン・カーロを思い出す。
「そこへ寝ろ、試してやる」
 コンスタンティアは全裸に一枚着ていた部屋着を脱ぎ去った。大らかでダイナミックな褐色の裸身。ロランドの顔をまたいで腰を降ろす・・。


 二日後の朝のこと・・コンスタンティアは衛兵の姿となって全裸のロランドをフェデリカの元へと引き立てた。フェデリカは、コンスタンティアの眸を見ただけですべてを理解したようだった。
「ふふふ、全身くまなく鞭の痕ですか・・可哀想な姿にされて・・」
 コンスタンティアは微笑んで、足下に膝で立つロランドのスキンヘッドを撫でてやり、この二日にあったことだけを報告した。私情を交えず、ただあったことだけを告げる。
「・・まあ最初から便まで・・まるでマウスね」
 コンスタンティアはうなずくと、ふたたびロランドの頭を撫でてやる。
 フェデリカはロランドに微笑みながらコンスタンティアに命じた。
「しばらく牢舎で休ませて手錠を革に替えて出しておやり。それからバティをそなたの部屋で休ませるように。もうひとつ、アラキナをここへ」
「かしこまりました」
 コンスタンティアは一礼してロランドを引き立てて出て行った。


 ほどなくして呼ばれたアラキナがやってくる。もちろん衛兵の姿である。
「まずロランドのことですが、よもやとは思いますが皆でそれとなく監視なさい」
 素直すぎる。万一に備えるためである。ロランドの様子はコンスタンティアから聞かされていて、アラキナは一言でその真意を理解した。
「それから今日、午後になって皆の服が届くでしょう。何人かで名を入れて」
「かしこまりました」
 朝夕、北欧の冷えがやってきている。女たちの服には赤い糸で名を入れて、奴隷の服も配らなければならなかった。


 そして午後。影が伸びはじめた三時頃になって大きな荷車が二台連なりやってくる。町の服屋が届けに来る。人の好さそうな親父が、馬車を操る中年の男二人と、それぞれまだ若い女たち二人を連れてやってくる。
 セシリア、ダマラが見守り、配下の女兵士数人と服屋の二人の女が手早く運び入れている。
 そしてそのとき、館の中から荷を受け取りに出てきたバティが、服屋が連れてきたまだ若い女の一人を見つけると、そのときそばにいたダマラの背にさっと隠れる。
「うむ? どうした?」
「あの女・・そうだわ、あの女・・私の夫は役人でしたが、一度だけ家に来たことがあるんです。あれはスパイ」
「スパイ?」
「その頃はフランスのスパイだったのですが、どこぞへ寝返って消えたと嘆いていました。夫はそういう部署でしたので責めを負わされますので」
「それに違いないな? 確かだな?」
「間違いありません、そんな女がどうしてここに?」
 そのとき、その女が服を抱えて荷車を離れ、館に歩み寄って入ろうとする。すでに二度三度と館の中へ入っている。


 すぐ横をすり抜けようとした女に対して、ダマラは剣を抜いて道を塞いだ。
「おいおまえ、動くな、おまえには訊きたいことがある」
 女はとっさに抱えていた服をダマラに投げつけ、馬車へ向かって走り出し、馬車を操る男の一人が、どこに隠してあったのか剣を抜いて躍り出る。
 セシリアが剣を抜き、数人いた女兵士が剣を抜き、逃げる女は城壁の口へと走り去る。
 男の剣とセシリアの剣が交錯し、女兵士の二人が挑みかかるが一人が斬られる。男は三十代後半で背も高く、単身乗り込むだけあって強かった。騎士くずれだろうと思われた。
 城壁の口へ少しのところまで走る女。横から黒いものが幻影を引きずって飛んできて女の足下へ突き刺さり、女は足を引っかけてもんどり打って転がった。 コンスタンティアの槍だった。異変に気づき方々から女兵士が群がってくる。
「その女、縛り上げておきな!」
 配下に命じ、コンスタンティアは腰の剣を抜き去って、鬼の形相で、女たちが取り囲む男へ向かって突進した。


「退け!」
 輪を空けさせ、剣を振りかざして男へ挑む。
「あたしが相手だ、かかってきな!」
 コンスタンティアは男と比べて見劣りしない大きな体と、見劣りしない剣を振るう。
「セェェーイ!」
 キィィーン!
「なんの! 女ごときに負けるわしではないわ!」
 剛剣と剛剣が幾度となく交錯した。あのコンスタンティアが押されている。
 セシリアが加わって、それでも男は互角に戦う。セシリアがもんどり打って転がって、次にはコンスタンティアが襲いかかる。
「二人とも待ちなさい! 退くのです!」
 フェデリカの声。コンスタンティアとセシリア、それに多くの兵たちが後ずさり、その代わりに円弧を描くように弓を構えた女兵士六名が押し出した。
「放て!」
 フェデリカの号令で四本の矢が放たれ、うち二本が男の胸板に突き刺さり、次の瞬間・・「覚悟せいやーっ!」・・躍り出たコンスタンティアの剣が男の首を吹っ飛ばす。


 しかし・・男に肩を深く斬られた女兵士の一人がダマラに抱き起こされて腕の中で息絶えた。ダマラの配下。わずか二十歳で散った命・・。


「おい親爺、これはどういうことだ!」
 コンスタンティアは服屋の親爺の胸ぐらをひっつかむ。中年の親爺は何がなんだか理解できずに青ざめていた。
「へ、へい、こいつら、てっきり夫婦者かと。半月ほど前にやってきて雇ってやったばかりでして」
「それに違いないな! おまえの企みではないな!」
「へい誓って。ああなんということだ、申し訳ない・・」
 コンスタンティアに突き放されて親爺はへたり込んでしまう。

フェデリカ(四話)

四 話



 翌朝は昨夜からの雲が雨を降らせた。北海に面したこのあたりは日本の北海道より緯度が高く、夏が去って間もなく風が冷えてくる。全裸の男奴隷に着るものを与える時期も近い。
 ベッドを起き抜けて、昨日とは別の黒いショートドレスに身をつつんだフェデリカ。ロランドともう一人のドッグは、それぞれに太いポールにもたれかかるように床に崩れて眠っていた。それぞれの亀頭からうっすらとだが血が流れ、黒く乾いてしまっている。フェデリカが二人のスキンヘッドを撫でてやる。しかし二人ともに目覚めない。疲れ切っているのだろう。
「・・ふふふ、可愛いものね」
 ささやいて、そのときちょうどピトンがやってきて朝の紅茶を持ってくる。ピトンは崩れた二人をチラと見て、フェデリカと微笑み合った。
「この者をどう思いますか?」
「虎の子でしょうか」
 即座の返事。フェデリカが眉を上げて首を傾げた。ピトンが言う。
「すでに見抜かれておいでのはず。少し試練が足りませんが」


