2016年11月16日

三人姉妹(終話)


終 話


 傲慢なところのある姉がじつはMっぽく、うじうじタイプだと思っていた妹がSっぽかった。女の性(さが)の不可解というのか、ひた隠しにしているものを解放すると見定めたときの女は怖いと早苗は思った。

 その希代美は、早苗と性を貪り合ったことで朝になっても興奮が冷めやらない。子供の頃から三姉妹の中で内向きに封じてきたものが出口を見つけて噴き上げている。若く未熟な母性の暴走だと早苗は感じた。可愛いから虐めてみたい。女にはそういうところがあるものだし、ひとたび残酷が発動すれば、ハッと気づいて母性が押しとどめるまで突っ走る。
 おとなしい妹のどこにそれほどの激情が潜んでいたのか・・一線を超えて肌を合わせた妹は、弾むようで見ていて楽しい。

 しかしまた早苗は、そうした妹への思いとは別に、姉の亜希子の本性を見てみたいと考えるようになっていた。日頃の理性的な姉の姿から、SM小説を読みふける姉を想像できない。それでオナニーぐらいはしたのだろうか? 姉の中にも潜む激しい性を知っておきたいし、この際、妹の暴走に付き合ってみるのも面白いと、わくわくする想いも感じていた。
 妹のS、姉のM・・そんな中で私自身はどうなるのかという好奇心も捨てられない。
「どうするのよソレ?」
「餌よ餌。ボウルごと土間に置いてやってお尻を上げさせて食べさせる・・ふふふ、想像したら濡れてきちゃう」
 亜希子の朝食。トーストとベーコンエッグ、レタスのサラダ、それにインスタントのトマトスープ。二人と同じ食事だったが、希代美はそれらを白いプラのボウルにぶちまけて、ハンバーグを練るように手を突っ込んで混ぜてしまう。まさに犬の餌だった。
「ちょっと可哀想ね」
「可哀想なもんですか、マゾらしい朝食だわよ。こういうときってハンパはダメよ、どん底まで堕としてやらないと・・うぷぷ・・あははは!」

 緑の森は朝露にすがすがしく輝いていた。
 たくさんの餌の入ったボウルを持って小屋に入ると、全裸の亜希子は、太い立ち柱を背抱きにさせられ、古びたムシロの上に座ったまま、がっくりと首を折って生気がなかった。夕べは一睡もしてない。漆黒の闇の底で震えて過ごした一夜だった。
 小屋に入ってすぐ希代美はそばに置いたトイレのバケツを覗き込む。
「あら、おしっこだけ? ウンチはしなかったんだ? あははは、なんとまあおしっこ臭いこと・・あははは!」
 ゆらり・・長い髪を垂らして顔を上げる亜希子。希代美はそんな姉の前にしゃがみ込み、顔に垂れる髪を掻き上げてやって、すっかり弱くなった姉の眸を覗き込む。
「少しはこたえた? 闇の中で反省した?」
 亜希子はこくりと首を折り、見る間に涙があふれてくる。
 第三者を決め込む早苗。しかしゾクゾクする不思議な興奮を感じていた。虐待される全裸の女の悲壮感がたまらなくエロチック・・。
「お返事は! あたしが言ったことに応えなさい! 少しはこたえた!」
 と厳しく希代美は言って、姉の頬を強く叩いた。ぴーんと小屋の空気が震えるような音がする。
「・・はい、ごめんね希代美、早苗もごめん、許してちょうだい」

「ごめんね希代美? 許してちょうだい? たいそうな口きくじゃんか! 言葉に気をつけな!」
 亜希子の眸が恐怖に竦み、全身に鳥肌が騒ぎだす。
 希代美は、綺麗な乳房の先でツンツンに尖っている姉の乳首を両手につまむと、爪を立て、乳房が伸びきるほどに引き上げて、乳首で吊って姉を立たせた。亜希子は痛みに呻き、涙をこぼして立ち上がる。
 それでもグリグリ乳首をひねりつぶし、髪を振り乱して泣く姉の顔を覗き込む。
「痛いよね、痛い痛い。これからはちゃんとなさい! 姉だなんて思わないで!あたしやお姉ちゃんの言うことに即座に応える。いいわね!」
「はい、ごめんなさい、気をつけます」
「お許しください希代美様でしょ! タメ口きいてんじゃねえよ!」
「はい! お許しください希代美様、早苗様・・ぅぅぅ・・うぅぅーっ!」
「泣くな、うるさい!」
「はい希代美様!」
 唇を固く結んで幾度も幾度もうなずく亜希子。希代美は振り向き、早苗にちょっと目配せすると、やさしくなって、乳首から手を放す。

 そしてその手で亜希子の髪を撫でつけてやり、肩や腕を撫でてやり、白い乳房を今度は揉んで、白い腹をそっと撫で、指先がデルタの毛むらへと降りていく。
「脚を開きな」
「はい希代美様」
 毛を撫でた指先が、亜希子の奥底へと差し込まれる。
「ぁ・・ン・・」
「感じる?」
「・・はい」
「ほうらやっぱり・・濡らしてる・・ふふふ」
「・・はい・・ぁぁ・・ン・・」
「素直になさい。そうすれば可愛がってあげるから」
「・・はい・・ああ感じる・・いい」
「いい?」
「はい希代美様、すごくいい・・」
「夕べ怖かったね・・悲しくて寂しくて・・」
「はい・・怖くてあたし・・ぅぅぅ・・」
 亜希子は静かに泣いていた。クレバスをまさぐる手の動きを喜ぶように、亜希子は腰を入れて性器を希代美へ差し出した。
 クチュリ・・クチュリ・・いやらしい濡れ音がしはじめて、白かった亜希子の頬に紅がさし、吐息が熱くなってくる。
「このままイキたい? イカせてほしい?」
「はい希代美様・・いいの・・ああ感じる・・溶けそうなの・・」

「でもダメよ・・ご飯持ってきてあげたけど、その前に鞭の味を教えてあげる・・ふふふ・・だけど可哀想なんかじゃない・・マゾだもんね、お姉ちゃんて・・」


「なるほど、そうやってエスカレートしていった。それはSMのようなものだったということですな?」
「はい」 と早苗。
「それで亜希子さん、あなたは裸のまま二人に連れ出されて山へと入った。いわゆる調教・・全裸露出というわけですか?」
「はい」 と亜希子。
「それでたまたま、あの崖のあるところを通りががかり、早苗さんと希代美さんとの二人で、崖っぷちまで亜希子さんを引き立てようとし、そのとき足下の地面が崩れて早苗さんと希代美さんが崖下へと転落した?」
「はい」 と亜希子。
「崖の上に取り残された亜希子さんは、崖下を覗き込み、十メートルほども高さがあったことと、二人がまるで動かないことから、これは大変だと近所の民家に駆け込んだ。もちろんあなたは全裸だった」
「そうです、これは事故であり・・その・・あくまでもSMで・・」
「うむ、SMの延長にあったことで殺意はない。あくまでも事故だった?」
「それはそうです、事故でした。姉が突き落としたとかではなくて、私たちの立った崖が崩れたんです」
 と転落した早苗本人が言い、希代美も黙ってうなずいた。
「なるほどですね。そういうことなら事件とは言えませんな。あのへんは数日前の豪雨で崩れたばかり。地盤が緩んでいたんでしょう。高さはあっても崩れた土がふわふわだったからクッションとなって二人は奇跡的に無傷。亜希子さんの通報も早かったから事なきを得たということで・・しかしですね」
「はい、やりすぎでした、反省します」
 と力なく早苗が言って、希代美がまたうなずいた。

 その日の昼前のことだった。森の中から突如として全裸の女が現れて、家のそばの民家に飛び込み、警察へ通報された。家の鍵は早苗が持っていて崖の下。亜希子は家に入れず、裸のまま隣家へ飛び込んだということだ。
 姉妹二人が崖下に転落したと言う。警察とレスキューが出動したももの、崖下に落ちた二人は念のため病院で一夜を過ごすも、まったく無傷。全裸で現れた亜希子の体にも傷らしきものはない。
 鞭打ちを言い出した妹を止めようとして早苗が山での露出を言い出したというわけだった。
 知らせを聞いた父も母も駆けつけて、三人は厳重注意だけで解放された。

「希代美、おまえはしばらく俺と残れ。二人はママと帰るがいい」

 宗太郎が言い出したことだった。帰りの車中、運転は早苗、亜希子と母親の希美子は後席に並んで座っていた。
「・・だけど父さん、どうするつもりなんだろ?」
 と、運転しながら早苗は言って、ルームミラーの中の母を見る。
 後席では亜希子が母親の横顔をうかがった。
 希美子は娘二人の視線を感じながらも、なぜかちょっと微笑んで、窓の外を流れていく見事な緑に見入っている。
「・・躾けるおつもりなんでしょう」
「躾ける?」 と、後席の亜希子が問うた。
「お父さんは凄いお方よ。かつての私もそうだったけど・・」
「どういうこと?」 と、早苗はルームミラーをうかがった。

 希美子は言う。
「女手ひとつになった私は絶望していた。この先どうしようって、もう真っ白。そんなときお父さんに導いていただいた。お父さんは素晴らしいS様よ」

 早苗は息を詰めた。宗太郎は実の父。そんなこととは知らなかった。

 そしてそのとき、希美子の実の娘である亜希子が言った。
「やっぱりね、そうだと思った。だからあたし小説とか読んでみようと思ったの。ご主人様に導かれる女って、どんなだろうと思ったもん」
 希美子は笑う。
「あら知ってた? ふふふ」
「偶然ね・・着替えをチラと見たときに・・高校の頃だった」
 と亜希子が言い、母の希美子はそっと娘の膝に手をやった。
「乳首でしょ?」
「そうピアス・・」
 早苗にとっては、ハンドルを握りながら、そんな声がどこかかなたから聞こえてくるようだった。母は義母という想いがあって、三姉妹の中で私だけが距離を置いていたことを思い知らされる。

 希美子は言う。
「白状しちゃうね。そうなのよ、クリトリスにもピアスがあるわ。私はお父さんに調教されて・・でもだから安心して生きてこれたの。だからね二人とも、希代美のことはお父さんに任せましょう。今度のことを知って、お父さんは希代美が危ういと感じたんだわ。あの子はどうしようもないマゾだもん。どうしようもない自分に腹が立ってしかたがないけど、どうしていいかもわからない。その攻撃を亜希ちゃんに向けただけ。自分を見定められず寂しくて不安定。いきなり崩れたからエスカレートしてしまう。激しいだけのSは、Mへの憧れの裏返し・・」
 それに対して早苗が言った。
「だけど彼が・・好きな人がいるんだよ?」
 そのとき亜希子が言うのだった。
「あの子、言わなかったんだ? 私が壊したようなものなのよ・・じつを言うと、あの二人、とっくに冷えてしまってる。結果的に邪魔してやったようなもの・・希代美をあんなふうにしたのは私。なのにあの子、私に女の姿を教えてくれた・・可愛い妹・・」


 ピシーッ!
「きゃぅぅーっ!」

 亜希子がつながれた小屋の中の太い立ち柱に、全裸の希代美が、柱を抱かされ縛られていた。
「よくこうしてママを泣かせた。何に迷う? 何が怖い? 何が苦しく何が口惜しい? つまらない自分を吐き出してしまえ。痛みを信じろ。嘘のない自分の声だけを信じて生きろ」
「はい、ご主人様・・あたしずっと、もがいてて・・」
「もういい考えるな。体をもがかせ心を静めるのが鞭というもの・・」
 穏やかな父の声に、娘は圧倒される安堵を感じた。

 ピシーッ!
「きゃぅぅーっ! あぁンあぁン、ご主人様ーっ!」
「ママもそうやってエロチックに尻を振ったさ・・」

三人姉妹(四話)


四 話


「お姉ちゃん、あたしってヘン?」

 森林に抱かれるような小屋を出て坂を下りながら、希代美は妖しく濡れる眸で早苗に言った。血のつながらない妹だったが、希代美は子供の頃から早苗に懐き、実の姉の亜希子よりむしろ早苗にいろんなことを話してきていた。早苗のほうが聞いてくれるし話しやすい。
「どういうこと?」
「あたし濡れてる・・わかるの・・いますごく濡れてるの」
 妹の気持ちはわからないでもなかった。早苗自身が微妙に揺れる女心を感じていた。全裸にされた亜希子は驚くほど弱く、じつは寂しい女だった・・怖がって涙をためる姉を見ていて、自分と同種の女だったとほっとする気持ちもあって、だからこそ可愛く思える。
 希代美は言った。
「可愛いのよ、あの人が。あたしとあの人、似てるでしょ。二つ違いの双子のようだとずっと言われて、何かにつけて比べられているようで・・何をしても勝てないし・・。でもね、そんなあの人を見てて可哀想でならなかった。いつかきっと辛くなるって思ってたし、そのときあたしは内心ほくそ笑んでいるんだろうなと思ってさ」
「ザマミロって?」
「そうそう、ザマミロって。なのに不思議なんだな・・彼のことにしたって、あの人が想ってるのは知ってたでしょ。だから口説かれたとき、あたしのほうから積極的になれていた。奪ってやるとまでは思わなかったけど、勝ったって・・あたしは勝ったって思ったとたん、あの人が可哀想になってきた」

 複雑な想いが揺れていると早苗は感じた。二十五にもなって多感期というのもおかしな話だろうが、希代美にはピュアなところがあり、どちらへ転ぶかわからない少女の危うさを秘めている。幼さという怖さがあるということだ。
「怖いの助けてって泣いてたわ。素っ裸で一晩闇の中で震えてる。あの人はお化けが怖いの。その正体、なんだかわかる?」
「性的な不安よね」
 早苗にだってそういうところはある。求める性と奪われる性では天国と地獄。にもかかわらず女は奪われる性に憧れて、だからこそイザとなると恐ろしい。
 希代美は言う。
「不安というか渇望よ。あの人の場合は渇望、面倒な自分を押し倒してくれる人を待っている」
「だけどそれ・・女ならたいがいそうだわ、私にだってないとは言えない」
 そんな早苗の言葉に、希代美はちょっと唇を噛んで慈愛を感じさせるエロスを発散しながら言うのだった。
「共振できるの。あんなふうにされたら私だって泣いちゃうから。あの人には可哀想が必要なのよ」
「可哀想が必要?」
「もしあたしなら、なり振りかまわず可愛くなれる・・あの人にもそうなって欲しいんだ」
「可愛くしてあげたい?」
「だって、そういう人だもん、ほんとはあたしと同じ女・・意地悪だしエッチだし、そんな自分に自己嫌悪・・あーあ、あたし何言ってるのかしらね、わかんなくなってきた・・」