 と、そこへ、衛兵長の姿を整えたセシリアとダマラがやってきて、崩れた二人を揺り起こす。
 フェデリカは、まずセシリアに言った。
「その者をコンスタンティアに委ねます。その際『虎の子』と一言だけ伝えてちょうだいね」
 セシリアはちょっと笑う。未熟なタイガーという意味だ。
「これはめずらしい・・かしこまりました、ではそのように。ふふふ、可哀想なことになる・・」
「それでそのとき『女を私の元へ』と伝えておくれ」
 セシリアはうなずくと、起き抜けでぐったりしているロランドを連れ去った。


 次にダマラ。
「その者を洗っておやり。いい子になった。今日は休ませてやりなさい」
「はい、ではそのように。フェデリカ様はおやさしい。愛しています女王様」
 もう一人の男も起き抜けの面色だったが、それを聞いて涙をためた。
 そんな横顔を覗き込み、ダマラが言った。
「よかったわね」
「はい、嬉しい・・ありがとうございます、フェデリカ様」
 フェデリカはうなずいて、ダマラに『もうよい』と言った。
 ピトン一人がそこに残った。


「少し試練が足りないですか・・まさに。けれどあの子・・」
 フェデリカの想いはもちろん伝わる。ピトンは微笑むだけで何も言わず、静かに出て行く。
 残されたティーカップを取り上げて窓辺に立つフェデリカ。雨ではあったが静かな雨。遠くにかすむ北海の海原が今日は鉛色で暗かった。
 さほど間を置かず、同じ建物の階下にいた全裸の女がセシリアの手で引き立てられてやってきた。バティ。夕べの際限ない快楽が、幾分ぼーっとした面色をつくっていたが、女はちょっと緊張していた。
 窓際の席まで後ろ手手錠で引き立てられるも、フェデリカは手錠はいらないと言い、セシリアにも下がるように言うのだったが・・。
「それでセシリア、コンスタンティアは何と?」
 セシリアはくすくす笑う。
「やっぱりね・・ええー嫌だぁって?」
 セシリアは笑ってうなずき、頭を下げて出て行った。コンスタンティアは男嫌いで通っていた。


 残された全裸の女。
「お座り」
「ぁ・・はい・・ですけどこちらは女王様のテーブルですが・・」
「いいからお座り。そなたの体を一目見ればわかります。コンスタンティアに可愛がられたようですね?」
「はい、それはもう・・私あの・・気を失ってしまって・・」
「ほほほっ、そうでしょうそうでしょう、可愛くてならないんだわ。コンスタンティアは奴隷だった母親とのハーフでね、子供の頃に強姦されて男を憎むようになってしまった。ですけど女。化け物みたいな体でもやさしいところはあるのです。さあお座りなさい」
「はい、では失礼いたします、ありがとうございます女王様」
 
 しかしフェデリカは首を横に振って寂しげに苦笑する。
「女王様ですか・・そんな女じゃないんですけどね・・まあいいわ。そなたの名は何と?」
「はい、バティと申し、歳は二十六でございます」
「妻となったのは?」
「はい、一昨年の春」
「料理はできますね?」
「田舎料理であれば少し」
「縫い物は?」
「それも・・それなりでよろしければできるとは思います、主婦でしたので」
 フェデリカはうんうんとうなずくと、雨が濡らす窓の外へと視線をやった。
「今日は雨・・大嫌い・・つまらないつまらない・・そうだわ・・」
 フェデリカは思い立ち、手を叩いてピトンを呼んだ。ピトンはもちろん黒の礼服。すっ飛んでやってくる。
「お呼びで?」 と言いながら、同じテーブルにつく全裸の女に目をやった。バティは恥じらって乳房を抱いてうつむいた。
「ほらごらん、恥ずかしがって。この者に着るものを与えてやって」
「かしこましました、ではすぐに」
 ピトンはバティをちょっと見て『よかったな』と言うようにうなずいて去って行く。


 生成りの綿でこしらえた袖のないワンピースのようなもの。この頃の庶民が着る夏の服。
「しばらくはそれで我慢なさい、じきにそなたの下着や着物を揃えましょう」
 バティはうなずき、うつむいて、涙をためてしまっている。
「夢のようです・・殺されると思ったのに・・夢のようです」
「そなたには・・そうですね、コンスタンティアに仕えながら細々としたことをしてもらい・・たまには私のお風呂にも付き合って」
「お風呂でございますか・・この私が?」
「ずっと独りですからね、女同士語らって入りたい。コンスタンティアもそうですけれど、ほかの皆だって付き合ってくれますが、どうしたって主と家来になってしまう。そなたは違う。奴隷としてきっと尽くしてくれるはず」
「はい! それはもちろん・・嬉しいです」
「嬉しい? ほんとに?」
 泣いてしまったバティ。可愛いものだと思う。
「じゃあこうしましょう、朝食の後すぐにピトンに申しつけてお風呂にさせます。夕べはどうせ汗だくでしょうし・・ふふふ・・そうよね?」
 バティは泣きながらも、ちょっと恥ずかしげな面色をした。


 バティは言う。
「こちらのことを聞かされたとき・・あ、お話してよろしいでしょうか?」
 この女は躾ができているとフェデリカは感じていた。庶民の娘なのだろうが母親がしっかり育てたということだ。料理も裁縫も上手くできるに違いない。穏やかでやさしい女。あのコンスタンティアが許すはずだ。
「かまいませんよ、言ってごらん」
「はい・・ですから、それは怖いところかなって・・」
「私のことも、そう思った?」
「最初に聞いたときは・・おまえなんか性奴隷だと言われていましたので、怖いところなんだろうなって。ですけど女王様もコンスタンティア様もおやさしい方々ばかりで・・」
「そうかしら・・少なくとも私は違う」
「え・・」
「ここにいる男どもにはランクがあって、最下層はマウスと言う。上がドッグで、こちらはまさに男の奴隷犬。下のマウスに至っては生涯を労役だけで生きていく可哀想な者たちです。快楽など皆無。去勢されて亀頭を奪われ、失意の底で蠢くように生きていく。そしてそれを決めるのはこの私。連れて来られて三日のうちに、まるで焼き印でもおすように男の生涯を決めてしまう。私は私を魔女だと思う。したがって黒しか着ない」
 バティは息を詰めて聞いていた。コンスタンティアには聞かされてはいないことだった。


「けれどそなたは同じ女。ここには男の奴隷はいても女のそれは存在しない。コンスタンティアは別として・・ふふふ。そなたはこれからみんなに可愛がられて生きていく。けれどもし背くようなことでもあれば・・」
 バティは首を横に振って言う。
「背くなんて、そんな・・ここを出たら夫殺しの罪人です」
「そうでしょうけど・・それを決めるのも私だってことですよ。辛いのよ、これでも」
 ピトンが、誰に言われたわけでもないのに、大きなトレイに朝食を二人分運んでくる。焼きたての大きなパンと鹿肉のステーキだった。テーブルに差し向かいに並べて置いて去って行く。
「美味しそうね、食べましょう」
「・・ああそんな、女王様とご一緒に・・ああ夢のよう・・」
「そなたには昼食の支度からさっそく加わってもらうわね。これはみなピトンと女たちの誰かがこしらえたもの。お風呂ですっきりしてから加わりなさい」
「はい・・夢のようです・・夢のよう・・」
「ほっほっほ、一度言えばわかります、さあ食べて」
「はい!」
 おそるおそるシルバーナイフとフォークを取り上げて、バティの手が震えていた。