 希代美の頬が上気している。この子は激しく興奮していると早苗は思った。
「好きなんだね亜希子のこと?」
「あたりまえじゃない。てか嫌いになれるわけがない。お姉ちゃんのことだってそうだよ。あたしあのとき十歳だった。急に増えたもう一人のお姉ちゃん。裸になると同じ女だし・・」
「ふふふ、あたりまえだよ女だもん」
「そうだけど、でも・・あたしあのとき、この人ってどんなだろうと実の姉と比べて見ていた」
 斜陽にキラキラ瞬くような希代美の眸。早苗は見つめられて目がそらせない。「それで? どう思ったの?」
「さあ・・よく覚えてない・・覚えてないけど、ふふふ・・嬉しかった」
「嬉しかった?」
「だからわからない・・何がどう嬉しかったのかもわからないんだ。お姉ちゃんはやさしかった。だけどその分、あの人が辛くあたるようになっていた」

 早苗はハッとした。私だけが外からの子。微妙な負い目があってやさしくしていた気がする。その分亜希子は実の姉として厳しく妹に接してきた・・亜希子をそんな女にしてしまったのは私かもしれないと考えた。

 しかし希代美の本意を聞けたのはよかった。こんなことになってしまい、どうなることかと思っていた。
 希代美が言った。
「任せてね、お姉ちゃんのこと。今度のことをきっかけに変われるよう、こてんぱんにやってやる」
「希代美・・まさか奴隷にするつもりじゃないでしょうね?」
 希代美は目を丸くして笑う。
「それならそれでいいじゃない。可愛い女にしてやりたい。弱さを隠すから辛くなるの。お姉ちゃんは強いからわからないでしょうけど、弱い女の過剰なガードはみっともないし、下手に壊れると人生が狂ってしまう」
「それを希代美が壊してあげる?」
「そう、あたしが壊してやりたいの」
 姉を想っての仕打ちなら、そうひどいことにはならないだろう。
 しかし早苗はちょっと哀しい。
「だけど希代美」
「うん?」
「私のこと強いと思う? 強い女だって思ってた?」

 希代美はすっと寄り添って腕を絡めた。
「目標だったの。子供の頃から二人のお姉ちゃんが目標だった」
「亜希子のことも?」
「もちろんよ、あたしにとっては二人いるお姉ちゃん。一人は強張り、一人はソフト。両方見て育ってきたから・・」
 希代美に腕を絡められて歩いていると、いつの間にか家の裏手に着いていた。ガタつく板戸を開けて中に入り、早苗が明かりをつけようとしたときだった。 希代美が抱きすがって眸を見つめた。
「ねえ・・あたしダメ・・濡れてる・・すごいことになってるみたい・・」
 早苗は声を返せなかった。性をせがむ女の眸・・目が据わって息が熱く、性の対象として見つめられる。普段ならごまかせても、亜希子のことで共犯だという思いもあって、非日常に興奮する妹の気持ちもよくわかる。

 山の夜は太陽が稜線に沈むと、さーっと闇が配られる。希代美が姉の両肩に手を置いて、据わった眼差しで、姉を壁際へと押しやって追い詰めたとき、ちょうど窓に黒い影が横切るように、森の夜が忍び込む。
 早苗は一瞬体を固くしたのだったが、妹の性愛を拒む気にはなれなかった。 抱き合って触れるキス・・きつく抱き合い、舌が絡む深いキス・・。
 そしてそうしながら、妹の手がジーンズの前を開け、パンティの中へと滑り込んでくる。冷えた指先がデルタの毛を分け、静かな性裂へと落ち込んだ。
 早苗は少し腿をゆるめ、希代美の女心を受け取った。

「ほら熱い・・ああお姉ちゃん・・あたしにもシテ・・ねえシテ・・」
 希代美は自らのジーンズの前を開け、そうしながら早苗の足下にしゃがみ込んで、姉のジーンズを下ろしにかかる。
 ピンクのパンティと一緒に力任せに引き下ろし、つま先から抜き取ると、姉の毛むらの奥底へと顔を埋めた。
「匂う・・」
「ヤだ・・臭いでしょ」
「ううん、いいの・・女の匂い・・あたしと同じ牝の匂い・・」
 足下に膝をつき、姉の花園に鼻先を突っ込みながら、希代美の両手が早苗のTシャツに滑り込み、ブラを下から跳ね上げてBサイズの乳房をつつみ、揉みしだき、すでに充分尖っていた二つの乳首を愛撫する。
 希代美の舌先が濡れはじめた姉のラビアを舐め上げて、クリトリスをつつくように刺激した。

 声を噛んだ。体が震えた。
「感じる・・ねえ希代美・・はぁぁ感じる・・」
「うん・・あたしも・・お姉ちゃん好きよ・・ねえシテ・・あたしにもシテ・・」
 絡み合ったまま二人は古びた畳に崩れ落ち、今度は姉が妹を脱がせていく。
 妹と言っても希代美のほうが背が高く、シルエットでも女の肉が豊かだった。
 全裸にした妹のあられもない姿に、早苗は、いつの間にこんなになったのかと、あの頃の妹を思い出す。
 Mの字に割り開かれた牝の根源は、あさましいまでに濡れていて、ラビアが閉じていられずに、鮮やかなピンクの内臓までが見えそうだった。
 そんな妹の両膝を手につかんでさらに開かせ、早苗は顔を埋めていく。
「いやらしい・・ヌラヌラしてる・・」
「だって・・ああ見ないで・・だってあたし・・ひぃぃ・・」
 金属的な希代美の女声は、早苗が知る妹の声ではなかった。
 尖らせた舌先は苦もなく妹の花底へと飲み込まれ、その一瞬、希代美は弾かれたように裸身を起こし、そのときCサイズの乳房が揺れて、乳首がしこり勃っていた。
 希代美は姉の腕を取ると引き上げて、私も私もとせがむ眼差し。早苗は裸身をずらしていって、妹の性花を舐めてやりながら、妹の顔にまたがって、濡れそぼる早苗自身を妹の口許へと押しつけた。

 尖らせた妹の舌先が下から一気に貫いた。
 尖らせた姉の舌先が上から一気に貫いた。

 白い肉の塊が絡み合い、互いにわなわな震え、腰が反り返って手がもがき、抑えきれない愛の声を放射しながら貪り合った。
 上質の酒に酔ったような陶酔の中で希代美が言った。
「虐めてやるんだから・・うんと虐めてやるんだから・・あの人は屈服する・・屈服するしか許されない・・お尻が青くなるまで打ってやる・・おしっこぐらいは飲ませてやりたい・・プライドなんて壊してやる・・そんなことになったら・・きっと可愛い・・ねえ、ねえ・・イク・・」
 極限の興奮はむしろ静かなアクメを連れてきたようで、希代美の裸身は激しく痙攣しながらも声は弱く、そのまま崩れて動かなくなっていく。
 早苗には意識はあった。妹の言葉も理解はできたが、早苗もまた酔うように崩れていく。

 闇の中で抱き合っていた。深夜だった。
 早苗も希代美も、はじめて知った女同士の愛に震えて眠れなかった。
 横寝になって妹は姉の乳房に顔を埋め、姉は妹の背を撫でている。
「いいよね、こういうの・・」と希代美は言って、しこりの解けた姉のやわらかな乳首を含み、そして言った。
「こういうの、ずっとずっと・・ときどきでいいから」
「そうね、いいと思う・・そのときは亜希子も入れて姉妹三人・・」
「もちろんよ・・三人姉妹なんだもん・・それぞれ結婚するでしょうけど、ときどきこうして抱き合って眠りたい。いまごろ、あの人・・ふふふ、怖いでしょうね」
「きっとね・・真っ暗なんだし・・」
「素っ裸で・・それも縛られて動けない・・くくくっ、いい気味だわ」
「お薬よね」
「毒薬かも知れないけれど・・女って一度そうなると奈落の底かも・・救われるならどんなことをしてもいいと思えてくる・・それが牝の本性なんだわ・・奪われて、のたうちまわり・・だけどそうするうちに素直になれて、なり振りかまわず果てていける・・」
「・・そうかもしれない・・恐ろしいことだけど女はそうかもしれないね・・」

 姉の手が妹のデルタの底へと忍び込み、妹は嬉々として腿を割って受け入れる。その妹の手が伸びてきたとき、姉は躊躇なく性を開いて受け入れた。
 早苗が言った。
「涙も涸れて震えてる・・霊感なんて、もしほんとにあるのなら囲まれてしまってる・・森の魔物に・・」
 希代美が言った。
「怖くて怖くて拒絶するけど拒めない・・その濡れを知ってほしい・・あの人は素敵な淫乱・・マゾだもん」
「マゾ・・そうなの?」
「SM小説が隠してあった。古い本なんだけどしまってある。辛い自分が苦しくて、こっそり隠れて読んでるんだわ・・」

 それは知らなかった。
 早苗はそれで合点がいった。姉の願望を知り抜いて、だから妹はその世界へ連れていこうとしていると・・。

三人姉妹(三話)


三 話


 この子は実の姉をどうするつもりだろうと、早苗は怖くなる思いがした。
 妹二人に組み伏せられて全裸に剥かれた亜希子は、睡眠薬の朦朧もあるのだろうが、逆らって暴れるでもなく、まるで子供が得体の知れないものを怖がるように、両手で乳房を抱いて震えていた。恐怖のあまり顔色が白くなっている。

 ちょっとヘンだと早苗は思う。日頃あれほど強い態度をみせる姉が、裸にされたとたん萎縮してしまっている。いつだったかアメリカの大学で行われた実験を思い出す。心理学的にどう言うのか詳しいことは覚えていなかったが・・そうだ身体境界・・皮膚境界とも言うらしいが、性的に満たされない女ほど裸にされることを怖がるのだと言う。
 そういうことかも知れないと、異常なほど怖がる亜希子を見ていて、日頃の姿がいかに殻に覆われたものだったかを思い知らされた気分だった。

 全裸にされた亜希子は美しかった。肌が白い。Cサイズの乳房は形よく張って、ほどよくくびれ、性のニュアンスに満ちた尻へと美しいウエーブを描いている。デルタの飾り毛も手入れされているようで、慎ましやかに女体を彩る。
 亜希子は潔癖症とまでは言えないだろうが考え方が完全主義で、その分女性はこうあるべきだという理想を抱えて生きている。それを妹たちにも押しつけるところが嫌味。自分の立つ位置まで引き上げてやりたいという思いなのかも知れないが、とりわけ二つ下で実の妹の希代美に対して厳しかった。
 そうした抑圧への反動が希代美を魔女に変えている。限度を超えさせるわけにはいかないが、こういうとき少しは合わせてやらないと女はかえってヒステリックになるものだし、こうなってしまっては共犯だという思いもあった。

 しかし妹二人は性的に虐待する道具のようなものは持ち込んでいなかった。 SM・・姉を性奴隷にするつもりはない。いいや、そんなつもりじゃなかったと言うべきだろうが、希代美は明らかに性的に興奮していた。おとなしいうじうじタイプだったから、鬱積したものが噴火のように衝き上げる。
 たまたまそこに巻いてあった使い古された細いロープ。後ろ手に手首を縛り、その縄尻を尻の谷をくぐらせて前へと引き上げる。二重にした縄が性裂に食い込んで、亜希子をますます追い詰めていく。
 顔色がなくなって全身に脂汗・・全身に鳥肌がぷつぷつと・・綺麗な乳房の先では乳首がしこって勃っていた。
「さあいいわ、外へ出なさい! 父さんの仕事場を見に行くの!」
 激しい羞恥と恐怖の両方が睡眠薬の効果を超えた。亜希子はがたがた震えながらも立てるようになっている。
「嫌よ・・ねえ希代美、ごめん・・謝るからひどいことしないで・・ごめんなさい」

 ああ可哀想・・女はこうも変わるものかと早苗は思った。
 しかし希代美は勝ち誇ったように君臨する。
 ロープを引くと性器に食い込み、デルタを突き出して歩くようになる。
「ほうら、こうしてあげる、感じるでしょ! あははは! 真っ昼間の全裸露出よ。上に行って濡らしていたら許さないからね! さあ出なさい! 歩くの!」
「嫌よーっ、嫌ぁぁーっ!」
「うるさい! 騒ぐと目立つよ! こうしてやる!」
 道に面した玄関先ではなく仕事場へと通じる裏口まで、希代美は縄を引いて素っ裸の亜希子を引きずり降ろし、そのとき柱に渡した針金に干してあったタオルをとめる青い洗濯バサミを毟り取ると、揺れる乳房の先で尖る二つの乳首を無造作につぶしていく。
「あっ・・あっあっ・・痛いぃ」

 そのときだった・・亜希子は唇を噛んで目を閉じて、痛みを楽しむような熱い息へと変化する。一瞬のことだったが早苗はそれを見逃さなかった。
「諦めな! 言うことをきかないと体中傷だらけにしてやるよ! そこらの枝で鞭打ちだからね! おまえなんか奴隷なんだよ! 泣いたって許さないから!」
 
 早苗は後ろから姉の綺麗な尻を手先で撫でた。
「ですってよ。おとなしくしたほうがいいわ。上で父さんが創ったものを見て来よう、いろいろあるから。父さんを馬鹿にして妹をひどく言い、私のことだって姉妹だなんて思っていない。私たちは妹なのよ。私たちの前でいっぺん壊れたほうがいいんだから」
 亜希子は可哀想な姉を後ろから抱いてやり、きっと痛い洗濯ばさみを外してやると、乳房を揉んで、少しつぶれた乳首の丸みを戻すようにコネてやる。
「ン・・ぁぅ・・ンふ」
 声が甘い。
「ふふふ・・感じるみたいね。おとなしくしてないと泣きわめくことになるからね」
 この状況で、亜希子にすれば、穏やかに話してくれる早苗にすがる思いだったのだろう。
 おとなしくなって、希代美に縄で引かれるまま、鬱蒼と茂る森へ出る。
「早く歩かないと蚊に刺されてぼろぼろよ」
 早苗はすぐ前を歩く白い姉の尻を撫でながら、その先にいてほくそ笑む希代美と目を合わせて微笑んだ。
 希代美が言った。
「おとなしくなったじゃない、それでいいのよ、さあ行くよ」

 引かれる縄が毛のデルタを分断して性器に食い込み、亜希子はますます熱い息を吐いている。
 重かったんだと早苗は感じた。姉は賢い。自分の性格の嫌なところを姉はもちろんわかっている。
 前を行く希代美が言った。
「ほらほら、もっと早く、おっぱい揺らして歩きなさい。ふふふ・・いい気味だわ」 希代美の引き手も力が抜けた。そうひどいことはさせたくない。姉妹に溝ができてしまう。早苗は姉を守ろうと考えていた。
 家の裏口から人一人が歩ける道筋がついている。坂はそれほどキツくなく、道筋は草が払われていて林床の土がむき出し。希代美と早苗はスニーカー。全裸の亜希子にもスニーカーだけは履かせてあった。
 傾斜がキツくなるところで道筋は右へ左へ折れ曲がり、振り向いても家が見えなくなる。怖いほどに茂る夏の森。前を行く希代美は左手に縄を持ち、右手には家にあった木の棒を持って足下を探りながら歩いている。蛇は怖い。