「ったく、どうしてあたしが・・」
「うぷぷ・・くっくっく」
「笑うな・・ええいクソ・・」


 コンスタンティアは不機嫌だった。部屋に連れて来られた全裸のロランドを、自分の寝床のすぐ横にもうひとつ寝床をつくってやって横たえて、萎えたペニスをつまみあげて拭いてやる。シーツに血がつくと面倒だからだ。
 そうやってロランドを休ませて、その目前で裸になって衛兵の姿となる。衛兵の部屋は広くはなく、隠れて着替えるわけにはいかない。
 相手は奴隷。恥ずかしいとは思わなかったが、部屋に男の匂いが漂うだけで腹が立つ。ロランドを前手錠でベッドにくくり、部屋を出たコンスタンティアは衛兵長としての仕事に向かう。
 アラキナもセシリアもダマラもくすくす笑い、それにもまた腹が立つ。
 アラキナがほくそ笑みながら真顔に戻って言う。
「けれど、虎の子とまで言われてはしょうがない」
 コンスタンティアは不機嫌だった。
「そうだよ、まったく・・ああムカつく! あやつがどれほどの男か見極めてやろうじゃないか」
 ダマラがコンスタンティアの肩を叩きながら言う。
「そうムクレるなって。見極めると言ったって体に傷を残すことを嫌われるお方だから」
「わかってるってば! だからよけいにムカつくんだよ! ぎったぎったに刻んでやりたいところだけど・・ああクソっ!」


 コンスタンティアは、その日一日不機嫌だった。
 夕刻前の明るいうちに部屋へと戻る。風呂は部屋にはついていない。一度裸になって一枚着込み、シャワールームへと行くのだが、そのときロランドはもちろん起きて横たわっており、にわかベッドの下に置いたトイレのバケツに小便がしてあった。
「ああ臭っせー! ・・ったく何であたしが・・ああクソっ!」
 ロランドが言った。
「申し訳ありません、どうしてもこらえることができませんでした」
「言うな! わかってる! だいたいおまえは口が多い。思っていても言わないほうがいいことだってあるんだよ!」
「はい、コンスタンティア様、気をつけます」
「・・いいよもう・・妙に素直にされると気色悪い。どれ見せてみろ、チンコの先はどうなった」
 萎えたペニスをつまみ上げて見つめ、捨てるように手を放す。
「腫れはひいた、大丈夫だ」
「はい、ご面倒をおかけしてすみません」
 コンスタンティアは、黙ってロランドを見下ろすと、ちょっと笑った。
「情けない・・男のくせに・・おまえいくつだ?」
「二十一です」
「ちぇっ、大人のくせに女相手に下手に出やがって。シャワーしてくる。それからおまえと飯だ。ここに運ばれて来るだろう。ああクソっ、何であたしが男と一緒に飯を食うんだ! うむむ・・ああクソっ!」


 ロランドがちょっと笑った。体に毛のない全裸の男に笑われると、吐きそうな気分になる。
「あっ、てめえ! 笑いやがったな!」
 男の小さな乳首に爪を立ててツネリつぶす。
「ぅぅ痛い・・コンスタンティア様は可愛いお方です」
「な! 可愛いだと! おーよ、わかった! 帰ってきたらオンオン泣かせてやろうじゃねえかっ! ああクソっ、なんたる言いぐさ!」


 似ている・・あの若き海賊王、キャプテン・カーロに似ているとコンスタンティアは思った。
 『あなたは素敵です』 有無をも言わさず抱かれてしまい、ゾクゾクしたしたことを思い出す。あのときあたしは濡らしてしまった。誰にも言えない秘密であった。

フェデリカ(三話)

三 話


 ピトンと二人の夕食を終えて、フェデリカは最上階・・と言っても三階にある自室へと戻っていた。
 この白亜の石の建造は上より横にひろがった建物で、女王たるフェデリカ、侍従のピトン、そして四人の衛兵長が暮らしている。城とは言えない小さな建物。森を拓いて石垣で一応の敷地をつくり、それはちょうど村のように白亜の城を中心に同心円を描くように建物が並んでいて、女兵士たちが散らしてあった。 貢ぎ物として連れて来られる男どもは、別棟の牢舎につながれているのだったが、そこは女と男のこと。最下層のマウスはともかく、ドッグたちは夜な夜な女たちに呼ばれて牢舎にはいなかった。
 夜になって雲が出たのか今宵は空に光はなかった。女王の居室は円形にゆったり造られて、中ほどに天蓋のない大きなベッド。壁際に大きな化粧台。ドレスを掛ける衣装部屋、それに手洗い場がついている。南向きの窓際にはローズウッドでできた円形のテーブルと椅子が二脚・・豪華であり清楚な白の空間だったが、フェデリカのために、ベッドの足下の側に、左右に少しの間を空けて異様なポールが二本立っていた。


 ポールは鉄で石の床に固定される。高さは二メートルあまり。直径二十センチほどもある太いポールで、白基調の部屋にあってポールだけが黒く塗られていたのだった。
 そんな空間に戻ったフェデリカ。テーブルには白磁のボトルに赤い酒が用意され、やはり白磁の小さなコップが置いてある。フェデリカは黒のロングドレスを着たままで部屋へと戻り、まず先に白いコップに赤い酒を少し注いだ。ワイン。 と、そのとき、セシリアとダマラが衛兵の姿のまま、それぞれ一人ずつ後ろ手に手錠を打った全裸の男を引き立ててやってくる。
 先にダマラが、ポールの一方に事もなげに一人を据える。後ろ手の手錠の片方を外してポールを背抱きにさせ、ポールの後ろでふたたび手錠を整える。脚は固定されていない。最後に木の棒でできたギャグ(猿轡)を噛ませて据え付け完了。
 それからダマラは腰の短剣を抜くと、セシリアが引き立てた新入りの喉元に突きつけて、セシリアがもう一人の男を同じように据え付けていく。
「ギャグはよろしい、後で私がします」
 フェデリカに言われ、セシリアはちょっと微笑んで言った。


「この者はおとなしくしておりました。女たちにいじられて勃起させ、笑われてもなお、ただ黙っておとなしく」
「そうですか、わかりました。それで他の者たちは?」
 その問いにはダマラが応じた。
「男二人は可もなく不可もなくといったところでしょうか。処理の後、配下の者どもに下げ渡したところ、喜んで責め部屋へと引き立てていきました。女の方は、
ついいまコンスタンティアの部屋を覗いて来ましたが、『悪い女ではない、素直でやさしいところがある』 とコンスタンティアが」
「よろしい、わかりました」
 フェデリカは微笑んでうなずいて、衛兵二人は頭を下げて出て行った。


 女王フェデリカと全裸の男二人の空間・・。
 フェデリカは二人に背を向けて黒いドレスを脱ぎ去った。下着さえ着けてはいなかった彫像のような白い裸身。しかしやはり白人の肌とはニュアンスが違う。ウエーブの美しいロングヘヤーは赤毛であり、手入れされた下腹の淡い翳りも黒より赤毛に近かった。乳房は豊かに張り詰めて、くびれて張り出す扇情的な女王の全裸。身につけているものといえばスリッパのような履き物だけ。
 セシリアに引き立てられ、はじめてこの部屋に入った男は呆然として見つめていた。まさか全裸に・・それも神々しいまでに美しい。もちろんダマラに引き立てられた男のほうも、すでに勃起させてしまっている。
 小さく白いコップを手にすると、フェデリカはまずダマラが連れてきた男のほうへと歩み寄り、男の小さな乳首を弄んで妖艶に微笑んだ。
「こうしていただいて嬉しいよね・・ふふふ」
 男はギャグを噛まされた不自由な声で『はい』と応え、半ば勃起させたペニスをさらにビクビク勃てていく。こちらも若い。明らかに若い男。
 フェデリカは、ギャグで閉じない口から唾液を垂らしはじめた男の体を楽しみながら、もう一人の男に言った。


「男は女がいいと言いますが男の体もまた素晴らしいもの・・ほかの皆は知りませんけど男の体はやさしく愛でて楽しむもの・・ほらこうして・・小さな乳首は弄び、分厚い胸には頬を擦りつけ、男の固いお尻を撫でてやると力みが緩んでぷるんと震える・・これが好き・・でも・・ふふふ」
 フェデリカの白い手が血管を浮き立たせて勃ててしまったペニスをそっとくるみ、そろそろと撫でさする。男はかすかに甘い声を漏らしだし、うっとり目を閉じている。
「だからね、そっちの生意気な坊や。私は皆のように男の体に傷をつけたりしないのよ。せっかくの美が壊れてしまう。ですけどここは許せない。心を込めて接してあげると、男は皆、体を狙ってここを勃てる。私もそうして産まれてきた。父は悪魔、母親は借金のカタに売られた娘・・シチリア(=イタリア)の出でね、貧しい家の娘だった。奴隷商人に連れて行かれ、ブリテン(=イギリス)へと渡る船に乗せられて、そのときに私の父、キャプテン・ブノワに拉致された。私はそんな悪魔と淫売の間の子。私の血など私一代で葬りたい。だから私を孕ませることになる男のペニスに腹が立ってしょうがない・・こうしてやるのよ」


 フェデリカは静かに言うと、テーブルに酒のほかにもうひとつ置いてあった黒い革の鞭を手にした。乗馬鞭の先を大きく丸くした、亀頭打ちの鞭だった。
 フェデリカはギャグを噛む男に言った。
「この私に対して勃ててしまった罰ですよ・・ふふふ・・なのに嬉しい・・不思議なものだわ男って」
 男は嬉しいと嬉しいとうなずいた。
 横はたきに赤黒く張り詰める亀頭を狙う。ベシと湿った音が石の空間に響き、ペニスが振り回されて、獣の咆吼そのものの悲鳴が響く。
 男は腰を揺すって痛みにもがき、尻を引き、しかしすぐに腰を突き出し、さらなる鞭をせがむのだった。
「ふふふ、ますます硬い・・いやらしい。よくお聞き坊や、私はね、こうして全裸の私に欲情し、肌を撫でられて陶酔し、亀頭を打たれて涙を流し、イケなくて苦しくて、せつなくて・・静かに泣く男が好き。全裸の私はおまえたちに陰部を見せつけながらベッドに眠る。朝になれば男たちは疲れ切ってポールの下に崩れている。そんな姿を見るのが好き・・」
 数度の鞭で戦士だった男の目から涙がこぼれた。
「ふふふ・・泣いちゃった・・可愛い子よね・・」


 そしてフェデリカは、手の中で鞭をピシャピシャ鳴らしながら、もう一人の新入りの前へと歩み寄る。こちらはギャグを許されている。
 セシリアとダマラが引き立てた二人の男は、髪の毛を剃り上げられたスキンヘッド。陰毛も奪われて脇毛もなくし、顔の中の眉毛さえも剃られていた。それをここでは『処理する』と言う。
 ヌメリとした不気味な風体。男からすべての飾りを消し去った本性の姿なのかもしれない。
 ただ違うのは、ダマラが引き立てた男の体には無数の鞭傷があったこと。
 妖艶な笑みをたたえながら新入りに歩み寄るフェデリカ。
「怖いよね坊や?」
「はい少し」
「素直でよろしい。ですけどおまえは生意気すぎる。心を見透かし、悟りきったようなことを言う。作戦が聞き入れられなかったと言いましたね。どういうことか言ってごらん」
「はい。こちらの兵は2700、敵はおよそ三倍の8000以上。まともにやりあって勝てるはずがありません。そこで私は敵の大軍を草原ではなく森へと誘い込むことを提案した。そういう地形でしたので」
「・・それで?」 と言いながら、フェデリカの白い指先が男の小さな乳首をつつくように弄ぶ。


 男は一瞬、甘く目を閉じ、それから言った。
「そうすれば数千数万という援軍が得られるからです」
「援軍?」
「スズメ蜂の森ですので、心せず踏み込めば・・ンふ・・」
 男は今度こそ熱い息を吐いて目を閉じた。
「ふふふ・・乳首をいじられて気持ちいいようですね」
「はい、ありがとうござます・・気持ちいい・・」
 フェデリカは指先で男の額をちょっとつつくと、一歩離れて体を見回す。
「蜂ですか・・なるほど。子供じみた作戦だということよね?」
「そうです。私は花屋で蜂の怖さは知っている」
 フェデリカはちょっとうなずくと、屹立してビクンビクン揺れるペニスの先にそっと鞭を寄せていく。
「男の名など無用のものですが、おまえの名は?」
「ロランドと申します」
「・・ロランド・・覚えておきましょう」
 そしてフェデリカはテーブルへと戻って鞭を置き、ワインのコップを手にふたたびロランドに歩み寄る。


「先ほどの話・・ここにタイガーなんていないのですよ。男三十数名のうち十名ほどがマウス、残りはドッグ。それはこういうことなのね。タイガーがいなかったわけではない。けれどそのうち女兵士の誰かが私のところへやってくる。さあロランド考えて、何を告げに来るのでしょう?」
 ロランドはフェデリカの美しい眸をまっすぐ見つめて沈黙した。宝石のように輝いている。フェデリカは鞭先で亀頭を嬲りながら意地悪く言う。
「先程来の私の言葉を聞いていればわかるはず・・さて・・ふふふ」
 少し間を空けてロランドは言った。
「結婚させてほしい・・いや・・子ができた・・妊娠したと?」
 フェデリカは眉を上げて首を傾げた。
「衛兵が母となって城を出て行く。腹の子の父を連れてね。おなかに子が入れば、それはすなわち、その男を愛してしまったということで・・」
 フェデリカはワインのコップに口をつけ、少しの飲み残しをロランドの口にコップをつけて飲ませてやって、それからもう一人のドッグ同様に棒状のギャグを噛ませ、テーブルへと戻って行く。
 魅惑的に蠢く白いヒップが美しい。男たちは見つめている。