 距離にすれば遠くはなかった。山がそこだけ拓かれて、煉瓦で組んだ頭の丸い窯が見え、その奥に小さな小屋が建っている。小屋も古い。そこはかつて山に暮らした樵たちが休む場所として造られた。国産材が売れなくなって打ち捨てられていたものを宗太郎が手直しして使っている。小屋の奥は杉の林。
 窯の焚き口がススで黒くなっていて中には薪の燃え残り。さすがにここには電気はなく、大きな灯油ランプが置かれてあった。小屋のすぐ裏手には自然のままの湧き水があって、そこから樋で水を引き、大きな壺に透き通った水が満たされる。野鳥が濃い。小鳥の声がそこらじゅうから聞こえてくる。すがすがしい森の微風。
 窯のそばへと歩み寄ると、森が拓かれて空を覆う枝葉がなくなり、日溜まりのようになっている。時刻は五時過ぎだっただろうが夏の森は明るかった。
 素っ裸の亜希子はすっかりおとなしくなっていて、素直に脚を運んでいた。
 殻が割れた・・締め付けていた重圧から解放された女の姿だと早苗は思う。
 けれども希代美の残酷は失せていない。二十五歳の若い怖さが希代美を突き動かしているようだった。

 ガタつく板戸を開けて小屋へと入る。入ってすぐ、置いてあった殺虫剤を噴霧して蚊取り線香に火をつける。ヤブ蚊が多く、そうしないと蚊取り線香が効きだす前に刺されてしまう。
 小屋は、足踏み式のろくろが据えられた少しの土間と、四畳半ほどの板の間でできていて、泊まれるように布団が一組きっちりたたんで置いてある。土間の壁と狭い部屋の一面に分厚い板で棚が造られ、上薬をかけて焼き上がった器と、焼く前の粘土のままの器がいくつも並ぶ。
 小屋に入って、希代美は、後ろ手に縛った縄尻を天井の梁を通して引き上げて、そうすると亜希子は両手を背に引き上げられて立ったまま、前屈みに乳房を垂らしているしかない。
 そうやって裸の姉を動けなくし、希代美ははじめて見る父親の仕事を見渡した。

「へええ・・これを父さんが創ったんだ・・」
「そうよ。父さんなりに一生懸命。やっとちょっと認められるようになって、それでたびたび京都へ出かける。師匠のような人もできたんだって」
「ふーん・・凄いよコレなんか・・綺麗・・」
 早苗は嬉しい。
 希代美が見つめるのは、大きな巻き貝の口を上に向けたような花器だった。茶の湯の茶碗もあれば皿もある。一つとして同じ物のない手作り。不揃いだったが、それが陶芸の魅力でもある。

 しかし希代美の本意はそこにはなかった。
「さて・・」 と言って、横目に早苗をにやりと見つめる。
「この女よ・・どうしてやろうか・・ふっふっふ・・許さないから」
 狭い小屋の中。全裸で後ろ手に吊られた姉に歩み寄り、いきなり乳房を握りつぶしながら尻を撫でる希代美。右手が無造作に尻の谷底へと差し込まれていく。亜希子はとっさに尻を締めたが、パシと叩かれて力を抜いた。
「やっぱりね・・濡らしちゃってべちょべちょ・・ふんっ、すました顔して、これがこいつの本性よ。ほらもっと脚を開きな! 可愛がって欲しいんだろ!」
 亜希子は泣いてしまっていた。小屋に入ってますます恐怖が増したのか、総身震えて泣いている。
 後ろから性器をまさぐる妹の手・・亜希子は脚を開いて尻を突き出し、愛撫をせがむ姿をしている。クチュクチュいやらしい濡れ音が尻の底からしはじめた。
「ね、この通りよ」
「濡らしてるね・・じつはエッチな女だった?」
「欲求不満だわ。彼ができてもすぐおしまい。そりゃそうでしょ、性格最悪、口うるさいし、こんな女に惚れる男なんていないわよ。おいおまえ、ちょっとはわかったか! 彼はね、おまえなんか嫌だからあたしを口説いてきたんじゃない。なのに何よ、泥棒猫ってどういう意味! ふざけるな馬鹿女!

 まずい・・怒りがエスカレートしてきている。
 とは思うのだったが、早苗も腹に据えかねていた。父の作品を見るにつけ、道楽だの無能だのと蔑む姉が許せなくなってくる。
 と、希代美が置いてあった小枝を手にした。
「お尻がぼろぼろになるまで叩いてあげようか! 謝りなっ! アタマきてるんだよ、ずっとずっと! あたしら二人とも、おまえの子分じゃないんだから!」
 危ういと早苗は思う。体に傷ができるようなことはさせたくない。
「待って希代美、それよりもっと恐ろしい目に遭わせてやろうよ。体じゃなくて心が壊れるようなこと・・ふふふ」
「いいけど、どうするの?」
 楽しそうに、希代美の眸が煌めいている。
 早苗は後ろ手に吊られて長い髪を垂らす姉に歩み寄り、そっと顔を上げさせて、ほんの軽く頬を叩いた。
「わかってるもんね? 私たちに心から謝ることと、いままでのお仕置きだってこと。わかってるはずよ。姉さんは厳しすぎ。気持ちに余裕がまるでない。姉さん自身がそれで苦しんだはずでしょう? わかってるもんね?」

 亜希子は涙目でこくりを首を折る。
「ごめんなさい早苗・・希代美もごめん・・ほんとにごめん」
 早苗はそんな姉の頭を抱いてやり、体を撫で回しながら希代美に言う。
「こういうのはどう? 三日泊まるでしょ」
「うん?」
「三日間ここに独りぽっち・・日に一度ご飯の時だけ運んであげる・・夜になれば明かりはない・・真っ暗だし・・」
 希代美が面白がって言う。
「それいいかも! あははは! 怖いわよー。ここらには熊もいる、毒蛇だっているそうだし、明かりのない闇の中で幽霊だって寄ってくる・・落ち武者たちが裸の女を求めて群がる! ふふふ、それでなくても夜の森は漆黒の闇・・」
 声を上げて亜希子は泣いた。どんなことをされたって妹たちといるほうがやさしい責め。もっとも恐れる仕打ちだった。
「あたし・・あたし・・」
「何?」 と、早苗が顔を上げさせる。ぽろぽろ涙がこぼれている。
「ちゃんとしよう・・いい女でいようと思えば思うほど独りになってく・・寂しいのは嫌・・怖いの・・ねえお願い、どんなことでもしますから独りにするのだけは許してちょうだい・・お願いよー・・ぅぅぅーっ」

「おまえはいいんだよ! 好きにすればいいじゃんか! だけどね、それを押しつけられるこっちの身にもなってみな! ああムカつく! よく言えるわ、そんなこと!」
 早苗もそれには同調した。同調しなければ妹は暴走すると考えた。
「・・ほんとよ、よく言えるわ。姉さんは出来過ぎなのよ、何でもカンペキ。だけどね、他人がそうじゃないからって見下すことは許せない」
「ごめんなさい、きっと気をつけるから・・ごめんね二人とも」
 希代美がつかみかからん勢い。早苗は怒鳴った。
「二人ともって、そこが違う! 父さんだってそうだし、あたしのママのことだって内心よくは思っていない! 希代美のことだってそうじゃない! 事あるごとにチクチクと! もう嫌よ、いいかげんにしてちょうだい! お仕置きだからね!」
 そう言ってちょっと強く頬を叩く。
 希代美は黙ってそれを見ていた。姉の剣幕に驚いたのか、逆に静まっていたようだ。