 女神のような白い裸身が鞭を手にロランドの前に立ったとき、ロランドは勃ててしまったペニスを突き出し、目を閉じた。
「覚悟はいいようね・・いい子」
 横振りの鞭先が亀頭だけを捉えていく。ロランドに数打、もう一人のドッグに数打。交互に鞭打つ。やがて亀頭が青く腫れ、それでも男たちはペニスを差し出し服従する。
 心地よい射精など与えられるはずもない。亀頭の薄い皮膚に血が浮くまで鞭打たれ、ロランドも涙をためた。
「いいわ決めました。ロランドにはもっとも恐ろしい試練をあげる。明日からの二日間、おまえはコンスタンティアに預けましょう。男なんて大嫌い。虫酸が走る。立てなくなるまで責められる・・今夜はもういい、眠りたい・・おやすみなさい」
 フェデリカは全裸のまま、足下の男二人にあられもない姿を見せつけて眠りについた。


 その頃、コンスタンティアの居室では・・。
 めずらしくも連れて来られた女奴隷はフランス女で、名はバティ。歳は二十六であるという。こちらは髪の毛も陰毛も奪われず、最前からひたすらイキ狂ってもがいていた。白い裸身に傷はなかった。あの残酷なコンスタンティアが厳しく接しないということは、バティがやさしい女であったから。夫の暴力に耐えられず殺してしまった。男嫌いのコンスタンティアにとって理解できる話であった。


 コンスタンティアは身の丈185センチ、バティはごく普通のサイズであり、さながら大人が少女を嬲るようなもの。腕力のあるコンスタンティアに腰をつかまれて裸身をYの字に逆さに抱かれ、濡れそぼる花園を舐められている。脚をもがき、大きなコンスタンティアの太い腿を抱き締めて、朦朧とする意識の中で、だらだら唾液を垂らし、泣いて泣いて涙を流し、長い髪を振り乱して悶えている。
「あぁぁ、もうお許しを・・狂ってしまいます、コンスタンティア様・・」
「狂え狂え、ふっふっふ! 毎夜毎夜、至極の快楽を教えてやる」
「ああ・・はい・・生きていられて幸せです」
「そうだな、命こそすべて」
 腰抱きに逆さだったバティの裸身がぶん投げられて大きなベッドにバウンドした。バティは正体をなくしている。頭に血が下がって意識がかすむ。
 ぐでぐでの女体を腕力で開かせて、二本まとめた太い指が、だらしなく開ききった女陰を突き抜く。
「ぁおぉぉーっ!」
 バティの背が折れるほどに反り返り、がたがた痙攣したと思ったら、がっくり崩れて動かない・・。

フェデリカ(二話)

二 話


 十五世紀初頭のヨーロッパは、圧倒的な覇権を誇った古代ローマ帝国の滅亡から絶えることなく続いた、いわば戦乱時代は一応の落ち着きをみせてはいたが、それはいまがそうであるというだけで、地域によっては、支配と反乱、暴動が繰り返されて、血なまぐさい殺戮が横行する頃でもあった。
 列強の国々は足下の面倒な侵略よりも新たな覇権を求めて海の外へと目を向けはじめ、植民地を求め、世紀半ばからのいわゆる大航海時代へと発展していくのである。


 そうした中で国々は海賊どもの扱いに苦慮していた。海を知り尽くし、未熟な軍では勝てないほどの武力を持った海賊ども。バルト海、北海、大西洋、地中海と、新手の輩がゲリラ的に現れて、とても駆逐できるものではない。
 手当たり次第に船を襲われては困る。しかし敵に回せば手強いものの味方に引き込めば水軍として下手な軍より役に立つ。陸続きのヨーロッパ。この頃の軍はすなわち陸軍であり、陸に重きをおいて海の戦いは不得手だった。海上の覇権を握るため、海賊どもとはうまく付き合っておきたいというのが本音であったのだ。


 さて、そんな時代。
 美しい北海を望む国境地帯の緑豊かな丘の上に、『クイーンウッズ』と呼ばれる女ばかりの城があった。フランス王国、神聖ローマ帝国、オランダの三か国の狭間にわずかにあった緩衝地帯の森にある。
 森林に抱かれるように周囲をぐるりと石垣に囲まれた白亜の城。軍事的な意味合いの城ではなく、言ってみれば女だけのハーレムを森と城壁で囲ったようなもの。そこからクイーンウッズと呼ばれるようになっていく。
 城の主は、フェデリカ。
 若く熟した美しい女帝であり、総勢二百名を超える女戦士に守られていて、なぜか、国境を接する三か国は手を出そうとはしなかった。
 フェデリカは、国々がほとほと手を焼いた極悪人、海賊キャプテン・ブノワの娘であったが、その娘がブノワを葬ってくれたことで駆逐の手間が省けたことと、その父殺しで海賊どもの中にあって女王と言われるまでに英雄となっていたからだ。キャプテン・ブノワは、そのやり口の卑劣さに同じ海賊どもでさえ敵対視する者がほとんどだった。


 クイーンウッズに手を出せば油断ならない海賊どもが敵ともなり、その分、うまく付き合っていければ海賊どもとの仲立ちとなってくれる。
 そんなことで国境を接する三か国は、女たちが暮らし向きに困らないよう援助するとともに他国の侵略から守ろうともしてくれる。
 それがますます海賊どもを浮き立たせ『女王フェデリカ』と崇拝されるまでになっていく。身元の知れない女が産んだ、たかが海賊の娘が、国家を従えて君臨する。これは痛快。まさに海賊の誉れというわけだ。


 十九歳の若き海賊王、キャプテン・カーロが去ったその日、夕刻前になって隣国からの届け物がやってきた。軍の馬車で運ばれて、城内に捨てられるように置いていかれる。
 二十歳そこそこの若い男が三人と、今回はめずらしく二十代の前半らしい若い女が一人混じっていた。男たちはいずれも敵兵の捕虜であり、一人混じる若い女は罪人。本国で処刑するべきところ、活きのよさそうな若者を見繕って、こうして置いていくのである。
 表向きは女ばかりで男手がいるだろうということだったが、そのじつ貢ぎ物。女ばかりでセックスに飢えているだろうという失礼きわまりない話であった。
 クイーンウッズには、侍従のピトンが唯一の男性だったが、そういう意味でならいま現在三十名ほどの男たちが暮らしている。殺されてしかるべきところを救われた・・というだけでクイーンウッズは天国だったに違いない。