 ここらの山は冬には雪深い。小屋は古くても立ち柱は太く、女が暴れたぐらいではびくともしない。
 土間から部屋への上がり框にある四角い柱を背抱きにさせて後ろ手に縛り上げ、ワラでできた古いムシロを敷いて座らせる。そしてその傍らにプラスチックの青いバケツと、ラーメンの器のような深い皿に水を満たして置いておく。
 希代美が笑う。
「トイレはバケツよ、垂れ流していればいい! ああ臭い! あははは!」
 水は飲み水。これだけあれば一晩は大丈夫だと早苗が置いた。
 全裸の亜希子を見下ろして、早苗が言った。
「よく聞いて。外で気配がしたら動いちゃだめよ、動物は気配で来るんだから」
 希代美がほくそ笑んで言う。
「毒蛇でも入ってきたらなおさらよ。体を這い回っても動いちゃダメ。噛まれたらおしまいですからね。ふふふ・・ざまぁないわ! きゃはははっ!」

「嫌ーっ! 怖いのーっ! ねえ怖いぃーっ! 奴隷になるから、それだけは許してぇーっ!」

 板戸を閉ざした小屋の中から声が響く。外は斜陽。じきに闇がやってくる。
「思い知るがいい・・傲慢な・・許せない・・」
 あえてつぶやく早苗に、希代美は興奮しきって抱きついた。

 姉はマゾ? 激しい性を求めていると早苗は感じ、可哀想な声を聞きながら坂を下った。

三人姉妹(二話)


二 話


 奥秩父の仙人とからかい半分に言われていても、安西宗太郎の棲家は人里離れた奥地というわけでもなかった。
 秩父湖の周辺には標高千メートルを超える高山も多い。そんな中、湖の南西側、標高およそ七百五十メートルあたりの森の中に、古くからある小さな集落というのか十数軒が集まった村があり、その外れにあった廃屋を宗太郎が買い取って住めるように直した家。秩父湖の湖水面で標高五百三十メートルであるから、まあ中腹といったあたりだろう。
 村では過疎が進み、年寄りしか残っていなかったが、村道も整備されてクルマなら秩父湖から三十分ほどで行ける程度の距離しかなかった。

 そんな家の裏手の山を歩いて十分ほど登ると、そこに焼き物をこしらえるアトリエと窯がある。宗太郎は、敷地そっくり山肌を分割するように買い取って、つまりは家の敷地ということになるわけだが、いつ見てもくたびれた作務衣姿で、ごましお頭は肩まである無精髪、そこらの木をぶった切った仙人のごとき曲がり杖をついて家との間を行き来する宗太郎に、ついた呼び名が奥秩父の仙人というわけだ。
 曲がり杖をつくのは年老いたためではない。あたり一帯、山の中には毒蛇もいて、悪さをする野猿もいれば猪もいる。熊の目撃情報も絶えないから、足下の草を探ったり、イザとなれば戦う武器が必要だからだ。

 宗太郎が移り住んだときには十数軒あった家々も、いまでは七軒までに減っていた。朽ちかけた家をそのままに年寄りたちが出て行く。人が減って家だけが残る、さながら廃村の景色にも似ていただろう。
 とは言え、森を縫う村道は一応舗装はされていたし、電柱が立って電気は来ている。水はポンプで汲み上げる村共有の井戸。ガスはプロパンなのだが、いまだに竈で薪を使う家もある。ともかく都会とは何もかもが違う森の只中。
 そんな森に世田谷ナンバーの白いクルマがやってきたのは、八月中旬のことだった。三人が休みを合わせるとなると盆休みぐらいしかない。三泊する予定を組んだ。クルマは世田谷に住む早苗のものだった。

「わぁぁ凄い森・・怖いぐらい・・」
 運転は早苗、助手席には姉を立てて亜希子が座り、妹の希代美が後席にいる。木漏れ日が瞬くような森を見渡し、希代美が言った。
 しかし亜希子とは険悪で、ここまでの車中まるで口をきいていなかった。今度のことも早苗が仲立ちをするかたちで、亜希子は嫌々ついてきていた。
 早苗が言った。
「希代美はじめてだっけ?」
「うん、はじめて。こんなところによく住むよ、カルチャーショックだわ」
 早苗と亜希子は一度訪ねたことがある。そのとき亜希子は二度と嫌だと言っていた。森の夜は漆黒の闇。動物の足跡もそこらじゅうに残っていて、都会育ちの亜希子は怖い。亜希子は子供の頃から闇を怖がる。心霊現象を信じていたから霊が集まると言われる山が怖い。
 早苗が言った。
「私も最初はそうだった。父さんがいるとは言っても・・だって、ガードレールさえないんだよ」
 ここまでの道筋のあちこちに深い谷があり、舗装されているというだけでガードレールすらない。
「だよね、転がり落ちればお陀仏だわよ」
 道筋は森を縫い、前にも後ろにもクルマがいない。周囲ぐるりと緑一色。それでもまだ人間界の森だった。宗太郎のアトリエはさらに山に分け入って、人間界より自然界に近い場所にある。

「熊とかいそうね?」
 と、希代美が問う。
「いるみたいよ。ときどき目撃情報が上がってるし、猿も怖いんだって」
 と、早苗。
「猿・・野生よね?」
「もちろん野生よ。猪もいるし鹿も出るし、毒蛇もときどき見るって父さん言ってた」

 このとき早苗も希代美も内心ではほくそ笑んでいた。亜希子がもっとも怖がる場所。しかし早苗は、高慢な姉に少しソフトになってほしいと思うぐらいで、希代美のように懲らしめようとまでは思っていない。
 希代美は日頃おとなしい性格で、どちらかと言えばうじうじタイプ。なのに残酷なところがある。子供の頃からゴキブリなんかを平気で踏みつぶし、ちょっと怖い子だなと早苗は思っていた。
 そんな希代美が暴走しないよう早苗は間に立つつもり。このときまではそうだった。
 クルマを家の横の空き地に停める。七軒しかない集落の外れであり、隣りもその隣りも廃屋となっていたから、姉妹がやって来たことに気づく者もなかっただろう。家々の間にも木が茂り、夏のいまはとりわけ葉が多くて覆い隠す。
 エンジンを止めると一切の音が消える。森を抜けるそよ風の青臭さ、姿のない鳥の囀り・・それ以外に音のない静寂の世界。

 見渡して、希代美が言った。
「静かね・・」
 早苗が笑った。
「都会がうるさいだけ。私は好きよ、こういうところ」
 希代美が言う。
「夜怖い感じがしない?」
 早苗が言う。
「真っ暗だし、このへんて昔はいろいろあったみたい」
 希代美が言う。
「湖のあたりって心霊スポットも多いんでしょ? 自殺の名所だって聞くから?」
 早苗が、ちょっと亜希子を横目にして、言う。
「それもあるけど、ほら、落ち武者狩りとかもあったようだし」
 希代美が、ちょっと亜希子を横目にして、言う。
「それでなくても山には霊が集まるって言うもんね。落ち武者の骨ぐらい埋まっていそうな森なんだし・・」

 亜希子が、ちょっと笑って森を見渡しながら言った。
「よく住むよ、こんなところに・・霊がいたって鈍感だからわからないんでしょ。陶芸陶芸って言っても道楽なんだし、世を拗ねてるだけじゃない」
 それに対して希代美が言う。
「あら、そうかしら。父さんらしい生き方だと思うけど。純なのよ。こういうところにいたほうが汚れないもんじゃない」
 そう言って、ちょっと怒ったような眼差しを早苗に向ける希代美。怒りを共有して欲しい。
 けれど、鼻で笑って亜希子が言う。
「まあいいわ、あんたたちとは質が違うの。こういうところはたまに来るからいいのであって住むなんて冗談じゃない。本来、人が立ち入っちゃダメな場所なのよ。あの人は変人だから」
 あの人・・亜希子は宗太郎を父とは呼ばない。ママもママよ、何がよくてあんな男を選んだの・・そうした思いがあったからだ。

 姉のこういうところが彼を遠ざけていると早苗は思った。強がりが過ぎる。素直さがない。

 しかしこのとき、早苗の中に微妙な変化が生まれていた。自分はよくても、父や母を悪く言われると許せなくなってくる。損な性格だから彼にだって振り向いてもらえない。私が男でも希代美を選ぶと早苗は思う。
 そこへいくと妹の希代美は父を嫌ってはいないし、実母のことだって悪くは言わない。この際、希代美と二人で姉を懲らしめてやろう・・着いていきなり父を悪く言われ、早苗はちょっとムッとしていた。
「さあ入った入った、難しい話はおしまいよ」
 早苗は二人の背を押して玄関へと押し込んだ。
 この家は古い。玄関は窓のない板戸の引き戸で、入ると土間。それなりに広い土間の片隅には、いまは使っていない竈があって、時代と同居するようにリフォームされた流し台。大きな冷蔵庫が置いてある。
 入ってすぐ早苗は冷蔵庫を開けてみる。
「ほら見て、父さん買っておいてくれたんだ」
 肉や野菜、ジュース、半分にカットされたスイカまで、娘らのためにぎっしり詰まっている。

「当然よね、買い物なんてできない場所なんだから」

 今度こそ早苗はカチンときていた。父の心を踏みにじられた気分だった。
 ここへの途中で買い込んだ食料を流しに置いた。できるなら姉妹で楽しくと思ったのだが、いきなりこれでは思いやられる。
 そんなとき打ち合わせたように希代美が言った。
「まあいいじゃん、もうやめよ。せっかくだからスイカでもいただいて、お茶にしない」
 言いながらチラと早苗に横目を流し、希代美は流しに立っていた。
 このとき時刻は夕刻までには間がある四時前。この時刻に着くよう計算して東京を出てきている。姉妹三人ジーンズ姿。
 希代美が流しに立つ間、早苗は外に出て、家の前後に二カ所ある石で組んだ竈に火を入れ、積み上げてある杉の生枝と、そのために栽培している青ジソの枝を毟って、一緒にいぶす。白い煙が湧き上がってたなびいた。深い森では煙が留まり、杉とシソの煙は虫を遠ざける役目をするし、動物たちも本能的に煙を嫌う。
 虫よりも猿と熊除け。家の中では蚊取り線香を使える。宗太郎に教えられたことだった。

 流しには希代美がいて、亜希子一人が部屋へと上がって座っている。

 希代美はイザとなると迷ったものの、先ほどからの姉の態度が気に入らない。
手伝おうともしないし、見下すようなことを言う。
 そしてそのとき外から早苗が戻ってくる。
「しばらく窓は閉めておいてね、煙が入るから」
 窓のそばにいる亜希子は、返事もしないどころか・・。
「結局エアコンなんだよね・・ふふふ・・どうせそんなもんなんだから」
 とっさに早苗が言う。
「動物と虫除けのためじゃない、匂いがすれば来ないから」
 結局文明・・父の生き方が間違っていると言われたようなものだった。
 チラと流しに横目をやって、それに希代美もちょっとうなずき、紅茶に睡眠薬を溶かし込む。

 スイカと菓子それに紅茶が、脚をたためる丸い卓袱台(ちゃぶだい)に並ぶ。卓袱台そのものが都会の生活からは消えてしまった日本のスタイル。亜希子はそれにも眉を上げて見下す素振り。希代美と早苗は実行を決断した。
 亜希子はスイカに手をつけない。子供の頃に食べたような、皮付きのままカットしたものだったからだ。亜希子は皮を取ってブロックに切らないと食べない。それもまた早苗を怒らせた。
 洋菓子と紅茶。せっかくの森なのに、心遣いに応えようとはしてくれない。亜希子は相変わらず口をきこうともしなかった。
 希代美が言う。
「ねえ、お姉ちゃん」
「・・何よ?」
 亜希子は厳しい目を希代美に向ける。彼を奪われた怒りが消えない。
「彼のことよ。言い寄ってきたのは向こうなのよ、私からじゃないんだから。お姉ちゃんのことも言ったけど、彼女は友だちだって言うんだもん」
「・・」
「ねえ、わかってよ、奪ったわけじゃないんだから」

 亜希子は卓袱台をバンと叩いた。
「よく言うよ! そうなるように仕向けたんじゃない、色仕掛けで! サイテーよ泥棒猫め!」
 早苗は横から穏やかに言う。
「それ違うって姉さん、考えすぎよ、疑心暗鬼だわ。友だちとして紹介した私の身にもなってよね。恋愛なんて好き好きなんだし、彼だって二人の間を気にしちゃって辛いんだから」
 亜希子の怒りに火に油。
「こうなるだろうと思ってた! そんな話のために二人グルでこんなところへ呼び出して! あたし帰る! 近くの駅まで送ってちょうだい! もういい、絶交だからね二人とも! こんなところに泊まれない! 汚いし臭いし、あんなの父さんだなんて思ってないから!」

 勢い込んで立とうとした足下がふらついた。膝が折れてへたり込む亜希子。
 希代美がにやりと笑いを浮かべた。
「いいわ、わかった、こっちこそもういい。おまえなんか壊してやる。二度とそんな口がきけないようにしてやるからねっ!」
 亜希子は腰が抜け、立てなくなってもがく、もがく。そのうち言葉までが呂律が回らなくなってくる。
「何よ・・あぅ・・どうして・・あたしに何したの・・ひどい・・どうして私が・・こんなめに・・うぅぅーっ」
 そんな姉に、早苗は冷めた眸で言い放つ。
「いっぺん壊れたほうが身のためよ。泣いて泣いて反省なさい! 父さんのことにしたって悪く言うなんて許せない!」

「脱がせちゃえ! きゃはははっ!」
 希代美の声と同時に、妹二人が亜希子を組み伏せ、脱がせていく・・。

三人姉妹(一話)


一 話


「盗撮?」
「そうなのよ、いわゆる街撮りなんですけどね、三月の間にこれで数回。それでお姉ちゃん、まいっちゃって。お姉ちゃんてほら、カタイくせに派手好きだから」
「ミニスカ盗撮みたいな?」
「それもあるし・・後ろ姿のお尻とか胸元とか・・」
「警察には?」
「下手に言えない。写真がポストに投げ込まれてるのよ。相手は住まいを知っている。それにいまのところはそれだけでストーカーのような被害もないみたいだし下着が盗まれるわけでもない。下手に動いて逆恨みでもされたらかえって危ない」
「病んでるな」
「そうね。だけどそれが都会よ。おかしな人はいっぱいいるから。それでね父さん、あたしら三人、夏休みの三日ほど休みを合わせてここへって思ってるんだけど、どうかしら? たまにはいいかって思うんだけど?」
「かまわんよ、好きになさい。来週から半月ほど京都だ」
「また行くの? 注目されてる?」
「いやいや勉強だよ。窯元からも呼ばれてるしな」