 運ばれた者たちは女兵士によってボディチェックを受け、つい先ほどキャプテン・カーロと語らったテラスの奥の、床も壁も天井も白い石で造られた広間へと引き立てられる。広間には奥側に二段の段差を経て石の王座が据えられて、黒いロングドレスのフェデリカが穏やかな面色で座る。
 壇上に四天王が居並んで警護をし、座の後ろにはピトンも控え、王座から見下ろす石の床に貢ぎ物が並べられる。男三人、女が一人。そしてその背後に若い女兵士が貢ぎ物一人に二人ずつ立って監視した。
 女は最初から全裸とされた。男どもはパンツだけの裸。
 女は男と違ってよからぬものを隠せる穴を持っている。ボディチェックのとき脱がされて着るものは与えられない。四人ともに後ろ手に取られ、幅広の鉄環を太い鎖でつなぐ手錠を打たれている。


 フェデリカは、四人の貢ぎ物を見渡して、まず先に女に問うた。その女は白人であり、淡い茶色のロングヘヤー。陰毛は濃く、赤茶けた毛の色だ。小柄だが乳房が張って、男好きするいい体を持っている。
「おまえはなぜ捕らえられたのか、応えなさい」
 女は羞恥よりも恐怖に頬を青くしながら震える声で応じた。
「夫殺しです・・大酒を飲んでは乱暴ばかり。許せなかった。夫は国の役人でした」
「ふむ・・なるほど。子はいるのか?」
「いいえ、まだ・・」
 それでフェデリカは、横に居並ぶコンスタンティアを手招きし、それからまた女に言った。
「おまえはもうよい、下がりなさい。ここにいるコンスタンティアに可愛がってもらうことですね。言うまでもなく死罪になるべき女。コンスタンティアの言うことをよくきいて生きていくしかないのです」
 フェデリカが横目に目配せすると、コンスタンティアは女の背後に立つ配下の兵士に向かって手を挙げて、連れて行けと命じた。両脇を抱えられて女は立たされ、コンスタンティアを含めた三人の女兵士がその場を退く。


「さて男どもよ、おまえたちは敵兵の捕虜であり、これもまた処刑されてしかるべき者ばかり。最初に訊きます。ここは女ばかりの城。男であるおまえたちに何ができるか、左から言いなさい」
 フェデリカから向かって左・・三人並ぶ男の右にいる男が言った。
「私は兵士。できることと言えば剣に弓、馬はもちろん。されどそれぐらいのものでしょうか」
「ふむ。次、真ん中のおまえ」
 二人目も同じような答え。男たちは皆兵士であり長身で体もよかった。三人が三人金髪。裸にされると肌が白く、それぞれ整った顔立ちをしている。
 二人目の声を聞いてフェデリカはちょっとため息をつき、残った男に視線をなげた。三人の中でその一人だけが最初から態度がよくない。
 男は言った。
「私など花屋の次男坊。駆り出されて戦ったのみ。剣でも槍でも未熟ゆえ、こうして捕らえられてここにいる。できることと言えば軍略と・・後は花を育てるぐらいのもの」
「軍略と言いましたね? それは?」
「作戦参謀という意味です。私の主はフランス王国に仕えておりましたがローマに寝返り、それでローマに責められるとふたたびフランスに寝返った。戦いの中で私は少数で多数を倒す戦術を進言したが聞き入れてもらえず、結果このザマだ。仕えた家は滅亡した。しかしです・・」
 男はキリとした視線を向ける。
「しかし?」
「それとて、できると思い込んでいるだけやもしれません。花を育てるぐらいしか能のない男です」


 この者は違うとフェデリカは直感した。身の丈というものを心得ているし、言うだけの自信もあるのだと考えた。
 フェデリカはちょっと考える素振りをすると、セシリアに言った。
「セシリアは残りなさい。他の皆はもういいでしょう、いまの一人を残して二人連れて行くように」
 それから男三人を見据えたフェデリカ。
「三人ともよくお聞き、ここは女の城であるということ。私たちは支配者ですが皆が女であるということ。わかったら二人はもういい。ダマラ、アラキナ、連れてお行き」
 衛兵長二人の指図で、背後にいた二人ずつの女兵士が男たちの髪の毛をひっつかんで立たせ、一人が腕を取って引き立てていく。


 石の広間に一人だけ残された半裸の男。背後には二人の女兵士が立っていて、壇上にはフェデリカとセシリア。
 と、そのときフェデリカは、男の背後に残った女兵士二人と、壇上で背後に控えたピトンにも下がれと言う。
 皆が消えた白亜の広間に音のない静けさが漂った。
 フェデリカが言う。
「いまの私の言葉、それからおまえには、ここでの男の扱いについて話しておきましょう」
 男はきっぱりとした視線でフェデリカを見上げ、かすかに眸でうなずいた。
「もとより死罪となる男たち・・その最下層はマウスと呼び、労役のみに生きる奴隷とされる。去勢され、快楽の根源たる亀頭を奪われて、働くだけの存在とされて生きるのです。次の階層がドッグ、つまりは犬ということで、女たちの慰み者。ときどきで接する女の心ひとつでどうにでもなる性奴隷。そして最後の上層はタイガー。下穿きだけは与えられ、可愛いペットとして飼われていく。下層二つは男は全裸。そしてこの三日のうちにその扱いを決してしまう。わかりましたね?」
「はい、確かに承りました」
 フェデリカは、それを聞いても動じない男に対して少し微笑み、衛兵セシリアと眸を合わせて、それから言った。


「おまえは腹をくくっているようです。それを知った上でのさっきの問い。おまえにできることは何か、よく考えて応えなさい」
 男はうなずくと、しばし黙って考えて、おもむろに顔を上げた。
「あなたさまにお仕えすること」
「私に? 私だけに?」
「すなわちレディを尊ぶことで、心あるドッグとなれればいい。しかしそれはレディのためではなく私自身のため」
「おまえのため? ずいぶんな口をききますね?」

 男は言った。
「先ほども申し上げましたが私など所詮、花屋の次男坊。好んで剣を取ったわけではないんです。なのにこのありさまだ。一度は死んだ命、私はこれ以上私を不幸にしたくない。どんなことをしても生きていく。そのときに、この状況でレディたちに愛されなければ生まれた意味がありません」
「愛されなければ・・ふふふ・・」
 フェデリカは隣で苦笑するセシリアと目を合わせた。

 男は言った。
「されど・・」
「ええ?」
「愛されるとは、その前に献身すること。奪われる命を救ってくださったお心に報いること。あなた様は最後に人払いをしてくださった。私へのお心使いではないかと受け止めているんです」
 フェデリカは眉を上げた。これほど聡明な男子はそうはいないと直感できる。
「まあいいでしょう・・そういうことならパンツをお脱ぎ、全裸です」
「はい、フェデリカ様」
 男は手錠で不自由な後ろ手で白いパンツを尻から降ろして脱ぎ去った。
 身の丈180センチ弱。細身だが胸板は厚く、腹の筋肉が浮き立った若い体をしている。体のわりにペニスは小さく、陰毛までがやや茶色がかったブロンド。
 女二人は眸を輝かせて全裸を見つめ、そうされても動じない男の眸を見下ろした。


 そこではじめてセシリアが口を開く。
「ドッグでいいのか? なぜタイガーを求めない?」
 男はちょっと笑って言った。
「身の丈です。上を望めば邪念が生まれ、それは媚びとなっていやらしく映るでしょう。徴兵されて嫌な上官を散々見て来た。まっぴらだ、もういい」
 フェデリカは静かにうなずいて、傍らのセシリアに言いつけた。
「この者を処理した上で私の部屋へ」
「しかし・・はい、かしこまりました、ではそのように・・」
 いきなり女王の部屋へ・・とは思ったのだが、兵であっても同じ女。男の心は見通せる。
 セシリアは壇上を降りて男の背後に立つと、後ろ手錠の手を取らず、歩けと背中を押しやった。


 二人がいなくなると、独り残されたフェデリカは、虚空を見上げてちょっと笑った。
「生意気な小僧・・ふふふ・・口だけでなければいいが・・」
 黒いロングドレスが裾をなびかせ、白い石の空間から消えていく。

フェデリカ(一話)

一 話


「フェデリカ様、キャプテン・カーロと申される若き海賊王が、単身、訪ね来ておられますが、いかがいたしましょう?」
「キャプテン・カーロ・・ほう、そうですか、若き男がたった一人でこの城に? 聞かぬ名ですが?」
「はい、こう申し上げてほしいということで・・『キャプテン・ニコの息子であり、父の死にともなって一族を引き継ぐこととなりました。その際ぜひにも一度フェデリカ様にお会いしてくるよう父に申しつけられております』・・と。またこうも申されました・・『突然のことでもあり、ぶしつけな訪問であることをお許しください』・・と」
「キャプテン・ニコ・・ふふふ、あらそう、あのニコの坊やですか。折り目正しい者のようですね? ピトンはどう思います?」
「はい、私も同じく感じております。若く溌剌とし、それは麗しい美男であって、敵意などなし」
「わかりました、今日は天気もよろしく、テラスへお通しするのがいいでしょう。それから四人を呼び集めること。どの程度の者かを見極めます」
「かしこまりました、ではそのように・・」

 黒い礼服。ピトンと呼ばれた小男が礼を正して去って行くと、フェデリカは石の窓辺に立って豊かな森に目を細めた。
 キャプテン・ニコ。名はもちろん知っていた。バルト海から北海にかけて暗躍する海賊王の一人であり、フェデリカ自身の父と争った男の一人でもある。
 そのニコが跡目を託した男であれば、さぞ颯爽とした青年だろうと考える。
 突然、しかもたった一人で。それもまた笑えるほどの暴挙。憂鬱の日々をおくるフェデリカにとっては、久びさ心が浮き立つような思いがした。
 テラスは豊かな緑に向かって拓かれて、はるか眼下に北海が見渡せる。初秋の晴天。海原はどこまでも碧く、綿のような白雲がちらほらと浮いている。
 白亜の大理石で造られたテラスは広く、中ほどまでが建物の屋根の下。やはり白亜の大理石で組んだ楕円のテーブル。木の切り株のように丸くかたどった背もたれのない大理石の椅子が添えられる。降り注ぐ陽光は暖かく、さながら春の陽気であった。

 その白いテラスに、光線の具合によってはヌードの透ける黒のロングドレスをまとってフェデリカが現れる。薄いドレスに無粋な下着のラインはない。
 白い石のテーブルには侍従のピトンによって紅茶が出され、眩いばかりのブロンドの青年が座っていて、テラスの四隅に四人の女兵士が控えていた。
 女兵士はそれぞれフェデリカを警護する衛兵の長であり、四人ともに男勝りな長身。歳の頃なら二十代の末から三十代のはじめあたりか。赤い革でこしらえたショートパンツのようなものを穿き、すらりとした脚線も露わ。上半身は鉄の板をはめ込んで鎧を兼ねたコルセットのような上着で乳房の中ほどまでを隠していたが、しかし女のラインを際立たせて扇情的。乳房の膨らみの上半分から肩までをそっくり露出する姿。靴はそれぞれ黒い革の軍靴であり、腰には大振りの太刀を差している。
 クイーンウッズの四天王。そう呼ぶ者もいるほどの剣の使い手。それぞれに美しい女戦士だ。
 フェデリカが姿をみせると四人の女兵士はそれぞれちょっと膝を折って礼を尽くし、フェデリカと微笑み合って静かな真顔に戻っていく。

 そんなフェデリカが現れると、カーロと名乗った青年は、さっと席を立ってレディを迎えた。しかしフェデリカは一目見て可笑しくなった。海賊らしさのかけらもない、どこかの貴族の平服。礼服ではなく平服。きっちりした身なりなのだが気取ったところがどこにもない。もちろんサーベルは携えていたのだろうが、剣は入るときにピトンに預けられているはずだった。
 剣も持たない青年。つまり、どこにでもいる育ちのいい青年。そんなムードのカーロ。歳の頃なら二十歳あたり。カーロは、このクイーンウッズの主、フェデリカへ向けてちょっと微笑み、座へ歩み寄るフェデリカのもとへと静かに歩むと、座ったフェデリカの足下に片膝をついて深く頭を下げたのだった。

「あら、気持ちのいいお方ですわね、そのように最敬礼など・・ふふふ」

 フェデリカはカーロの姿が可愛く思え、初対面にもかかわらず、その綺麗なブロンドの頭に手を置いた。するとカーロは、さらに身を小さくたたんで、サンダルのようなフェデリカの履き物にそっと手を添え、足先にキスを贈った。
 フェデリカはやさしく微笑み、カーロの腕を取って頭を上げさせ、そのまますっぽり抱きくるむ。
 そんな様子を四人の女兵士は見守って、それぞれ目を丸くした。男がプライドで生きたこの時代、それのできる男は少なかった。
「キャプテン・カーロ・・お若く、しかも大きなお方・・ありがとう」
「いいえ、とんでもございません。父に言われております、フェデリカ様から学べと。父は先月、病で亡くなり、そのときに、一族を束ねる前にぜひとも一度訪ねて来いと」
「そうですか、ニコ様のことはもちろん存じておりますわ。バルト海の勇者。穏やかなお方であったようですね」
 カーロは笑う。
「穏やかでも海賊は海賊。ただ父は、婦女子は決して粗末にしない。町人の船は襲わない。その点だけは誇れるものと思っております」
 そしてカーロは唐突と言う。

「けれどフェデリカ様、何ゆえ黒をお召しになられる? あなた様には美しき白あるいは美しき赤がお似合いだと存じますが?」
 片膝をついたまま見上げるカーロのブルーアイがキラキラ輝いて魅力的。
 フェデリカは目を丸くして眉を上げた。フェデリカはカールの強い赤毛のロングヘヤー。眸は茶色。肌は透けるように白くても白人の白とはニュアンスが違うイタリア系のエキゾチック。
 フェデリカは言った。
「父を手にかけたときから白は着ないと決めております。私は父殺しの大罪人、もはや魔女ですからね」
 この時代、黒は悪魔の闇として忌み嫌われた。
 カーロは言う。
「それは違う。失礼ながら、あなた様のお父上、キャプテン・ブノワは、あまりの鬼畜働きで海賊仲間の間でも嫌われた人物。襲えば皆殺し、婦女子はさらって売り飛ばす、散々な悪行を重ねたまさに大罪人。その父上を娘のあなたは成敗された。それは胸のすく行いで、以来、我らならずとも海賊女王として尊敬されるあなた様。そのようにお考えになられることはない。魔女どころか女神様」
「まあ女神様? この私が女神様? おっほっほ、これはまた嬉しいことを。それにいまは海賊でもありません」