 そんなつもりはなかったんです。ただちょっと、厳しすぎる性格を穏やかにして欲しかった。

 私には、生まれ月で三月しか違わない姉がいました。私と同じ二十七歳。その下に二十五歳の妹もいる。姉は安西亜希子、妹は希代美と言いますが、どちらも母の希美子から一字をもらって『希』のつく名前。
 私は早苗、二十七歳。いまから十五年ほど前、私の父、安西宗太郎と、亜希子、希代美の母、里中希美子が再婚。当時まだ小学生だった私は父の連れ子ということです。
 三月違いの姉と二つ下の妹がいきなりできた。子供同士ぎくしゃくする時期もありましたが、いまでは三姉妹としてそれなりうまくやっている。三人それぞれ独身です。

 この安西宗太郎は、私の実の父なんですね。私の実母は若くして逝ってしまった。父の実家が資産家で、かなりな財産を相続したことで、父はすっかり陶芸家気取り。奥秩父の仙人と揶揄されるような暮らしをしていた。若い頃から家のことには無頓着。私たちに対しても放任主義で義母に任せっきり。

 その義母は、前夫とは生別なんですが、別れるとき二人の娘は母を選んだ。 こちらはこちらでどうしようもない浮気者で、義母は二人の娘を女手ひとつで育てたようなものなんです。
 ですから義母は・・いいえ、私は実母だと思って接してきましたが、母は娘三人を分け隔てなく育ててくれたやさしい人。父のことも、離れていても、ときどきやってきては面倒をみて帰る、そんな暮らしをしています。
 そんな父も、ここ一、二年、認めてくれる人たちが増えたようで、たびたび京都の窯元へと顔を出す。作品展への出品を打診されたのがはじまりらしいんですが、近頃では取り引きに発展していると言いますし、独学だった陶芸にも師匠のような人ができたらしい。母としてもそばにいて面倒をみてあげたいところでしょうが・・それにもまたちょっとあり。

 実家は川崎にあるマンションでしたが、姉も私もとっくに家を出て暮らしています。姉は銀座のデザイン事務所でグラフィックデザイナーをしながら浅草に住んでいる。私は渋谷でOL、世田谷に暮らしている。だけど妹の希代美だけが実家暮らしなんですね。地元のカフェに社員として勤めています。
 でもそれも、つまりは母親と離れたくないからで、奥秩父の仙人に奪われたくないということで。私にすれば、ちょっとね・・とは思うのですが、その点では姉と妹の気持ちは相通じる。父は他人。だけど川崎のマンションは父が買って新居としたものなので・・女三人、内心どろどろ、ひた隠していたわけですよ。

 姉も妹も口惜しくなるほど美人です。お母さんが綺麗な人で母親似。歳の違う双子のようだと言われている。160センチ、Cカップ~と体つきまで瓜二つなんですもの。娘時代、温泉なんかで私と三人裸になると、『ほらね、あなただけが違うのよ』とでも言うような目の色でじろりと見られた。私は157センチで胸はB。体つきが華奢過ぎると自分でも思っている。

 さて姉です。私からすれば二人ともそうなのですが、妹に言わせると『姉さんはエロ過ぎよ』・・姉は、母に厳しく育てられていて、日本的な作法など完全とも言えるほどできる人。考え方がカタイくせに美大ですから、ファッションでは派手なんですね。女性の姿はアート。私たちではとても着られないセクシードレスを平気で着こなす。
 そんな姉、亜希子に、不穏の影がつきまといはじめたのは、いまから三月ほど前でした。

「お姉ちゃんがそんなことを?」
「悪気があってのことじゃないとは思うわよ」
「悪気も何も・・だって、どうして私が懲らしめられるのよ? 奪ったんじゃなくて言い寄ってきたのは彼なのよ。冗談じゃないわ、すでに恋人ってわけでもないのに。許せなくなっちゃう」

 あのとき・・言うんじゃなかったと後悔した私です。
 そのさらに半年ほど前のこと・・。
 姉と妹は仲がよく、二人でスキューバダイビングをやっていた。つまり海。美人ですから多くの男たちに囲まれていたのですが、カルくて嫌だと二人は言う。
 一方の私は高校時代の部活でソフトボールをやっていて、その頃の友だちのお兄さんを知っていた。その彼と偶然巡り会ったわけですけれど、そのときに、
彼は山をやっていて、山仲間を紹介されたんです。
 私は正直、そういう人たちって好きになれない・・いかにも山男・・男臭くて怖いんですよ。いい人らしいとは思っても、どうしてもついていけない。

 それであるとき、その中の一人、姫野健志郎を姉と妹に紹介した。姉も妹も体力あるし、誘うなら私じゃなくてそっちにして・・本心ではそうでした。
 姫野さんは三十歳。180センチと長身で大学時代はワンゲルだった本物の山男。逞しいし素敵な男性なんですね。

 姉の亜希子が一目惚れ。妹を押しのけるようにして、ちょっと恥ずかしくなるぐらいのスタイルで誘惑していた。
 ところが彼が選んだのは妹の希代美のほうだった。それはそうだと思ったわ。 亜希子は気が強くて完全主義。よほどの人でない限り息が詰まってしまうでしょう。そこへいくと妹の希代美は子供の頃からおとなしく、悪く言えばうじうじタイプなんですが、男とすれば守ってやりたい可愛いタイプ。
 姉はちょっと自意識過剰・・子分のように思っていた妹に彼を奪われたと思い込み、それを私に言うんです。

「泥棒猫とはよく言うわよ、弱い振りでしなしなしてれば男はイチコロ、見え透いた話よね。許さない、私の怖さを思い知らせてやるんだから」

 姉にすれば口惜しくて逆上していた。誰にも言えないことを私に言った・・。

 ですけどね・・父が再婚してから、私は姉の目を気にして育ったもの。その頃から亜希子は躾ができていて、同い年の私と比べるムードがあったから。
 私の実母は心を残して病気で死んだ。私がダメだと母がダメだと思われる。それで私は子供なりに苦心したし、そんなときかばってくれたのは妹なんです。
 出来過ぎる姉へのコンプレックスを隠していた。亜希子との間にもう一人姉ができたことが嬉しかった。
 それで私は・・亜希子が怒ってるから注意した方がいいわよと妹に告げてしまった。

「ねえ、お姉ちゃん、二人でちょっとヘコませてやらない?」
「・・どういうことよ?」
「三人姉妹の中で自分だけ女王様みたいに思わないでって、少しは思い知らせてやりたいのよ。美人を鼻にかけるなって・・ああ、ムカつく」

 盗撮を言い出したのは妹でした。姉は出来過ぎる分、神経質で、根が真面目だから恋愛に対してだって臆病・・精一杯の虚勢を張り、だけど内心オドオドしている・・。
 妹がそれを言い出したとき、私にだってほくそ笑む気持ちもありましたが、このままだと姉妹で本気の喧嘩になると考えた。
 私が撮って、妹が撮って、どちらかかが姉のポストへ入れてくる。姉の住まいは浅草の古い賃貸でセキュリティなんてものはない。

 効果はできめんでしたね。
 誰かに見られている・・監視されている・・性的な恐怖が姉をノイローゼ一歩手前に追い込んだ。派手だったセクシースタイルをしなくなり、休日には閉じこもって出てこない。
 ちょっと可哀想・・もういいと私が思っても、妹はエスカレートしていった。
「顔出しでブログにでも載せてやろうか・・くくくっ」
「ちょっと希代美・・やり過ぎよ。ほんとにおかしくなったらどうするの」
「それぐらいでいいのよ、いっぺん叩いておかないと気が済まないもん」

 それで私は父を訪ねた。都会を離れた豊かな森に三姉妹が揃えば仲直りもできると思ったから。
 盗撮・・狙われていると知ってから、姉は精神的に不安定で見ていられない。
 整った女の脆さというのか、いまにも壊れてしまいそうで・・。