 笑いながらフェデリカは、今度こそ腕を取ってカーロを立たせ、すぐ隣の椅子を勧めて座らせる。初対面の男を隣に座らせるなどかつてなかった。四人の女戦士は、それぞれちょっと苦笑して、わずかだが信じられないと言うように首を振る。


「それでカーロ、いま手勢はいかほどなので?」
「はい、船四艘にそれぞれ三十余名。船の二艘はぶんどった軍艦であり、左舷右舷のそれぞれに大砲が七門ずつ備えてあります」
 すなわち総勢百数十名。海賊の中の海賊。大海賊の長となるべきカーロだった。歳はまだ十九だと言う。驚くほどの若輩ながら、あのキャプテン・ニコが見込んだ男。海上で戦えば下手な軍では勝てないほどの武力を誇る。
「いいわ、気に入りましたよ、私みずから案内して差し上げましょう」
 そう言うと、フェデリカはテラスの四隅に立って控える衛兵たちに手を上げた。
 四人の女兵士が四方から歩み寄り、そのときフェデリカは同時に侍従のピトンまでをも呼び寄せた。ピトンは小男。黒い礼服を常に着込み、フェデリカの身の回りの世話をする。ピトンがすっ飛んでやってくる。
「剣をお返しして差し上げなさい」
「しかしフェデリカ様」 と、とっさに女兵士の一人が言ったが、フェデリカは微笑んでうなずきながら言う。
「カーロ様はお若くても尊敬できるお方です。失礼な真似はいけません。そなたたちも持ち場にお戻り。私一人で充分です」


 ピトンが立ち去ろうとするとフェデリカが呼び止めた。
「遅くなりましたがご紹介いたしますわね。こちらがこのクイーンウッズ唯一の男性で、侍従のピトン。宦官であり私の世話をしてくれます」
「宦官・・それはどういう?」
 宦官とは、とりわけ女帝に仕えるために去勢された男を言う。
 フェデリカが言った。
「私の父が捕らえた敵兵でした。処刑されるところ、私の母イラリアが宦官を条件にもらい受け、いまでは私に仕えてくれる。ピトンはいま四十二歳、捕らえられたのは二十歳そこそこの頃でした。私はいま三十よ。小さなときからピトンに守られて育ったの。いいわよピトン、剣を早く」
「かしこまりました、ただいますぐに」
 客人に礼をして下がっていくピトンを横目にフェデリカは言う。
「可哀想な人なんです・・あなたの言うように娘たちを犯して売り飛ばし・・そういうことがありすぎて私は父を許せなくなっていた。正直なところ、この私も母が誰だかわかりませんのよ。イラリアに抱かれて育ったというだけで・・イラリアもまた略奪された女でしたし・・」
 カーロは声もなくうなずいて、歩み去るピトンの小さな背を見つめていた。


「さて、この四名ですが」
 周りを囲む四人の女兵士にフェデリカは微笑みかけた。
 と、カーロが先に声を出す。
「もしや四天王と言われる?」
「おっほっほ、ええ、そうです四天王。女ですのに四天王とは失礼な話だわ。ねえみんな」
 四人それぞれちょっと笑ってうなずいた。フェデリカが言う。
「皆が剣を使う。下手な騎士では勝てないほどにね。こちらから、アラキナはイギリス人、セシリアはフランス人、ダマラはギリシャ人、そして最後に、コンスタンティアはイギリス人ですが、ごらんの通りで黒人との混血です。それぞれに悲しい過去を抱えている。四人ともに衛兵の長であり、それぞれが五十名あまりの配下を抱える。ここに暮らす総勢二百余名の皆が女兵士。それが我々のすべてですのよ」
 カーロはちょっと首を傾げた。
「すべて? 失礼ながらお訊きしてよろしいでしょうか?」
「どうぞ?」
「ここへ案内される途中、多くの男たちを見かけました。皆が半裸で・・あれは奴隷?」
 フェデリカは眉を上げて言う。
「という訳でもありませんのよ。それは案内して差し上げながらお話しましょう」


 カーロが席を立ったそのときに、ピトンが銀色に輝く鞘に収まったサーベルを手にして歩み寄る。衛兵たちではなくフェデリカみずからが受け取ってカーロに持たせてやるのだった。
 カーロは剣を手にすると腰には差さず、敵意のない証として右手に持って、それから四人の女兵士に一人ずつ歩み寄り、手を取ってキスをおくる。
 揃って居並ぶと四人の女兵士は長身だったし鍛えられた屈強な体を持った。男のカーロが180センチほど。対して女たちは175センチから185センチの間と皆が大きく、とりわけ混血で褐色の肌を持つコンスタンティアは185センチと背が高い。女王フェデリカは168センチ。それでも長身の女性だったが、こうして居並ぶと小さく見える。


 思わぬキスを手に受けて、アラキナが微笑んで、セシリアが微笑んで、ダマラが微笑み、しかしコンスタンティアだけが手を出さない。
 フェデリカは笑って言った。
「コンスタンティアだけはおよしになったほうが賢明ですわよ。コンスタンティアはどうしようもないレズですの。男なんて大嫌い。女以外に濡れない女ですからね」
「フェデリカ様ぁ・・もう・・」
 ちょっと拗ねたような面持ちのコンスタンティアに、フェデリカは声を上げて笑った。


 カーロは明るい仕草をして言う。
「ではこうしましょう」
 両手をひろげて流れるように歩み寄り、後ずさるコンスタンティアの歩みよりもわずかに早く、大きなコンスタンティアをそっと抱く。コンスタンティアは鎧のコルセットからはみ出す乳房を隠すように両手で我が身を抱きながら、カーロにすっぽり抱かれてしまう。
 その耳許でカーロが言った。
「あなたは素敵です、尊敬の念を込めて・・」
 そしてすっと離れていく。
 フェデリカは、そんなことを平然とやってのける若いカーロに目を細め、そして言った。
「さあ、まいりましょうか。皆はここでよろしい、持ち場に戻っていなさい」
 恋人のように二人並んで歩み去る姿をあっけにとられて見送って、テラスに残された四人の中でコンスタンティアが言うのだった。


「どうしよう・・あたし震えた・・」
 三人がほくそ笑んでコンスタンティアを見つめた。
「ダメ・・ゾクゾクする・・」
「はいはい、行くよ。 虫酸が走るってか? あっはっは!」
 アラキナに大きな尻を叩かれて、コンスタンティアは、小さくなっていくカーロの背をチラと見て、歩きはじめた。